タカラジェンヌへの軌跡

赤井ちひろ

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29 愛と死の輪舞【ロンド】

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 面接官は何やらコソコソ言っていた。

「娘役はやりません」
 確かに私はそう言った。
 宝塚歌劇団に入ったら、本人の希望だけでは男役も娘役も決まりません。いろいろなものが考慮される。
 
 面接官はさくらを見て言った。
 
「君今何センチ?」

「165㎝です」

 できない身長ではない。でも背の高い娘役は貴重だ。
 しかも声楽の成績を見るからに歌えるはずだ。
「もし娘役になったらどうしますか?」
 意地悪な質問が飛んだ。
「どうもしません!男役をやります」
 何故そう固執するんだ?
「娘役が居るからこそ男役が引き立つんですよ?必要だとは思いませんか?」
 さくらは真っ直ぐに目を見て話した。
「思います!でも小さなころから私は男役になりたくて、バレエも声楽もやってきました!発声方法も横隔膜を下げろと常に自分に言い聞かせてきました」
「では何故去年は受験しなかったんですか?君初めてだよね」
 面接官はバレエや声楽の点数を見ながら、去年の方がまだ身長が伸びるのを考慮するとは思わないのかと聞いた。

「138㎝しかありませんでしたから」
 バレエや声楽、日舞やパントマイムなんかなら、トップを取る自信がある。
 足りないのは努力じゃない。持って生まれたもんだ。
「でも138じゃぁ流石に……なので体力と芸を磨く1年にしたからです」
 
 それを聞いた面接官は試験結果の点数をくまなく見た。
 なるほど、バランスがいいわけだ。
 
「仮にちょっと身長が足らなくても技術でカバー出来るということか……」
「そうですね、声楽の成績も悪くないですよ。むしろ良い方かと」

面「777番……きみ名前は?」
さ「南條さくらです」

面「宝塚で好きな舞台は?」
さ「琥珀色の雨にぬれて、です」
面「ほう…またマイナーな…主人公は覚えている?」
さ「はい」
面「どんな人?」
さ「1922年のフランス、第一次世界大戦から生還した青年貴族クロードが主役です」
面「好きな歌は?」

さ「この舞台なら【琥珀色の雨にぬれて】です」
面「では舞台関係なくなら何が良い?」

さ「愛と死の輪舞ロンドです」

 面接官は皆顔を見合わせる。
面「歌えるか?暗譜できているなら……だがな」

さ「歌えます」
 数多あまたのトップスターが演じ続けたエリザベート。
 通常オペラなら主人公はエリザベートだ。
 男役が中心の宝塚では、この舞台は、トートが主役になっている。その中でも最高の一曲。
 歌えるのなら見てみたい。
 面接官のちょっとした興味からスタートしたこの楽曲は、さくらの過去最高の歌となった。
 
 外で面接を待つ人はそのうまさに心惹かれ、ただ黙って聞いた。
 アカペラでいいですか?
 聞いたさくらに、ピアノを弾こうと伴奏を買って出てくれた人がいた。


『その瞳が 胸を焦がし
 まなざしが 突き刺さる
 息さえも 俺をとらえ
 凍った心溶かす
 ただの少女のはずなのに
 俺の全てが崩れる
 たった一人の人間なのに
 俺を震えさせる
 お前の命奪う代わり
 生きたお前に愛されたいんだ
 禁じられた愛のタブーに
 俺は今踏み出す
 心に芽生えたこの想い
 体に刻まれて
 青い血を流す傷口は
 お前だけが癒せる
 返してやろう その生命いのち
 その時お前は俺を忘れ去る
 お前の愛を勝ち取るまで
 追いかけよう
 何処までも追いかけてゆこう
 愛と死の輪舞』
 

 悔いはない。南條さくら、試験は終了した。
 泣いても笑っても発表は明日だ。


 澄み渡る空を見上げることは出来るのだろうか。
 
 
 
 
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