お江戸を舞台にスイーツが取り持つ、 ~天狐と隼人の恋道場~

赤井ちひろ

文字の大きさ
上 下
13 / 14

13沖田総司編 来世では 『前略櫻子様』

しおりを挟む
『前略 櫻子様
 
 京都に来てもう十の季節が過ぎていきました。
 京都の冬は何度経験しても……とても寒く、江戸から470キロほど離れただけなのにまるで海の先の気分です。
 改めて書くと、何を書いたらいいのやら……とても悩むものですね。
 ふみの一つも出さないまま二年以上過ぎ、それでも風の便りに男の子を生んだと聞きました。
 名前は何というのでしょう。
 走り寄り抱きしめてあげたい。
 その子は僕の子ではないけれど、命より大切だと思っていた貴女の子供だから。
 

 そうそう、この前素敵な食べ物を見つけましたよ。
 【くずきり】と言う透明のちゅるちゅるっとした少し甘い蜜に浸された甘味でした。
 たらいに入ったそれは水に浮かんでいて、頼むとそこから水を切ってくれるようで、【みずきり】という食べ物だとずっと思っていました。あっ、思っていたのは僕ではなくて土方さんですよ。
 きっと夏になったらもっと人気になるのでしょうね。
 あなたと一度でいいから食べたかったと思ってしまいます。

 最近僕は夢をみます。
 小さなころの櫻子さんと遊んだ境内の夢です。
 もうそんなに長くはないのでしょう。
 夢の中では走馬灯の様に思い出がよみがえってくるのです。
 
 身体の調子がほんの少しばかり悪いようで、咳が止まりません。
 お医者様はもう土方さんについてゆくのは無理だろうと仰っておられました。
 散々人を斬ってきたのです……。これも運命なのかもしれません。

 ただ僕は最後まで剣士で居たかった。

 病ではなく戦の中で死んでいきたかった。

 最近は若いものが面倒を見てくれます。
 名を市村鉄之助君といいます。
 本当によくやってくれて、ただ僕はもう彼に会うのをやめようと思います。
 彼の未来はまだ明るい。
 労咳の自分などと一緒に居てはいけないのです。
 
 
 このふみはあなたに届いてはいけないものです。
 届かせるすべも勿論ありません。
 でも心を綴ることで癒される思いもあるのだと思います。
 あなたを傷つけあなたを選ばず、最後まで人斬り沖田として、それでもなお、土方さんのお供ができて僕は幸せでした。
 ごめんなさい。

「ただもし違う人生だったなら、豆腐屋の主人も悪くはなかったと思っているのです」

     櫻子さん
 
「来世では……一緒になって、くれますか……」
 

 千駄ヶ谷の療養所の机の奥深くしまい込まれた、櫻子宛てに書かれたふみの中に
 沖田総司の文字ではない一文が書かれていたという。

「来世では……」
 
 


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

壬生狼の戦姫

天羽ヒフミ
歴史・時代
──曰く、新撰組には「壬生狼の戦姫」と言われるほどの強い女性がいたと言う。 土方歳三には最期まで想いを告げられなかった許嫁がいた。名を君菊。幼馴染であり、歳三の良き理解者であった。だが彼女は喧嘩がとんでもなく強く美しい女性だった。そんな彼女にはある秘密があって──? 激動の時代、誠を貫いた新撰組の歴史と土方歳三の愛と人生、そして君菊の人生を描いたおはなし。 参考・引用文献 土方歳三 新撰組の組織者<増補新版>新撰組結成150年 図説 新撰組 横田淳 新撰組・池田屋事件顛末記 冨成博

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

【完結】絵師の嫁取り

かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ二作目。 第八回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 小鉢料理の店の看板娘、おふくは、背は低めで少しふくふくとした体格の十六歳。元気で明るい人気者。 ある日、昼も夜もご飯を食べに来ていた常連の客が、三日も姿を見せないことを心配して住んでいると聞いた長屋に様子を見に行ってみれば……?

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―

馳月基矢
歴史・時代
幕末、動乱の京都の治安維持を担った新撰組。 華やかな活躍の時間は、決して長くなかった。 武士の世の終わりは刻々と迫る。 それでもなお刀を手にし続ける。 これは滅びの武士の生き様。 誠心誠意、ただまっすぐに。 結核を病み、あやかしの力を借りる天才剣士、沖田総司。 あやかし狩りの力を持ち、目的を秘めるスパイ、斎藤一。 同い年に生まれた二人の、別々の道。 仇花よ、あでやかに咲き、潔く散れ。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.7-4.18 ( 6:30 & 18:30 )

新選組の漢達

宵月葵
歴史・時代
     オトコマエな新選組の漢たちでお魅せしましょう。 新選組好きさんに贈る、一話完結の短篇集。 別途連載中のジャンル混合型長編小説『碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。』から、 歴史小説の要素のみを幾つか抽出したスピンオフ的短篇小説です。もちろん、本編をお読みいただいている必要はありません。 恋愛等の他要素は無くていいから新選組の歴史小説が読みたい、そんな方向けに書き直した短篇集です。 (ちなみに、一話完結ですが流れは作ってあります) 楽しんでいただけますように。       ★ 本小説では…のかわりに・を好んで使用しております ―もその場に応じ個数を変えて並べてます  

後妻(うわなり)打ち

水無月麻葉
歴史・時代
伊豆から鎌倉に出てきた、頼朝と北条家のホームコメディ?です。 同じ時代、同じ家族の別の人物が主役の「夢占」と合わせて読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...