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第四章 会いたい
53如月 唯一の帰還者④
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静かな息づかいと苦しい程の沈黙に、神無月は紫苑が置かれている状況を理解した。
「殺されるって事か……」
「基本的に王様なんです。しかも権力もある。あのお屋敷で人が一人死んだって誰も気にしないし、当然のように闇の中ですから」
歯軋りが聞こえ、悲しいのに、悔しいのに、涙すら出なかった。
「無力だな」
「違います」
神無月の問いに四谷はそう答えた。
「なにが違う?俺は何も出来ない。白城が美月を狙っていた事も解っていて、何も手を打たなかった。今またいる場所が判っているのに助けに行くことすら出来ない。無力じゃなくてなんだっていうんだ」
「愛って凄い力を発揮すると思うんですよ」
四谷の台詞に耳を傾けながら、それでもただ首を左右に振った。
――何も出来ない自分が神無月は許せないのだろうと四谷達は理解した。でもそれは違うという事を神無月に理解させる必要があった。
「シェフは自分で思う以上にずっとずっと紫苑さんを愛しています。それに紫苑さんはシェフが思う以上にシェフを愛していますよ。愛している人が生きて帰ってきて欲しいと望んでいて、それを裏切るような人だと思っているんですか?」
口があき何かを言いたさに、それでも無音のまま唇だけが動いていた。
――思っていない。
神無月の気持ちを汲むように四谷は「そうでしょう」と笑った。
「ね、無力なんかじゃないでしょう。紫苑さんが僕らの前にあのシニカルな笑顔を見せてくれるのに、シェフの想いは何よりも力になります。僕が言うんだから間違いない」
「四谷君だから?」
「そうです。僕だから。あの時僕は本当に死にたいと思いました。人格なんか無視した様な屈辱と、恋人に顔向け出来ないような調教に次第に僕は喜ぶ様になった。それが嫌で、多分精神は壊れていったんだと思います。でも僕と紫苑さんは決定的な差が一つあります」
「差?」
「僕は自分が好きで、なんで助けに来てくれないのかと思っていたんです」
「普通だろ」
神無月の声に抑揚はなく何の感情も読み取れなかった。
「そうですね。普通かもしれません。でも紫苑さんは違うと思いますよ」
「……」
「あの人は自分のために貴方が苦しむのが見たくない。だから助けに来てなんかほしくない。でも負ける気も諦める気もないから、きっと自力で脱出できる方法を考えるでしょう。愛情の深さが決定的に違うんです」
「四谷君……」
「卑下しているわけではありません。事実を述べています」
「そうだぞ、シェフ。だからこそ君は気をつけなきゃならないことがある。それを伝えるために俺らはここに集まったんだ」
「若旦那?」
おでん屋の若旦那は周りを見てレストランの扉に鍵をかけた。
「あの、なに鍵を閉めてるんですか」
ハハハ、乾いた笑いだけが、レストランの中に響いていた。
おでん屋の若旦那はちらりと扉の方を見た。
「今日は涼風君は休みかい」
「居ますよ。何故ですか?」
四谷と顔を見合わせ小さく頷くと神無月の目を間近に見つめ、小さな声で言った。
「嚙むなよ」
「は?」
「ヒートに居合わせてもうなじを嚙むなと言っているんだ」
「殺されるって事か……」
「基本的に王様なんです。しかも権力もある。あのお屋敷で人が一人死んだって誰も気にしないし、当然のように闇の中ですから」
歯軋りが聞こえ、悲しいのに、悔しいのに、涙すら出なかった。
「無力だな」
「違います」
神無月の問いに四谷はそう答えた。
「なにが違う?俺は何も出来ない。白城が美月を狙っていた事も解っていて、何も手を打たなかった。今またいる場所が判っているのに助けに行くことすら出来ない。無力じゃなくてなんだっていうんだ」
「愛って凄い力を発揮すると思うんですよ」
四谷の台詞に耳を傾けながら、それでもただ首を左右に振った。
――何も出来ない自分が神無月は許せないのだろうと四谷達は理解した。でもそれは違うという事を神無月に理解させる必要があった。
「シェフは自分で思う以上にずっとずっと紫苑さんを愛しています。それに紫苑さんはシェフが思う以上にシェフを愛していますよ。愛している人が生きて帰ってきて欲しいと望んでいて、それを裏切るような人だと思っているんですか?」
口があき何かを言いたさに、それでも無音のまま唇だけが動いていた。
――思っていない。
神無月の気持ちを汲むように四谷は「そうでしょう」と笑った。
「ね、無力なんかじゃないでしょう。紫苑さんが僕らの前にあのシニカルな笑顔を見せてくれるのに、シェフの想いは何よりも力になります。僕が言うんだから間違いない」
「四谷君だから?」
「そうです。僕だから。あの時僕は本当に死にたいと思いました。人格なんか無視した様な屈辱と、恋人に顔向け出来ないような調教に次第に僕は喜ぶ様になった。それが嫌で、多分精神は壊れていったんだと思います。でも僕と紫苑さんは決定的な差が一つあります」
「差?」
「僕は自分が好きで、なんで助けに来てくれないのかと思っていたんです」
「普通だろ」
神無月の声に抑揚はなく何の感情も読み取れなかった。
「そうですね。普通かもしれません。でも紫苑さんは違うと思いますよ」
「……」
「あの人は自分のために貴方が苦しむのが見たくない。だから助けに来てなんかほしくない。でも負ける気も諦める気もないから、きっと自力で脱出できる方法を考えるでしょう。愛情の深さが決定的に違うんです」
「四谷君……」
「卑下しているわけではありません。事実を述べています」
「そうだぞ、シェフ。だからこそ君は気をつけなきゃならないことがある。それを伝えるために俺らはここに集まったんだ」
「若旦那?」
おでん屋の若旦那は周りを見てレストランの扉に鍵をかけた。
「あの、なに鍵を閉めてるんですか」
ハハハ、乾いた笑いだけが、レストランの中に響いていた。
おでん屋の若旦那はちらりと扉の方を見た。
「今日は涼風君は休みかい」
「居ますよ。何故ですか?」
四谷と顔を見合わせ小さく頷くと神無月の目を間近に見つめ、小さな声で言った。
「嚙むなよ」
「は?」
「ヒートに居合わせてもうなじを嚙むなと言っているんだ」
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