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第一章
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地下駐車場に止まっていたマスタング。
車フェチじゃなくたって名前くらい知っている。
「車マニアなの?」
実物なんか初めて見たあおは、面白いくらいに止まっていた。
「マニアという程ではないのだが、昔からこの車が好きでなぁ。買うならこれと思っていたのだよ」
乗れと促され、恐る恐る助手席に腰かけた。
「銀座のどのへんだ?」
「八丁目くらいなんだけど適当に降ろしてくれたら走るから大丈夫だよ」
「嫌、大丈夫なのだよ。俺も職場は銀座だ、しかも同じく八丁目。ここからならそう遠くない」
「ありがとう。でもヤマトさんって、家が港区で職場が銀座なのに、テリトリーが新宿二丁目って。いかにもだね」
「なかなか一般人には受け入れられずらくてな、そもそもゲイだから同僚に女性を紹介されても困ってしまう。発展場のが見つかりやすいし昨日はたまたまバーに居たが普段はSМクラブに入り浸っているのだよ」
「ふーん、だから縄があったんだ」
「そうだなぁ、本当は君ともやるはずだったのだけどな、あんなに好きな人がいるからいやだと泣かれれば」
くすくす笑うヤマトさんに僕はムカついて「失礼ですよ。もう終わった事じゃないですか。大体貴方と違って僕は一途なんです」と嫌みのように言った。
「しっかし今から仕事に行く人間の出で立ちには見えないな。その髪型で仕事か?」
呆れるように言うヤマトにあおはまさかと言い、車の中で器用に髪の毛をかためていく。カバンの中から真っ黒のポーチを出し中に入っているピンをコインケースにばらまいた。
器用にサイドを捩じり上げピンでとめていく。
靖はミラーに移るあおの顔が何故か見知った顔に見えてきた。人差し指で何度も目をこすりゆっくりと顔を見つめた。
「噓だ……違反だろ……」
あおは不思議な顔をしながら眼鏡をジャケットのポケットから出すと、最後の小道具をかけた。
靖はあおの顔を凝視して止まってしまっていた。
「どうしたの?」
「いや、あの」
「何? 俺行かないと、時間だから」
「飯、飯食いに行こう。今日」
「いいけど携帯番知らないよ」
「大丈夫だ、時間だぞ行け」
行けって、あの人……。
お互い電話番号も知らない。ああそうか、からかわれたのだと思い立った。
社交辞令なのかもしれない。
なぜか舞い上がっていた自分が恥ずかしくなり、からかうヤマトさんにもムカついて、適当に返事をして車を降りた。
ロッカーの前で今日のパンツを確認する。
「さっ、ここからは三渕葵だ。今日もありがとうの君に会えると良いな」
あの時の一回のみで本当に触ってくる人はいなかった。
――今日のパンツ最低だな。
真ん中が真っ白いレースになっていて僕の形がよくわかる。
しかも剃毛がルールだからこのレースじゃぁ丸見えだ。
「商品化する気あんのかよ」葵は独りごちた。
最近では慣れたもので、眼鏡をかけなければ俺は何も見えないことがわかっているから、どんな下品なおパンツでも人前で穿ける様になった。
「さっさと終わらせて早く社食に行こう。こっちの仕事は嫌でも、社食は最高なんだ」
ありがとうの君に想いをはせて、葵は本日一番のドアが開くのを待った。
だれか歩いてきた。
――見えないっていいな。相手のにやつく顔も見ずに済む。
足音が近づいてきてなぜか目の前で止まる。
今でも必要以上に近寄られるのはびくっとするものがある。
――あお。
え? 耳元で囁くあの声がした。空耳か。ありがとうの君の声だ。でもありがとうの君は僕をあおって呼ばない……。
「あお」
あおって呼ぶのはヤマトさんだけだ。
――ヤマトさん? まさかな。
「定時後、七階で待っているのだよ」
男はそのままエレベーターに乗って行ってしまった。
「七階って言った? 今の人」
――ありがとうの君があおって呼ぶ。
「行けば分かる」
その日の社食は豚汁当番だった。相変わらずの長蛇の列だったけれどその中にありがとうの君はいなかった。
車フェチじゃなくたって名前くらい知っている。
「車マニアなの?」
実物なんか初めて見たあおは、面白いくらいに止まっていた。
「マニアという程ではないのだが、昔からこの車が好きでなぁ。買うならこれと思っていたのだよ」
乗れと促され、恐る恐る助手席に腰かけた。
「銀座のどのへんだ?」
「八丁目くらいなんだけど適当に降ろしてくれたら走るから大丈夫だよ」
「嫌、大丈夫なのだよ。俺も職場は銀座だ、しかも同じく八丁目。ここからならそう遠くない」
「ありがとう。でもヤマトさんって、家が港区で職場が銀座なのに、テリトリーが新宿二丁目って。いかにもだね」
「なかなか一般人には受け入れられずらくてな、そもそもゲイだから同僚に女性を紹介されても困ってしまう。発展場のが見つかりやすいし昨日はたまたまバーに居たが普段はSМクラブに入り浸っているのだよ」
「ふーん、だから縄があったんだ」
「そうだなぁ、本当は君ともやるはずだったのだけどな、あんなに好きな人がいるからいやだと泣かれれば」
くすくす笑うヤマトさんに僕はムカついて「失礼ですよ。もう終わった事じゃないですか。大体貴方と違って僕は一途なんです」と嫌みのように言った。
「しっかし今から仕事に行く人間の出で立ちには見えないな。その髪型で仕事か?」
呆れるように言うヤマトにあおはまさかと言い、車の中で器用に髪の毛をかためていく。カバンの中から真っ黒のポーチを出し中に入っているピンをコインケースにばらまいた。
器用にサイドを捩じり上げピンでとめていく。
靖はミラーに移るあおの顔が何故か見知った顔に見えてきた。人差し指で何度も目をこすりゆっくりと顔を見つめた。
「噓だ……違反だろ……」
あおは不思議な顔をしながら眼鏡をジャケットのポケットから出すと、最後の小道具をかけた。
靖はあおの顔を凝視して止まってしまっていた。
「どうしたの?」
「いや、あの」
「何? 俺行かないと、時間だから」
「飯、飯食いに行こう。今日」
「いいけど携帯番知らないよ」
「大丈夫だ、時間だぞ行け」
行けって、あの人……。
お互い電話番号も知らない。ああそうか、からかわれたのだと思い立った。
社交辞令なのかもしれない。
なぜか舞い上がっていた自分が恥ずかしくなり、からかうヤマトさんにもムカついて、適当に返事をして車を降りた。
ロッカーの前で今日のパンツを確認する。
「さっ、ここからは三渕葵だ。今日もありがとうの君に会えると良いな」
あの時の一回のみで本当に触ってくる人はいなかった。
――今日のパンツ最低だな。
真ん中が真っ白いレースになっていて僕の形がよくわかる。
しかも剃毛がルールだからこのレースじゃぁ丸見えだ。
「商品化する気あんのかよ」葵は独りごちた。
最近では慣れたもので、眼鏡をかけなければ俺は何も見えないことがわかっているから、どんな下品なおパンツでも人前で穿ける様になった。
「さっさと終わらせて早く社食に行こう。こっちの仕事は嫌でも、社食は最高なんだ」
ありがとうの君に想いをはせて、葵は本日一番のドアが開くのを待った。
だれか歩いてきた。
――見えないっていいな。相手のにやつく顔も見ずに済む。
足音が近づいてきてなぜか目の前で止まる。
今でも必要以上に近寄られるのはびくっとするものがある。
――あお。
え? 耳元で囁くあの声がした。空耳か。ありがとうの君の声だ。でもありがとうの君は僕をあおって呼ばない……。
「あお」
あおって呼ぶのはヤマトさんだけだ。
――ヤマトさん? まさかな。
「定時後、七階で待っているのだよ」
男はそのままエレベーターに乗って行ってしまった。
「七階って言った? 今の人」
――ありがとうの君があおって呼ぶ。
「行けば分かる」
その日の社食は豚汁当番だった。相変わらずの長蛇の列だったけれどその中にありがとうの君はいなかった。
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