タカラジェンヌへの軌跡

9 捨てたズボン

「ふはー」
「何、夏井……おっきな欠伸あくびだなー」
　すみれは冷蔵庫から水を取り出してぐびぐびと飲んでいる。
「今日買い物行かない？」
　すみれはサクサクとパンツルックに着替えるとソファーにひっくり返り天井を見た。
　
「何を買いに行くの？」
　夏井は眠い目をこすりながら聞いた。
「ワンピース」

「ワンピース？誰様？」
　一気に目が覚めたとばかり、ソファーから飛び起き大きな目をくりくりとさせ、冷凍庫から取り出したアイスを食べながら話し出した。
　ひっくり返りながらアイスを食べる夏井に、行儀が悪いと突っ込むと、夏井の目の前で全てのズボンをゴミ箱に捨てた。

「何してるの？」
　びっくりした夏井はすみれの手を掴み、ゴミ箱を覗いた。
　
「洋服買いに行こう！」
「ねえすみれちゃん？洋服なんで捨てちゃうの？」

　手には【宝塚歌劇】を持っている。
　大きく息を吸うとそのままはいた。
「私は身長打ち止めだよ。161センチちびじゃないけど……でも男役のデッドラインはクリアできなかった。」
　私は夏井向日葵！宝塚音楽学校を受験する子が多くいる中で、めったにいない宝塚音楽学校除外組。
　私の夢は四季だ。キャッツを見てから私の人生は一気にカラフルになった。
「すみれちゃん……」
「宝塚音楽学校に受かるまで二度とズボンをはかない」
　男役さんが宝塚を卒業するまでスカートを履かない様に、私も何かを諦めなきゃダメな時が来たんだ。
　

　スカートを履けば足をおっぴろげる訳にもいかず……胡坐をかいて椅子に座るわけには行かなかった。
　イメージゴジラからの脱却………………立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花！
「お――――――――」
　夏井ちゃんがびっくりしている。
　これがいけないんだ……。

　兎に角
　
　私は大好きだったズボンを捨てた。
　これが私の覚悟だった。
　悩んだよ。男役になれないなら学校辞めるか凄く悩んだ……、でも
　私は誰よりもかっこいい男役になりたかった。
　ならなれるはずだよ……。

　誰よりも男役をカッコよく見せられる娘役に。

　今日から変わる。目指すは娘役トップスター！

　見上げた空は澄み渡り、雲一つない真っ青な色は……私の決意の表れだった。