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第五章
5 月下香の夜花
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「そのディルドどうしたと思う……」
自嘲気味に言う東條に、葵はただ一言、冷静に答えた。
「入れた……かな」
「あぁ、まだたいして濡れてもいない玉兎の後ろの穴に、男同士のセックスのいろはもわかってない若造が……玉兎の色気に充てられて……ただ泣き叫ぶその顔みたさに無理矢理な。痛かったのだろうと思う。あまり覚えてないのだよ……」
「玉兎って?」
「ああ、兄貴の名前だ。月って意味なんだ」
葵はただ黙って聞いていた。東條は月が好きだ。この部屋の中にも天体にちなんだオブジェが沢山ある。天球儀の月にキスをすると東條はゆるゆるとそれを回し始めた。綺麗な音色がなる。
「綺麗……だね」
葵は天球儀から聞こえる音色を素直に綺麗だと思った。
「Clair de luneだよ」
「知っていますよ。ドビュッシーでしょ? 月の光ですよね。――原題で言われた事滅多にありませんでしたけど……。僕ピアノ弾くんですよ、下手くそですけどね」
「月の光も弾けるのか?」
「凄くうまくはなくてもいいのなら、慰みもの程度でしたら弾けますよ」
真っ黒い分厚い布におおわれた大きな物体から東條はその布を取った。ピカピカに磨かれたピアノだった。初めてこの部屋に入った時からそれがピアノなのは気づいていた。東條から触ってくれるなと、見えない圧がかかっていたから敢えて聞かなかったのだ。
「聴きたいな」
東條は頭の上で手を組み、髪の毛をぐしゃりと掴んだ。
葵はピアノの前に浅く腰掛け鍵盤に指をかけた。しばらく黙って聴いていた東條はさっきの続きを話し出した。
「血が滲み、歪む顔に興奮……したんだ。無理矢理突っ込んだそこからは殺傷痕があり、太腿に血が流れていた。綺麗だと思った……その時の俺の顔が兄貴は怖かったんだろう。俺の知らない男の名を呼びながら、延々と泣いていた。
そいつは俺に鞭を渡し打てと命じた。
頭の中で『仕方がないじゃないか、命令されているのだから』どこかで悪魔の囁きがあったんだろう。俺は悪くない……そんな妖しい色気をだだ漏れさせる兄貴が悪いのだからってな……。
何かの、誰かの……せいにしたかったんだよ。
鞭を振るっている間の記憶が無いんだ。
それからは何度もそいつは家に来た。浣腸、鞭、バイブ、失禁と兄貴をなぶる度に俺を呼んだ。嫌がる兄貴の中に挿れた事もある。気がついた時には俺が兄貴に、そいつが俺に……挿れる様になっていた。
兄貴はいつも泣きそうに苦痛に歪んだ顔をして、憐れむように俺を見ていた 」
ピアノを弾く指を止め、ゆっくりと葵は振り向いた。
「そんな関係が5年程続いたある日、その男が別の男を連れているのを見た。俺と目があったアイツは悲しそうに、いや憤怒かもしれないな、そんな顔で俺をみた。嫌な予感しかしなかった……後にも先にもあんな気持ちは一度もないよ。走ったさ、走って走って、慌てて家にあがった……」
「大和……」
「知らない男達に良いようにされてる兄貴を見たよ。助けてやれば良かったのに、あの頃の俺なら、きっと助けてやれたのに、俺は……兄貴に裏切られたようで、その場を逃げたんだ。クズだ……俺は、俺は――」
「大和さん、落ち着いて」
葵はいつだって優しい。こんな俺にいつも――。
「――あれが兄貴を見た最後だったよ」
「最後?」
ああ――。
人は傷つき過ぎると、気が付かないうちに心にシールドを張る。
今、大和さんがこれを僕に言うのは懺悔からなのだろうか。
許してほしいようにも、糾弾されたいようにも見えて、何も言えなくて、ただ抱きしめるしかなかった。
自嘲気味に言う東條に、葵はただ一言、冷静に答えた。
「入れた……かな」
「あぁ、まだたいして濡れてもいない玉兎の後ろの穴に、男同士のセックスのいろはもわかってない若造が……玉兎の色気に充てられて……ただ泣き叫ぶその顔みたさに無理矢理な。痛かったのだろうと思う。あまり覚えてないのだよ……」
「玉兎って?」
「ああ、兄貴の名前だ。月って意味なんだ」
葵はただ黙って聞いていた。東條は月が好きだ。この部屋の中にも天体にちなんだオブジェが沢山ある。天球儀の月にキスをすると東條はゆるゆるとそれを回し始めた。綺麗な音色がなる。
「綺麗……だね」
葵は天球儀から聞こえる音色を素直に綺麗だと思った。
「Clair de luneだよ」
「知っていますよ。ドビュッシーでしょ? 月の光ですよね。――原題で言われた事滅多にありませんでしたけど……。僕ピアノ弾くんですよ、下手くそですけどね」
「月の光も弾けるのか?」
「凄くうまくはなくてもいいのなら、慰みもの程度でしたら弾けますよ」
真っ黒い分厚い布におおわれた大きな物体から東條はその布を取った。ピカピカに磨かれたピアノだった。初めてこの部屋に入った時からそれがピアノなのは気づいていた。東條から触ってくれるなと、見えない圧がかかっていたから敢えて聞かなかったのだ。
「聴きたいな」
東條は頭の上で手を組み、髪の毛をぐしゃりと掴んだ。
葵はピアノの前に浅く腰掛け鍵盤に指をかけた。しばらく黙って聴いていた東條はさっきの続きを話し出した。
「血が滲み、歪む顔に興奮……したんだ。無理矢理突っ込んだそこからは殺傷痕があり、太腿に血が流れていた。綺麗だと思った……その時の俺の顔が兄貴は怖かったんだろう。俺の知らない男の名を呼びながら、延々と泣いていた。
そいつは俺に鞭を渡し打てと命じた。
頭の中で『仕方がないじゃないか、命令されているのだから』どこかで悪魔の囁きがあったんだろう。俺は悪くない……そんな妖しい色気をだだ漏れさせる兄貴が悪いのだからってな……。
何かの、誰かの……せいにしたかったんだよ。
鞭を振るっている間の記憶が無いんだ。
それからは何度もそいつは家に来た。浣腸、鞭、バイブ、失禁と兄貴をなぶる度に俺を呼んだ。嫌がる兄貴の中に挿れた事もある。気がついた時には俺が兄貴に、そいつが俺に……挿れる様になっていた。
兄貴はいつも泣きそうに苦痛に歪んだ顔をして、憐れむように俺を見ていた 」
ピアノを弾く指を止め、ゆっくりと葵は振り向いた。
「そんな関係が5年程続いたある日、その男が別の男を連れているのを見た。俺と目があったアイツは悲しそうに、いや憤怒かもしれないな、そんな顔で俺をみた。嫌な予感しかしなかった……後にも先にもあんな気持ちは一度もないよ。走ったさ、走って走って、慌てて家にあがった……」
「大和……」
「知らない男達に良いようにされてる兄貴を見たよ。助けてやれば良かったのに、あの頃の俺なら、きっと助けてやれたのに、俺は……兄貴に裏切られたようで、その場を逃げたんだ。クズだ……俺は、俺は――」
「大和さん、落ち着いて」
葵はいつだって優しい。こんな俺にいつも――。
「――あれが兄貴を見た最後だったよ」
「最後?」
ああ――。
人は傷つき過ぎると、気が付かないうちに心にシールドを張る。
今、大和さんがこれを僕に言うのは懺悔からなのだろうか。
許してほしいようにも、糾弾されたいようにも見えて、何も言えなくて、ただ抱きしめるしかなかった。
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