愛の鎖が解ける先に

赤井ちひろ

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最終章

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「いつだったか、食堂でそんな会話をしていただろう」
「盗み聞きとはあまりいい趣味とは言えないな」
 その女は嫌そうな顔をしたが、白い服なぁ、と話し出した。
「好きな人が白い服が怖いと言っていたと三淵葵は言っていたぞ」
「それは誰のことかとお前に聞きに来た……」
秋先毬藻あきさきまりもだ」
「何が」
「私の名前だ。気安くお前と呼んだら、二度と何も教えてはやらん」
「なら秋先毬藻も俺のことを貴様と呼ぶな」
「そりゃあそうだ。失敬、では東條と呼ぶから、私のことも秋先でいい。フルネームは重いし敬語もいらない。どちらもそれなりの地位だろう」
 机の位置から相応の力関係は分かる。少なくともこの階ではトップだろう。
「秋先だな。わかった」
 では話を戻そうと、コーヒーに口をつけ、パソコンから視線を上げる。
「そもそもそれは東條の事ではないのか? 私はてっきり東條の事だと思っていた」
「あの会話が聞こえてきた時は、まだ付き合ってはいなかったのだよ」
 俺がそういうとそんなことは知っていると言われた。
 俺がいつも三淵葵の列に並ぶのも、休みの日には決して社食に来ないのも知っていたらしい。
 わりにバレバレのカップルだったから、気づいていないのは本人達だけだと嘲笑された。
 かなり慎重に隠していたというのに、女というのは本当に噂好きで空恐ろしい生き物だ。
 そんな顔をしたのだろう。
 嫌そうに睨まれた。
「もっと前から知り合いとかいう事は無いのか?」
「初めて会ったのは葵が面接に来た時だ」
「そうか?」
「何が言いたい……」
「そう思っているのがお前だけだという事もあるのじゃないかと思っているんだがなぁ」
 東條は手持ち無沙汰で、つい胸ポケットの煙草に手を伸ばした。
 その瞬間、秋先と呼ばれたその女性に手首をぐっと握られ、これ! と言われ、どちらもぐっと言葉を詰まらせた。
 最初に沈黙を破ったのは秋先だった。
「その煙草……、いつから吸っている?」
「この銘柄、という意味なら変えたことは無いから、もう十年はこれだ」
 俺がそういうと、ではやはり三淵葵はお前のことを前から知っていたと思うし、白い服が怖いってのもお前の、東條のことだと思うぞ。と言い切った。
「白い服が怖い……」
 小さい声で繰り返すそれに、秋先は「違うのか?」と臆することなく聞いてくる。
 何分も考えて、一つの欠落したピースに思い当たった。
「紬……」
「……悪いが、その名前も、私は知っているぞ」
 言われていることが全く理解できず、知っている? 知っている……と壊れたラジオのように同じフレーズを繰り返した。
 
 
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