37 / 88
第三章 共生
36師走 もう一人のオメガ④
しおりを挟む
真冬の寒さの中、真っ白いマフラーを首にぐるぐる巻き片手に保温されたコーヒーを持ちながらぶらぶらと小田原の町中を歩いていた。店から小田原城までのお堀のわきにベンチを見つけ、ゆっくりと腰をかける。
先ほどコンビニで買ったコーヒーはすでに冷め、どこにホットの要素があったのかと思うような冷たさだった。
「冷たい……」
わかってはいたものの……キャップを開け一口飲めば胃の中が一気に冷えていく。
「罰ゲームみたい」
神無月に嘘をついたバツかと紫苑は独りごちた。
カバンの中に隠し持った二人分のお弁当はその重量以上に重く、食べてもらえないおかずたちに責められている様であった。
グーっとなるお腹に手をやると、視線はカバンの中のお弁当に注がれた。
「今日は先に帰らないと、トイレの前にないってバレちゃう」
中身は捨てたことにしてお弁当箱は洗ってしまおう。そんなことを考えながら神無月のために作ったお弁当に手を伸ばした。
二つは食べられない。そんなに大食いではないのだ。でも神無月の為に作ったおかずは捨てられない。それ程に大切な男なのだ。
「いただきます」
お堀を見ながら箸を取り出した。白いご飯の上に乗っている海苔は小田原名物ワサビ海苔だ。少しだけツンとするほのかにわさびが香るこの海苔は、ほんの少しでご飯が何倍でもイケると神無月のお気に入りのご飯のお供だ。
ポロリ……涙が止まらない。
「わさびが辛いか。これ、使え……若いの」
しわがれた声が横から聞こえてきて、にゅっと伸びた手に握られたハンカチがしわしわで、つい声を出して笑っていた。手の主を見るとハンカチに負けず劣らず皺だらけの顔がにこにこと笑っている。
「ありが……とう……ございます」
「ずいぶん大きいお弁当だねぇ」
「食べませんか」
小さい方の弁当箱を渡した。
唐突に見ず知らずの人間にお弁当を勧められる。自分なら気持ち悪いと思うだろう。
「いただいても良いのかな」
何も言わずにこにこ笑う老人は、紫苑からお弁当を受け取るとゆっくりと蓋を開けた。
でんぶでハートが書いてある。
「柊……でんぶでハートとか馬鹿じゃないのか」
紫苑は切れ長の目に涙がどんどんたまっていくのを感じていた。
先ほどコンビニで買ったコーヒーはすでに冷め、どこにホットの要素があったのかと思うような冷たさだった。
「冷たい……」
わかってはいたものの……キャップを開け一口飲めば胃の中が一気に冷えていく。
「罰ゲームみたい」
神無月に嘘をついたバツかと紫苑は独りごちた。
カバンの中に隠し持った二人分のお弁当はその重量以上に重く、食べてもらえないおかずたちに責められている様であった。
グーっとなるお腹に手をやると、視線はカバンの中のお弁当に注がれた。
「今日は先に帰らないと、トイレの前にないってバレちゃう」
中身は捨てたことにしてお弁当箱は洗ってしまおう。そんなことを考えながら神無月のために作ったお弁当に手を伸ばした。
二つは食べられない。そんなに大食いではないのだ。でも神無月の為に作ったおかずは捨てられない。それ程に大切な男なのだ。
「いただきます」
お堀を見ながら箸を取り出した。白いご飯の上に乗っている海苔は小田原名物ワサビ海苔だ。少しだけツンとするほのかにわさびが香るこの海苔は、ほんの少しでご飯が何倍でもイケると神無月のお気に入りのご飯のお供だ。
ポロリ……涙が止まらない。
「わさびが辛いか。これ、使え……若いの」
しわがれた声が横から聞こえてきて、にゅっと伸びた手に握られたハンカチがしわしわで、つい声を出して笑っていた。手の主を見るとハンカチに負けず劣らず皺だらけの顔がにこにこと笑っている。
「ありが……とう……ございます」
「ずいぶん大きいお弁当だねぇ」
「食べませんか」
小さい方の弁当箱を渡した。
唐突に見ず知らずの人間にお弁当を勧められる。自分なら気持ち悪いと思うだろう。
「いただいても良いのかな」
何も言わずにこにこ笑う老人は、紫苑からお弁当を受け取るとゆっくりと蓋を開けた。
でんぶでハートが書いてある。
「柊……でんぶでハートとか馬鹿じゃないのか」
紫苑は切れ長の目に涙がどんどんたまっていくのを感じていた。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
「恋の熱」-義理の弟×兄-
悠里
BL
親の再婚で兄弟になるかもしれない、初顔合わせの日。
兄:楓 弟:響也
お互い目が離せなくなる。
再婚して同居、微妙な距離感で過ごしている中。
両親不在のある夏の日。
響也が楓に、ある提案をする。
弟&年下攻めです(^^。
楓サイドは「#蝉の音書き出し企画」に参加させ頂きました。
セミの鳴き声って、ジリジリした焦燥感がある気がするので。
ジリジリした熱い感じで✨
楽しんでいただけますように。
(表紙のイラストは、ミカスケさまのフリー素材よりお借りしています)
【完結】両性を持つ魔性の王が唯一手に入れられないのは、千年族の男の心
たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
BL
【美形の王×異種族の青年の、主従・寿命差・執着愛】ハーディス王国の王ナギリは、両性を持ち、魔性の銀の瞳と中性的な美貌で人々を魅了し、大勢の側室を囲っている王であった。
幼い頃、家臣から謀反を起こされ命の危機にさらされた時、救ってくれた「千年族」。その名も”青銅の蝋燭立て”という名の黒髪の男に十年ぶりに再会する。
人間の十分の一の速さでゆっくりと心臓が鼓動するため、十倍長生きをする千年族。感情表現はほとんどなく、動きや言葉が緩慢で、不思議な雰囲気を纏っている。
彼から剣を学び、傍にいるうちに、幼いナギリは次第に彼に惹かれていき、城が再建し自分が王になった時に傍にいてくれと頼む。
しかし、それを断り青銅の蝋燭立ては去って行ってしまった。
命の恩人である彼と久々に過ごし、生まれて初めて心からの恋をするが―――。
一世一代の告白にも、王の想いには応えられないと、去っていってしまう青銅の蝋燭立て。
拒絶された悲しさに打ちひしがれるが、愛しの彼の本心を知った時、王の取る行動とは……。
王国を守り、子孫を残さねばならない王としての使命と、種族の違う彼への恋心に揺れる、両性具有の魔性の王×ミステリアスな異種族の青年のせつない恋愛ファンタジー。
僕の罪と君の記憶
深山恐竜
BL
——僕は17歳で初恋に落ちた。
そしてその恋は叶った。僕と恋人の和也は幸せな時間を過ごしていたが、ある日和也から別れ話を切り出される。話し合いも十分にできないまま、和也は交通事故で頭を打ち記憶を失ってしまった。
もともと和也はノンケであった。僕は恋仲になることで和也の人生を狂わせてしまったと負い目を抱いていた。別れ話をしていたこともあり、僕は記憶を失った和也に自分たちの関係を伝えなかった。
記憶を失い別人のようになってしまった和也。僕はそのまま和也との関係を断ち切ることにしたのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる