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たった五本の恋だから
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キー、物静かな扉を開けると夢の世界だった。
「こんにちわ……」
「いらっしゃいませ」
凄い素敵な笑顔の女性の店員さんだ。
流花(るか)はおそるおそる声をかけた。
「ちょっとだけ見てもいいですか?」
ふんわりと優しく微笑む。
「ちょっとと言わずゆっくりしてね」
「ありがとうございます……」
いつも外から見ていたこのお店、キラキラ輝くように沢山の花がドライフラワーになっている。中に入ったのは初めてだ。
外から見るより遥かに心臓がドキドキする。ドライフラワーがこんなにいい香りがするなんて思いもしなかった。
でも確か……何年か前にここのドライフラワーを貰った時もいい香りがしてた。
あのときはドライフラワーに香りがあるなんて思っても見なかったから……フレグランスをかけたんだって思い込んで、しかも大好きな隣のお兄ちゃんがくれたから、舞い踊っていたし、今日ここに入るまで随分遠い道を歩いた気がする。
「どなたかにプレゼントですか?」
私は辺りを見回し人がいないのを確認して小さな声で言った。
「さようならをしなきゃいけなくて……」
「え?」
どうやら私は泣いていたようで
「これ……使って」
私の目から滴り落ちる水滴を店長さんらしき人は綺麗なハンカチで拭いてくれた。
「ごめんなさい……」
「私で良ければ聞きますよ?」
赤の他人の涙なんかにこんなに優しくしてくれる、ここのドライフラワーの様に、良い香りをしたその人は、何も言わずにお花の手入れをしながら、聞いてくれた。
「お見合いしようとおもうんです」
「どなたが?」
「私……です。お相手のことは良く知りません。誰でも一緒だから」
「他に好きな人が居るのですか?」
「………………」
「口出しすることでは無いのかも知れません……でも告白してみてはいかがですが?」
流花は小さな声で囁くように歌った。
『さくらの森に誘われて小さな恋は、薄紅に染まる。あなたが欲しいと言えなくて、心の箱に鍵をかけた』
「昔大好きだったお兄ちゃんを思って作った歌です」
口ずさむその歌は彼女の心を表しているようで私は何も言えなくなってしまった。
「小さな頃から隣のお兄ちゃんが大好きで、私のピアノのコンクールの日、優勝した私に一つのドライフラワーをくれたんです」
「ドライフラワー?また珍しい」
「はい、とても綺麗でした」
「……今……もあるのですか?」
流花は紙袋からそれを取り出した。出てきたドライフラワーをみて店長さんは嬉しそうに言った。
「これは……」
「ご存知なんですか?」
「うちのです。これ私が作ったドライフラワーのブーケですよ」
クリスマスシーズンではありませんでしたか?
「はい。ピアノのコンクールは毎年クリスマスにやるんです。予選を勝ち抜きその時は本選に進んでいたから」
「このかた随分長い事うちに通われて、とても真剣に選んでらしたから声をお掛けしたのよ」
「靖兄ちゃんが?」
その時の事は今でも鮮明に覚えている……
「どんなのを探されているのですか?」
「妹のように可愛がっている少女がピアノの決勝に駒を進めたんです。勝っても負けても頑張ったねって言ってあげたくて、出来たら長く彼女の側に居られるものが良かったんです。生花よりドライフラワーにしたかった。……もしかしたらこれが最初で最後のプレゼントかも知れないから」
「可憐なイメージかしら?」
「おてんば……かな(笑)実は……入れて欲しい花があるんです」
「何かしら」
「アングレカムを……少しで構いません。気持ちを……溶けて無くなるくらいの少量でいいから……僕の本当の心を混ぜぜていただけませんか?」
忘れるわけがない……。
「大切に持っていて下さっているんですね」
「はい」
「その方は……今は?」
「絵を描いていて、今度優秀賞とったんですよ。それで私……」
「あら素晴らしい」
「そのかたどんなお花がお好きかしら 」
「わからない」
「独り暮らし?ご結婚は?」
普段なら立ち入らない、でも彼女は背中を押して貰いたがっているように思えたから。
そして私は唯一、その男性の本当の気持ちを知っているから……
「しないんですって……結婚。絵が恋人なのよ」
「そうかしら」
「どういうことですか?」
「お嬢さんはその靖お兄ちゃん?が好きなのね……」
「………………はい」
「ずっと?」
「…………はい」
「そのドライフラワーを貰った時も?」
店長さんは、絡まった私の心の糸を優しく解してくれる。
「ずっと……お兄ちゃんしか好きじゃない」
「ねえ知っている?お花には魔法の力があるのよ」
「……魔法の?」
「そう、力」
「お見合い辞めませんか?少なくとも魔法の力がだめだった時で良いでしょう……」
「さようならのブーケ……ですよ?」
「かけてあげるわ。私が魔法……」
「店長さんが?魔法を……」
「一緒に、念じてちょうだい。渡しに行くのでしょう?」
所狭しと置かれているドライフラワーの中から五本の花を手にとった。
私には綺麗だとしかわからない、とても素敵な芳香のこの花は手の中に収まるような可愛いブーケになった。
「はい!沢山の魔法を入れたわ」
「魔法……」
「まだ間に合うかもしれないわ。いえきっと間に合うわ!行ってらっしゃい」
私はお兄ちゃんちに行った。
□□□
ガチャ……
「流花……?」
「おめでとう、靖お兄ちゃん。私の……気持ち……だよ」
□□□
結婚のブーケやブートニア、会場に飾る花をドライフラワーで。大口の契約だ……
午後5時にそのお客様と打ち合わせがある。どんな方なのだろう。
キー
扉が開く音がする。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちわ」
「魔法の力、かけちゃいました」
そこにいたのは、
あの時、「溶けてもいいから……」と少しの本音を混ぜた青年と
あの時、「さようならをしなきゃいけなくて……」と寂しそうに笑っていた少女だった。
こんな瞬間があるからやめられない。幸せそうな二人の顔は私の心も幸せにしてくれる。
アングレカムの花言葉、いつまでもあなたと一緒。唯一の恋。
私が込めた魔法は綺麗な黄色いミモザだった。
「お花、選びましょうか、折角だから最高に素敵な思いのつまったもの」
「こんにちわ……」
「いらっしゃいませ」
凄い素敵な笑顔の女性の店員さんだ。
流花(るか)はおそるおそる声をかけた。
「ちょっとだけ見てもいいですか?」
ふんわりと優しく微笑む。
「ちょっとと言わずゆっくりしてね」
「ありがとうございます……」
いつも外から見ていたこのお店、キラキラ輝くように沢山の花がドライフラワーになっている。中に入ったのは初めてだ。
外から見るより遥かに心臓がドキドキする。ドライフラワーがこんなにいい香りがするなんて思いもしなかった。
でも確か……何年か前にここのドライフラワーを貰った時もいい香りがしてた。
あのときはドライフラワーに香りがあるなんて思っても見なかったから……フレグランスをかけたんだって思い込んで、しかも大好きな隣のお兄ちゃんがくれたから、舞い踊っていたし、今日ここに入るまで随分遠い道を歩いた気がする。
「どなたかにプレゼントですか?」
私は辺りを見回し人がいないのを確認して小さな声で言った。
「さようならをしなきゃいけなくて……」
「え?」
どうやら私は泣いていたようで
「これ……使って」
私の目から滴り落ちる水滴を店長さんらしき人は綺麗なハンカチで拭いてくれた。
「ごめんなさい……」
「私で良ければ聞きますよ?」
赤の他人の涙なんかにこんなに優しくしてくれる、ここのドライフラワーの様に、良い香りをしたその人は、何も言わずにお花の手入れをしながら、聞いてくれた。
「お見合いしようとおもうんです」
「どなたが?」
「私……です。お相手のことは良く知りません。誰でも一緒だから」
「他に好きな人が居るのですか?」
「………………」
「口出しすることでは無いのかも知れません……でも告白してみてはいかがですが?」
流花は小さな声で囁くように歌った。
『さくらの森に誘われて小さな恋は、薄紅に染まる。あなたが欲しいと言えなくて、心の箱に鍵をかけた』
「昔大好きだったお兄ちゃんを思って作った歌です」
口ずさむその歌は彼女の心を表しているようで私は何も言えなくなってしまった。
「小さな頃から隣のお兄ちゃんが大好きで、私のピアノのコンクールの日、優勝した私に一つのドライフラワーをくれたんです」
「ドライフラワー?また珍しい」
「はい、とても綺麗でした」
「……今……もあるのですか?」
流花は紙袋からそれを取り出した。出てきたドライフラワーをみて店長さんは嬉しそうに言った。
「これは……」
「ご存知なんですか?」
「うちのです。これ私が作ったドライフラワーのブーケですよ」
クリスマスシーズンではありませんでしたか?
「はい。ピアノのコンクールは毎年クリスマスにやるんです。予選を勝ち抜きその時は本選に進んでいたから」
「このかた随分長い事うちに通われて、とても真剣に選んでらしたから声をお掛けしたのよ」
「靖兄ちゃんが?」
その時の事は今でも鮮明に覚えている……
「どんなのを探されているのですか?」
「妹のように可愛がっている少女がピアノの決勝に駒を進めたんです。勝っても負けても頑張ったねって言ってあげたくて、出来たら長く彼女の側に居られるものが良かったんです。生花よりドライフラワーにしたかった。……もしかしたらこれが最初で最後のプレゼントかも知れないから」
「可憐なイメージかしら?」
「おてんば……かな(笑)実は……入れて欲しい花があるんです」
「何かしら」
「アングレカムを……少しで構いません。気持ちを……溶けて無くなるくらいの少量でいいから……僕の本当の心を混ぜぜていただけませんか?」
忘れるわけがない……。
「大切に持っていて下さっているんですね」
「はい」
「その方は……今は?」
「絵を描いていて、今度優秀賞とったんですよ。それで私……」
「あら素晴らしい」
「そのかたどんなお花がお好きかしら 」
「わからない」
「独り暮らし?ご結婚は?」
普段なら立ち入らない、でも彼女は背中を押して貰いたがっているように思えたから。
そして私は唯一、その男性の本当の気持ちを知っているから……
「しないんですって……結婚。絵が恋人なのよ」
「そうかしら」
「どういうことですか?」
「お嬢さんはその靖お兄ちゃん?が好きなのね……」
「………………はい」
「ずっと?」
「…………はい」
「そのドライフラワーを貰った時も?」
店長さんは、絡まった私の心の糸を優しく解してくれる。
「ずっと……お兄ちゃんしか好きじゃない」
「ねえ知っている?お花には魔法の力があるのよ」
「……魔法の?」
「そう、力」
「お見合い辞めませんか?少なくとも魔法の力がだめだった時で良いでしょう……」
「さようならのブーケ……ですよ?」
「かけてあげるわ。私が魔法……」
「店長さんが?魔法を……」
「一緒に、念じてちょうだい。渡しに行くのでしょう?」
所狭しと置かれているドライフラワーの中から五本の花を手にとった。
私には綺麗だとしかわからない、とても素敵な芳香のこの花は手の中に収まるような可愛いブーケになった。
「はい!沢山の魔法を入れたわ」
「魔法……」
「まだ間に合うかもしれないわ。いえきっと間に合うわ!行ってらっしゃい」
私はお兄ちゃんちに行った。
□□□
ガチャ……
「流花……?」
「おめでとう、靖お兄ちゃん。私の……気持ち……だよ」
□□□
結婚のブーケやブートニア、会場に飾る花をドライフラワーで。大口の契約だ……
午後5時にそのお客様と打ち合わせがある。どんな方なのだろう。
キー
扉が開く音がする。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちわ」
「魔法の力、かけちゃいました」
そこにいたのは、
あの時、「溶けてもいいから……」と少しの本音を混ぜた青年と
あの時、「さようならをしなきゃいけなくて……」と寂しそうに笑っていた少女だった。
こんな瞬間があるからやめられない。幸せそうな二人の顔は私の心も幸せにしてくれる。
アングレカムの花言葉、いつまでもあなたと一緒。唯一の恋。
私が込めた魔法は綺麗な黄色いミモザだった。
「お花、選びましょうか、折角だから最高に素敵な思いのつまったもの」
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