αと嘘をついたΩ

赤井ちひろ

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第二章 リ,スタート

18 長月 すれ違う愛情

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「君ならいいのになと思っていたよ」
 空気さえ止まったようなシーンとした空間に、神無月の独白だけが静かに響いていた。
「意味がわからないよ」
 困惑と期待を隠せないまま、それでも期待するなと紫苑の目は言っていた。
 ――出来損ないに愛される資格はない。
「風呂場で俺のフェロモンに充てられてヒートを起こした君を見て、俺の待っていたオメガは紫苑、君だったと俺は思っているよ」
「なんでそんなことわかるんですか。僕達があったのは高校生の時なのに、ありえないでしょう」
「本当にそうか?」
 神無月の目には揺れる炎のようなものが見えた。
「なぁ紫苑君は覚えているんじゃないのかい」
 ――名前も名乗らなかった俺たちが1つだけした約束を。
「神無月さんには、大切なオメガがいるんでしょ」
 ――あんな約束忘れてくれていれば良かったのに。
「だからそれが君じゃないのかと聞いているんだ」
 ――俺は約束通りアルファになっただろ。
「確信が持てないのなら違うんですよ」
 ――僕はあなたのオメガにはなれなかったんです。
「紫苑」
 どんな時でさえ声を荒げない紫苑に対し、興奮を隠せない神無月は苛立ちと焦燥で無意識に掴む肩に力が入った。生温かい物が指先に触れ、わずかな鉄のにおいに反応するように紫苑の顔が苦痛に歪む。
「ッ」
 それが、血だと気が付いた神無月は無言で唇を傷口に近づけた。
 ジュッと音を立てて吸い付く様は小さいころ読んだ吸血鬼の様だと思ったし寧ろそのまま死んでもいいとさえ思っていた。
「確信は……あるよ」
「はい?」
「君からあふれ出てくる匂いは、まだ第二性が何かわからないときにあの子から漂う匂いと同じだよ」
「証拠にはならない」
「なんでそんなに頑固なんだ」
「アルファがオメガを求める最大の理由って何だと思いますか」
「愛しているから?」
 純粋に育ってきたのだろう。番は恋愛の延長戦にあると思っている。勿論紫苑もそう思っていたし、そう思いたかった。
「お人良し過ぎでしょ。そんなわけないでしょう。確実に子供を産めるからですよ」
「子を産む機械ではない。そんな事ばかりではないよ。悪い方に考え過ぎだ」
 力一杯抱きしめた。
「離して下さい、痛いですよ。子供のできないオメガがどうなるか知っていますか」
 されるがままの紫苑は抱かれた腕を抱きしめ返すことは無くダランと脱力していた。
「捨てられちゃうんですよ。愛したはずのアルファに」
「そんな」
「捨ててほしいとオメガの方も思っちゃうんですよ」
「なんで!」
「なんで?神無月さんは馬鹿だなぁ、愛しているからに決まっているじゃないですか」
「そんな事があって良いはずがない。なぜ愛しているのに別れなければならないんだ」
 神無月は紫苑が羽織ったシャツを脱がすと、先ほど弄られて肥大した可愛い乳首に吸い付いた。
「俺は諦めない。俺のオメガは美月みつき、君だ」
「神無月さん」
 力一杯押し返そうと胸に手を当てた。いくら軽くてもヒート中のオメガの体力でアルファにかなうわけもなく、紫苑は神無月の腕に中から出る事は出来なかった。
「愛しているからつらいヒートの時に一緒に居てやりたい。愛しているからそいつとの子供が欲しいんだ。子供が欲しいからそいつを選んだんじゃないんだよ」
「理想論だ」
「そうかもしれん、それでも俺はお前を愛している」
「ヒート中のオメガの中はすごいらしいですよ。突っ込むだけなら出来損ないでも最高ですよ」
「やめろ、自分をそんないいかたするな」
 口の端だけ自嘲気味に持ち上げた紫苑は大きく足を広げた。
「僕薬キレてもう間もなく一日立ちます。オメガの全開のフェロモン嗅いでもそんなこと言えますか」
 神無月の喉が上下に嚥下した。
「濡れてきてる……」
 紫苑のアヌスからドロリと透明な液体が流れ出た。
 
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