αと嘘をついたΩ

赤井ちひろ

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序章 卯月

Prolog

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この世には男と女以外に第二の性、αβΩというものが存在する。平凡で80パーセント以上を占めるベータに対し、企業やアスリート、アーティストなどのトップ層はαであらかた占められており人口の約一割に当たった。
 更に少ないのはオメガであった。男女とも妊娠できる体の機能を持ち三か月に一度ヒートと呼ばれる発情期が訪れる。酷いものになると遠くからでもフェロモンがわかり、それに充てられたαの性犯罪は後を絶たない。
 α至上主義の現代でまさかのΩだと診断されたものの中には発狂して自らの命を絶つものもいたし、親に隔離されて外に出れなくなったものもいた。αがらみの性犯罪は誘惑した方が悪いと言われ襲ったアルファが被害者になることも決してまれなことではなかった。オメガの幸せは裕福なアルファのもとに嫁ぎ股を開き子をなすことだと言われている。アルファと結婚して確実に子をなすことができるのはオメガだけであったし、生まれる子供の95パーセンがαとなることからオメガの需要は高かった。
 大量の持参金をアルファにもらい厄介者払いする親も決して少なくはなかった、現代とはまさにオメガと診断されたものには生きずらい世の中である。
 アルファ至上主義の世の中だからこそ、アルファになれなかったベータなど、悔しさからか秘密裏に売られている高額の疑似α剤を飲みオメガとセックスするものも出ていた。


 
   ♢
 ここは青山に本店を構える陽気なイタリアン。【チャオチャオバンビーノ】
 ――今1番旬の店――
 最近店内で写真を撮るものが増え、店の売りの選べるシュゼットなんかインスタグラマー達の動画配信のおかげで一躍時の物である。
 ――クレープシュゼット――
 通常オレンジ果汁とグランマニエなんかのオレンジの香りのするお酒でソースを作り、目の前で火をつけ、香りを移すデザートのクレープである。
 追加料金でバニラアイスやサワークリームをトッピング可能。
 紫苑の十八番である。

「おい、紫苑これ食ってみろよ」
「何ですか?シェフ」
「カッテーナァ。マルコって呼べよ」
 一回り以上も年の離れたシェフにそう言われて紫苑美月しおんみつきは苦虫を嚙み潰したような顔をし――マルコさん――と仕方なくと言う感じで言っていた。
 犬の様にいつもニコニコと大口開けて笑う様はまるで子供のようであり、この時も紫苑に名前を呼ばれて嬉しそうにしていた。
「お前って不思議なやつだよなー」
 マルコは不思議な者でもみるように紫苑をみつめた。
「あ、美味い!」
「だろだろ、チーズ入れたらこのリンゴのシュゼット最高じゃないか?」
「で何がですか?」
「――ん?不思議なやつって件か?」
「ええ」
 常に大声を出さない紫苑は腹のそこから笑ってる姿も顔を真っ赤にしながら怒る様子も、涙ながらに訴える……なんて所も他人に見せたことはない。
「いや普通下の名前でよばれると俺は仲間意識がめばえて凄い近い感じがするんだが、例えば同じアルファなら闘争心がわいたりオメガなら守りたくなったりするんだよ。でも何故かお前だけは名前呼ばれてもそのどちらの感情もわかない。不思議なやつだ」
「知りませんよ、でも僕ベータじゃないですよ」
「わかっているよ。こんなにスーパーなベータ見たことないし明らかにその能力はアルファだろ」
「まあ見た目の綺麗さはオメガでも通用するくらいなんだが、オメガ独特の甘いいい匂いがしないからな」
 紫苑はマルコが喋っているのを遮るように静かに言った。
「匂いなんか、しないに決まってます。オメガとか失礼なことをいわないで貰えますか」
「お前、アルファの癖にオメガ嫌いなのか?」
 紫苑は飲んでいたコーヒーを机に置くと更に静かに言った。
「そうですね。繁殖するしか能がない」
「俺はそうでもないと思うがなぁ」
 マルコは話をしながら次第に声が小さくなった。
「あなたはオメガを知らないだけだ。あんな下等種大嫌いですよ。股を開くしか能がない」
 紫苑は汚いものを見るように静かに吐き捨てるように言った。
 

 
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