愛の鎖が解ける先に

赤井ちひろ

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第六章

5 深海の海のごとく3

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 ――ハンバーグが食べたかったな。なぜ気が付かなかった。過去形になっている事に……
 ――すごく大切な事を忘れている気がして、東條は必死に思い出していた。
「駄目だ、思い出せない」
 金一封=クビ?
 俺は頼る価値のない男なのかと、少々苛立っていた。近くの公園から閉店間際のショッピングモール、夜遅くまで開いている本屋に、春には桜が満開になる桜並木の土手。車を止めてはあたりを探し回った。
「こんなに探してもいないなんて……」



  
 【快楽園】
 
 奥の個室に感じの悪そうな男たちが誰かを連れ込んでいた。中でガタイのいい男たちが何やら喚いている。
「この店のルール知ってる?お持ち帰りOKの印、髪の毛アップと何だっけ?」
「首輪」
 連れ込まれた男は小さな声がぶっきらぼうに言っていた。
「つまり君はお持ち帰りOKなわけ、ほら行くよ。その小っちゃい可愛いケツに早く突っ込みてぇんだって。俺達でヒーヒー泣かしてやるから早く来いよ」
 やんちゃそうな風貌はいつだって先頭切って突っ走っていく。
「だからこれは違うんだって。お前らなんていらない」
「んなお前の理屈しんねぇし」
 囲んでいる男たちの中でも下っ端らしき若い男が無理矢理手を引いた。
 それを叩くように葵は手を払いのけ、すごい顔でにらみを利かせた。
「俺好きな奴いるから」
 男たちは顔を見合わせて少しの間黙っていたが、誰かの吹き出す声をかわぎりに爆笑の渦となった。
「ハイハイ、じゃあ好きな奴さんとかを思ってていいから、ケツ出せよ。その穴に突っ込みてぇのよ。別に名前呼んで欲しいとかじゃないから」
 言うなり腰を掴むと複数の男たちは奥の個室で葵を組み敷いた。「もうここでいいわ。ベッドまで連れてくのめんどくせぇ」多勢に無勢だ、本気で挿れようと思えば葵程度の細腕では到底叶わない。
「ほら、たばこの後とか付けられたくないだろ、脱げよ。お持ち帰り君」

 カウンター越しに見ていたマスターはテーブルの下で携帯ナンバーを押した。
 車の中で東條の携帯がけたたましくなった。
 唯一の生命線だ。慌てて取ると「葵か」東條の声が答えた。
「俺、如月です」
 快楽園のマスターだ。
「如月さん、どうしましたか?」
 落胆の声を隠すように努めて冷静にふるまった。
 その間も煙草の本数はさらに増えていく。
 ――如月刀麻、バーのマスターだ。観察力は群を抜いている。
「今どこです?」
「中野のあたりだが」
 一泊置いて電話の向こうから小さな声で悲鳴らしきものが聞こえる。
「葵の声か?」
 飲み込んだ唾が喉に痛く引っかかった。
「そのようなんですが、ちょっとガラの悪い連中に絡まれていて、このままだと輪姦されます」
「吞気に電話なんかしてないで止めろ」
 溜息交じりに如月が答えた。
「それは無理ですね。彼、首輪してますから。うちのお持ち帰りOKのシステムお分かりですよね。抵抗してますけど俺には口は挟めません」
 気ばかりせいてこんな時ばかり信号にひっかかる。東條はタバコの火を灰皿に押し付けると車をUターンさせ一気にアクセルを踏み込んだ。
 ――葵。
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