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第2章 雛を育てるソーサレス
「あなたはあなたで何なんですの!?」
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(自我をもつゴーレム!? あいつは術者の指示なしで動いてたけど、まさか……)
ページに忙しなく視線を走らせながら、アレクシアは体温が下がるのを実感していた。
アレクシアは、あの巨像がどうなったのかをヴィオラにそれとなく聞いてはいたが、復元不能になったのかまでは確認していない。そして自我、つまりは意志をもっていたのであれば、この町まで追って来ても不思議はない――アレクシアは、瞳をきょとんとさせているヨランダに本を返すと震える声で聞く。
「……ねえ、その本どこにあったの?」
「え? ああ、そこの棚から落ちてきたんですのよ。あやうく本日二度目の頭頂骨への一撃になるところでしたわ。それがなにか……あら?」
アレクシアの様子を疑問に思ったのか、ヨランダは訝し気に本をぱらぱらとめくりながら答え――唐突に疑問符を浮かべた。
冷や汗を浮かべたアレクシアが覗き込むと、本終盤の頁が開かれており、そこには貸出票が挟まっている。
誰がいつこの本を借りたのかを記すための用紙であるが、貸出票にはアレクシアの名前がびっしりと書き殴られていた。
「マナーのない書き方ですわね。どこのアレクシアさんでしょう? まさか、わたくしの脇のアレクシアさんではないでしょうね」
「わたしな、なわけ……ないでしょ」
「先ほどからどうしたんですの? いつにも増して落ち着きがありませんわ」
ヨランダは軽口に対して妙な反応を返したアレクシアに、気づかうような視線を向けたが、彼女はがくがくと震え始め――ヨランダは小首をかしげた。それからアレクシアの視線の先へと顔を向ける。
そこには――
「な、何なんですの、これ!?」
無数の石片が、腐肉にわいたうじ虫のようにびっしりと壁を埋め尽くしていた。
群れの中央では、女性の頭部を模した石塊が、悪霊のような顔でアレクシアを睨みつけている。
ヨランダは頬を引きつらせて数歩も後ずさると、視線でアレクシアに問いかけたが、彼女は恐怖に震えていて答えられない――だが恐怖には応える。
『アレクシアアアアアアアア!』
「ああああああああああああああああ!」
アレクシアが叫びながら放った電撃は、ヨランダの脇をかすめてから壁に突き刺さると派手に炸裂した。
「あなたはあなたで何なんですの!?」
「こっちよ!」
そして、動転した様子のヨランダの手を掴むと、下り階段を目指して全力で走る。
生命魔法で筋力を強化しているためか、ヨランダは軽々と宙を舞った。
ごつんっ!
「痛いですわ!?」
角を曲がった時になにやら悲鳴が響いたが、アレクシアは構わずに走り続け、今度は階段を一気に飛び降りる。
どすっ!
「高貴なお尻にダメージが!?」
尻もちでもつかされたような悲鳴にも取り合わずに走り続け――アレクシアは閲覧用の机に飛び乗った。封印された扉に向けて赤い楔を放つ――
「穿つ死よ!」
だが射出と同時に対象に突き刺さるはずの四本の楔は、黒い輝きによって受け止められ、扉には突き刺さらなかった。
「扉に触れることもできないなんて……!」
宙に留まっていた四本の楔は、アレクシアが絶句している間に消滅し――黒い輝きを帯びた扉を見たヨランダは、臀部を擦りながら歓声を張り上げる。
「とんでもない密度の封印ですわ! なんて素晴らしいのでしょう!」
それから魅入られたように、うっとりと扉を見つめた。
死滅魔法の専門家であるヨランダには、アレクシアには見えないものが見えているのだろう。
「ああ……この扉は博物館に飾っておくべきものですわ」
「あんたちょっと、大丈夫!?」
ずれた感性をもつヨランダには、アレクシアには理解できないものが理解できているのだろう。
それはそれとして、うっとりとした視線を扉に向けたままのヨランダを脇に退かせると、アレクシアは全身に魔法力をまとい、前傾姿勢をとった。
「外にはお爺がいるんだから、ここから脱出できればあんなゴーレムなんてごみ箱行きよ!」
だが扉に全魔法力を込めての体当たりを見舞おうとした時、ヨランダが――ツインテールを引っ張って――アレクシアを引き留めた。
ぐいっ!
「尻尾が痛い!?」
かなり痛かったのか、引っ張られた方に振り向いた時、アレクシアは涙目だった。
乙女は乙女の涙に欠片も関心を示さず、緊迫した声でアレクシアに告げる。
「その扉に掛けられているのは恐ろしく強力な封印結界ですのよ! なんの対策もなく――いえ、対策したとしても、触れれば全身が封印されてしまうかも知れませんわ! ここまで強力なものは境界の国でも使い手が限られるでしょうに……」
「ツインテールを引っ張らなくても止められたわよねって疑問はとりあえす置いておくけど……扉がそんなに強力ならこっちよ!」
アレクシアは涙が滲んだ目で扉脇の壁を睨みつけると雷撃を放ったが、やはり傷の一つもつけられない。
「どれだけ強力な封印なのよ!? あいつは大魔法院で教師長でもやってたの!?」
「……何が起きているのか説明して頂けます?」
隣で取り乱すアレクシアを見て逆に冷静になったのか、ヨランダは落ち着き払った様子で問いかけた。
肩で息をついていたアレクシアは、机から降りると床に転がっていた杖を拾い上げ、心を落ち着かせるように大きく息を吸ってから答える。
「……遺跡でやっつけたはずのゴーレムが追ってきたのよ」
「ではあの悪趣味なゴーレムの狙いは……」
『アレクシアアアアアアアアアアア!』
ヨランダの言葉を続けるように、女の金切り声が大図書館に響く。
二階からゆっくりと迫ってくる殺意に対し、アレクシアは全身に魔法力を灯して身構え――彼女の隣にヨランダが並んだ。
ページに忙しなく視線を走らせながら、アレクシアは体温が下がるのを実感していた。
アレクシアは、あの巨像がどうなったのかをヴィオラにそれとなく聞いてはいたが、復元不能になったのかまでは確認していない。そして自我、つまりは意志をもっていたのであれば、この町まで追って来ても不思議はない――アレクシアは、瞳をきょとんとさせているヨランダに本を返すと震える声で聞く。
「……ねえ、その本どこにあったの?」
「え? ああ、そこの棚から落ちてきたんですのよ。あやうく本日二度目の頭頂骨への一撃になるところでしたわ。それがなにか……あら?」
アレクシアの様子を疑問に思ったのか、ヨランダは訝し気に本をぱらぱらとめくりながら答え――唐突に疑問符を浮かべた。
冷や汗を浮かべたアレクシアが覗き込むと、本終盤の頁が開かれており、そこには貸出票が挟まっている。
誰がいつこの本を借りたのかを記すための用紙であるが、貸出票にはアレクシアの名前がびっしりと書き殴られていた。
「マナーのない書き方ですわね。どこのアレクシアさんでしょう? まさか、わたくしの脇のアレクシアさんではないでしょうね」
「わたしな、なわけ……ないでしょ」
「先ほどからどうしたんですの? いつにも増して落ち着きがありませんわ」
ヨランダは軽口に対して妙な反応を返したアレクシアに、気づかうような視線を向けたが、彼女はがくがくと震え始め――ヨランダは小首をかしげた。それからアレクシアの視線の先へと顔を向ける。
そこには――
「な、何なんですの、これ!?」
無数の石片が、腐肉にわいたうじ虫のようにびっしりと壁を埋め尽くしていた。
群れの中央では、女性の頭部を模した石塊が、悪霊のような顔でアレクシアを睨みつけている。
ヨランダは頬を引きつらせて数歩も後ずさると、視線でアレクシアに問いかけたが、彼女は恐怖に震えていて答えられない――だが恐怖には応える。
『アレクシアアアアアアアア!』
「ああああああああああああああああ!」
アレクシアが叫びながら放った電撃は、ヨランダの脇をかすめてから壁に突き刺さると派手に炸裂した。
「あなたはあなたで何なんですの!?」
「こっちよ!」
そして、動転した様子のヨランダの手を掴むと、下り階段を目指して全力で走る。
生命魔法で筋力を強化しているためか、ヨランダは軽々と宙を舞った。
ごつんっ!
「痛いですわ!?」
角を曲がった時になにやら悲鳴が響いたが、アレクシアは構わずに走り続け、今度は階段を一気に飛び降りる。
どすっ!
「高貴なお尻にダメージが!?」
尻もちでもつかされたような悲鳴にも取り合わずに走り続け――アレクシアは閲覧用の机に飛び乗った。封印された扉に向けて赤い楔を放つ――
「穿つ死よ!」
だが射出と同時に対象に突き刺さるはずの四本の楔は、黒い輝きによって受け止められ、扉には突き刺さらなかった。
「扉に触れることもできないなんて……!」
宙に留まっていた四本の楔は、アレクシアが絶句している間に消滅し――黒い輝きを帯びた扉を見たヨランダは、臀部を擦りながら歓声を張り上げる。
「とんでもない密度の封印ですわ! なんて素晴らしいのでしょう!」
それから魅入られたように、うっとりと扉を見つめた。
死滅魔法の専門家であるヨランダには、アレクシアには見えないものが見えているのだろう。
「ああ……この扉は博物館に飾っておくべきものですわ」
「あんたちょっと、大丈夫!?」
ずれた感性をもつヨランダには、アレクシアには理解できないものが理解できているのだろう。
それはそれとして、うっとりとした視線を扉に向けたままのヨランダを脇に退かせると、アレクシアは全身に魔法力をまとい、前傾姿勢をとった。
「外にはお爺がいるんだから、ここから脱出できればあんなゴーレムなんてごみ箱行きよ!」
だが扉に全魔法力を込めての体当たりを見舞おうとした時、ヨランダが――ツインテールを引っ張って――アレクシアを引き留めた。
ぐいっ!
「尻尾が痛い!?」
かなり痛かったのか、引っ張られた方に振り向いた時、アレクシアは涙目だった。
乙女は乙女の涙に欠片も関心を示さず、緊迫した声でアレクシアに告げる。
「その扉に掛けられているのは恐ろしく強力な封印結界ですのよ! なんの対策もなく――いえ、対策したとしても、触れれば全身が封印されてしまうかも知れませんわ! ここまで強力なものは境界の国でも使い手が限られるでしょうに……」
「ツインテールを引っ張らなくても止められたわよねって疑問はとりあえす置いておくけど……扉がそんなに強力ならこっちよ!」
アレクシアは涙が滲んだ目で扉脇の壁を睨みつけると雷撃を放ったが、やはり傷の一つもつけられない。
「どれだけ強力な封印なのよ!? あいつは大魔法院で教師長でもやってたの!?」
「……何が起きているのか説明して頂けます?」
隣で取り乱すアレクシアを見て逆に冷静になったのか、ヨランダは落ち着き払った様子で問いかけた。
肩で息をついていたアレクシアは、机から降りると床に転がっていた杖を拾い上げ、心を落ち着かせるように大きく息を吸ってから答える。
「……遺跡でやっつけたはずのゴーレムが追ってきたのよ」
「ではあの悪趣味なゴーレムの狙いは……」
『アレクシアアアアアアアアアアア!』
ヨランダの言葉を続けるように、女の金切り声が大図書館に響く。
二階からゆっくりと迫ってくる殺意に対し、アレクシアは全身に魔法力を灯して身構え――彼女の隣にヨランダが並んだ。
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