愛の鎖が解ける先に

赤井ちひろ

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第五章

4 月下香の夜花

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 「二人で座れるソファに行きませんか?」
 葵は勘がいい。自分を狙うもの、疎むもの、大抵よく分かる。ただ恋愛偏差値は東條に負けず劣らず低いのだ。誰かを好きになったことがない。いな自分の心臓を鷲掴みにする声と出会えた事がない。
 東條が初めてなのだ。ここで彼を手放したら二度と手に入らないかもしれない。
 そんな打算から始まった恋だったと思う。それなのに、今では心底東條が愛おしい。
 あんなにモテそうなのに葵に嫌われたかもとシュンとなる子犬みたいな顔の裏に、あんなに狂った性癖を隠し持ち、しかもわざとではない。噛んでる間も意識がないとか狂っている。

 東條大和を形成するもの。葵はそれを知りたくなった。
「トラウマ……ですか?」
 二人掛けのソファの右側に東條と少しだけのスペースをあけ、膝をかかえて葵は座った。
「小さなころ、俺には兄がいた。いつもヤッチって呼んで頭をなでてくれた。5才違いだったんだ」
「お兄さん……ですか」
 静かに話す東條の側に、葵も静かに寄り添った。
「そんな兄貴が24、俺が19の頃だよ。俺たちは親元を離れて学校に通っていて、二人仲良く暮らす家には基本的に誰も入れないっていうルールがあったんだ」
 東條の手が小刻みに震える。
「俺が課外活動で一泊ボランティアに行った日、俺はケガをして班をリタイアする事になってな、兄貴が心配するからと連絡を入れずに帰宅した。もし羽を伸ばして飲みにでも行っていたら申し訳ない、たしかそんな理由だったと思う。でも帰宅して見たものは……」
「もう止めましょう」
 葵は東條との隙間を埋め、震える手に己の手を重ねるように置いた。
「いや、聞いてくれ。そこで見たものは……鞭で真っ白い肌に赤い線が何本も浮かび上がる兄貴だった。ペニスには勝手に逝けないようにペニスリングが装着されていて、その姿があまりにも強烈過ぎて俺は手に持っていたカバンを床に落とした。その瞬間の兄貴の顔は弟に見せるそれではなく、淫乱なただの獣だった。でも一番の獣は……俺だ」
「大和さん?」
「逝きたくても逝けない……おもちゃを埋め込まれた兄貴が綺麗で、片乳首にも軽い電流が時たま流されていたから片方だけすごい可愛くたっていた。それを親指と人差し指でつぶれるほどに摘まんだ時の兄貴の顔は目がうつろで口が半開きになっていた。今でも思い出すだけで背中がぞくぞくするんだ。その男は俺が兄貴に欲情してるのがわかったんだろう。手招きすると俺にイボイボのディルドを渡すと命令するように言った」
 葵の手は震える東條を一生懸命擦っていた。
「――――」
 俺はその時自分が悪魔だと思ったよ……。
 兄貴の嬌声をおかずに、俺の片手は自分のものを擦っていたんだ。
「俺は最低だ……」
「そんなことない、あなたは悪くない。それは思春期だから仕方がないでしょう」
「そんな風に庇ってくれなくていいんだよ。お前は本当に優しいな」
 ――違う。優しくなんかない、決して、優しくなんかない。
 ――だって、今僕は、明らかに嫉妬しているんだから。
「最低は僕だ……」
 
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