社長! 南の島オフィスとはどこですか?!

裏耕記

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第一章 辞令は南の島オフィス

第一話 その封筒に当たりはありますか?

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「おめでとう! 君の赴任先は南だな!」 
「いやいやいや! 南も何もウチは虎ノ門にしか事務所は無いじゃないですか!」 
  
「安心してくれ、田宮君。その辺りは先方が用意してくれる手筈になっている」 
「そうですか。それなら……ってなる訳ないですよ! 何ですか?! 南って!」 

「何って、君がソレを選んだからじゃないか」 

 社長が選んだというソレとは、封筒に入った二つ折りのカード。 
 無駄にお金がかかっている手触りの良い分厚いカードは、結婚式の招待状よりも上質だろう。 
 ご丁寧に開かないと中が見えないようになっているソレは、一昔前のプロ野球のドラフト会議のような物だった。  

 ガラス張りの社長室。内装はシックにまとめられ、無駄な調度品は無い。 
 現実逃避で窓の外を眺めてみれば、桜の花びらが舞う霞が関の庁舎が一望できる。 

 少し前までこのような事になるとは思わなかった。 

 朝一で社長室に呼び出された俺が、何の説明もなく選ばされた封筒。重厚な木製のテーブルに四つ並んでいた。社長に促されるままに選んだ封筒の中に入っていたカードには、『当たり』の文字ではなく、『南』という文字だったという訳だ。 

 ……なんだ、これ。  

「だからさ、田宮君には南に行ってもらうことになるな。……うん、南の島オフィスと名付けるか。君はプロジェクトリーダーとして、赴任してもらう」  

 オフィスの名称などという些末な問題に頭をひねる社長。 
 少し癖のある長めの髪は崩れることなく纏まっている。スリーピースのスーツには皺一つない。その顔は怜悧な官僚を思わせるような隙の無さ。  

 しかし、話し始めると悪戯っ子のような人懐っこい笑みを浮かべる。   

 この笑顔に俺も騙された。 
 去年の役員面接。前の職場に嫌気が差して、何気無しに転職活動をしてみたら、あれよあれよと話が進み、役員面接に。その場に現れたのは、この柳瀬川社長だった。  

 安定の大手企業を辞め、ベンチャーであるエコソーシャル社に入るのは誰でも躊躇うことだろう。でも、当時の俺は堅苦しい社風に嫌気がさしており、自由で柔軟な考えを持つベンチャー企業に憧れに近い感情を抱いていた。 

 いや、本音を言えば、この社長に惹かれたのだ。 
 当時、三十六歳の柳瀬川社長は、既にいくつかのビジネスを立ち上げ、成功を収めていた。軌道に乗せたビジネスを売却することを繰り返し、社長の個人資産は、一介のサラリーマンでは想像が付かないほど。彼のスタンスは一貫して決まっている。ソーシャルビジネスしか手を付けないということ。 

 むしろそれだけとも言える。ソーシャルビジネスというジャンルであれば、他は何でもあり。 
 今までのビジネスも社会的な問題解決という共通点以外は統一性は無かった。  

 そんなエコソーシャル社が、新たに取り掛かっているビジネスの拡大期のタイミングで中途採用されたのが、去年の俺だった。  

 柳瀬川社長の第一印象は、キレッキレのやり手ビジネスマンか高級官僚といった感じ。 
 しかし、いざ面接が始まってみると、ざっくばらんなトークに気兼ねない性格で、緊張していた俺は、いつの間にか自然体で話が出来ていた。   

 自然とこの会社でならのびのび仕事が出来るはず。そう思うようになっていた俺は、柳瀬川社長にウチに来る? という質問に二つ返事で答えたものだ。 
 その後の社長の言葉は引っ掛かりを覚えたが……。   

「大体話しておきたい事は話せたかな? それで、田宮君だっけ。ウチに来るかい?」 
「はい! ぜひ」   

 おそらく、面接の場では誰でも同じ返事になるだろう。 
 入社するかしないかは採用の連絡を受けてから悩むものだ。 
 社長を前にして、「いや、ちょっと」と言おうものなら、不採用一直線。  

 大人なら、ここは前向きは返答をするのが必然だと思う。 
 ただ、この時の俺は本心から答えていた。その後の一言を聞くまでは。  

「そうか。うちの会社は変人ばかりだから、君みたいな普通の人が入ってくれると助かるよ。今はバランスが悪くてね」 
「……そうですか。ははは」   

 若干の間があったが、愛想笑いで受け流した自分を褒めてやりたい。 
 いや、怒ってその場を蹴った方が平穏な日常を送れたかもしれない。 
  
 そういった点で少しの後悔はあるが、実際エコソーシャル社の仕事は楽しかった。 

 入社してからは、事業企画、推進といった、いわゆるITプロデューサーのような役割を果たしてきた。プロジェクトチームの一員として不慣れながらも何とかやって来れたのは、七年という社会人経験のおかげだろう。福祉という経験のないジャンルではあったが、中途社員としてある程度戦力に慣れていたと思う。 
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