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第一章
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ミーンミーンミーンミーン
うだるような暑さにそれを増殖させる蝉の声。
なんでこいつらはこんな必死に鳴くんだろう。その答えを知ったのは幼稚園の時。365日分の7。365日の7倍……。
土の上と土の下の比率。
分のか倍かで同じ7の持っている意味に気づかされたあの日に、あおは蝉を嫌いって言えなくなった。
ただ、こういういつもと違う朝は、やはり蝉の声は頭に響く。
「蝉か……夏だよね」
声色からプラスの内容にうつらなかったヤマトに「嫌いなのか?」と聞かれ、口ごもる。
「蝉は嫌っちゃいけないんだよ」
プイっと聞かれたくないものを聞かれた子供のような表情であおは枕に顔をうずめた。
隣を見ると昨日の男が顔を洗っていた。
少し遠い距離感を感じたのは、洗面所から叫ばれたせいだとわかり、いっそ無視できたんじゃないかといまさらながらに気が付いた。
「どこか行くの?」
あおは髪の毛の間からちらりと見ると、ヤマトは仕事に行くという。
「言ってよ。俺も着替えるから」
「別に寝ていていいのだよ」
「その喋り方止めて、勘違いする」
どきんと心臓が跳ねる。
「喋り方?」
髭を剃りながらドア越しにヤマトの顔が見えた。
「その言い回しだよ」
「どの言い回しだ?」
「○○なのだよ、ってやつ。その言い方と声がさ、俺の好きな人にそっくりって言っただろ」
「そいつはお前の事を知っているのか?」
チクン、ヤマトはなぜか心臓の中を針で何度も刺されるような痛みに襲われた。
――いてェ。
左胸を抑えるヤマトにあおは気が付き、無意識にそこに手を伸ばした。
「――あお?」
ビクンと体が動く。
「ごめんなさい。つい……痛そうだったから。勝手に触ってごめんなさい」
何度も呼吸をすると、胸の痛みは幾分ましになった。
大きく見開かれたヤマトの目は、次第にいつもの切れ長に戻り、野太い声を頭上から降らせていた。
「いや、ありがとう。君は本当に優しいんだな」
「そんなことないよ。あっ俺も行く。今何時?」
あおの目覚ましが鳴らないのだからまだ六時前だと思うのだが……。
「六時半なのだよ」
瞬間的に体が飛び起きた。
「ヤバい遅刻する。着替えに戻る暇なんかないよ。パンツと靴下……コンビニで買わなきゃ」
あおは慌ててパンツを探した。
ヤマトに床から拾われて手渡されるパンツに昨日のことがフラッシュバックする。恥かしさに顔を隠し膝を丸めてその場で座り込んだ。
「どうした?」
「いや、全部脱いでんのに、俺ヘタレちまって結局してないんだなと思ったら……何だか逆に恥ずかしくて」
そんなあおがなんでか愛しく感じ、まるで浮気をしているような気分にさせられた。
「浮気……って」
――浮気も何も三淵葵とは、何も始まってすらいないくせに、ずいぶん不遜な考え方だと東條はそれに続く言葉を飲み込んだ。
「ああまぁ、あれだけ好きな人がいると泣かれては手は出せん。それに何だか痛そうな傷があったから、無理やり抱いてはいけないとも思ったのだよ」
「ん? ああ、今はもう痛くない。昔の傷だよ」
「そうか。それに……キチンとごっくんしてくれたぞ」
ヤマトの嬉しそうな言い回しにあおは両手で顔を覆った。
「だいたいあんただって好きな奴いるくせに、俺を抱こうとするのが間違ってんだよ」
「それはその通りだが、俺は認識もしてもらっていないからな、あれだけ毎日顔を売っていたのにな。昨日はそれで少しばかり落ち込んでいたんだ」
あおはヤマトの寂しそうな言い方につい声を出して笑った。
「そんなに声を出して笑わなくてもいいだろう」
靖の左手があおの手を外してスッと身体を近づけた。右手で唇に優しく触れお互いに見つめ合った。
「パンツはともかく靴下はサイズいくつだ?」
――キスされるのかと思った。
残念そうな顔をしたのだろう。
ヤマトの唇があおのそれを覆った。
「んふ、んはぁ」
「キスだけでかわいい声を出すんだな」
「俺の方が時間に余裕がある。会社まで送ってやるぞ?」
申し訳ないって思っていたのに、遅刻と天秤にかけたら構ってなんかいられなかった。
「銀座なんだよ」
あおはそう言うと「俺もそうだ。ご近所さんか。ならさっさとしたくしろ! 混む前に出たい」
「うん」
あおは慌てて洗面所に駆け込んだ。
「告ってみろよ」
顔を洗いながら適当なアドバイスが聞こえる。
「お前がしたらな」
適当なアドバイスには、適当に返した。
うだるような暑さにそれを増殖させる蝉の声。
なんでこいつらはこんな必死に鳴くんだろう。その答えを知ったのは幼稚園の時。365日分の7。365日の7倍……。
土の上と土の下の比率。
分のか倍かで同じ7の持っている意味に気づかされたあの日に、あおは蝉を嫌いって言えなくなった。
ただ、こういういつもと違う朝は、やはり蝉の声は頭に響く。
「蝉か……夏だよね」
声色からプラスの内容にうつらなかったヤマトに「嫌いなのか?」と聞かれ、口ごもる。
「蝉は嫌っちゃいけないんだよ」
プイっと聞かれたくないものを聞かれた子供のような表情であおは枕に顔をうずめた。
隣を見ると昨日の男が顔を洗っていた。
少し遠い距離感を感じたのは、洗面所から叫ばれたせいだとわかり、いっそ無視できたんじゃないかといまさらながらに気が付いた。
「どこか行くの?」
あおは髪の毛の間からちらりと見ると、ヤマトは仕事に行くという。
「言ってよ。俺も着替えるから」
「別に寝ていていいのだよ」
「その喋り方止めて、勘違いする」
どきんと心臓が跳ねる。
「喋り方?」
髭を剃りながらドア越しにヤマトの顔が見えた。
「その言い回しだよ」
「どの言い回しだ?」
「○○なのだよ、ってやつ。その言い方と声がさ、俺の好きな人にそっくりって言っただろ」
「そいつはお前の事を知っているのか?」
チクン、ヤマトはなぜか心臓の中を針で何度も刺されるような痛みに襲われた。
――いてェ。
左胸を抑えるヤマトにあおは気が付き、無意識にそこに手を伸ばした。
「――あお?」
ビクンと体が動く。
「ごめんなさい。つい……痛そうだったから。勝手に触ってごめんなさい」
何度も呼吸をすると、胸の痛みは幾分ましになった。
大きく見開かれたヤマトの目は、次第にいつもの切れ長に戻り、野太い声を頭上から降らせていた。
「いや、ありがとう。君は本当に優しいんだな」
「そんなことないよ。あっ俺も行く。今何時?」
あおの目覚ましが鳴らないのだからまだ六時前だと思うのだが……。
「六時半なのだよ」
瞬間的に体が飛び起きた。
「ヤバい遅刻する。着替えに戻る暇なんかないよ。パンツと靴下……コンビニで買わなきゃ」
あおは慌ててパンツを探した。
ヤマトに床から拾われて手渡されるパンツに昨日のことがフラッシュバックする。恥かしさに顔を隠し膝を丸めてその場で座り込んだ。
「どうした?」
「いや、全部脱いでんのに、俺ヘタレちまって結局してないんだなと思ったら……何だか逆に恥ずかしくて」
そんなあおがなんでか愛しく感じ、まるで浮気をしているような気分にさせられた。
「浮気……って」
――浮気も何も三淵葵とは、何も始まってすらいないくせに、ずいぶん不遜な考え方だと東條はそれに続く言葉を飲み込んだ。
「ああまぁ、あれだけ好きな人がいると泣かれては手は出せん。それに何だか痛そうな傷があったから、無理やり抱いてはいけないとも思ったのだよ」
「ん? ああ、今はもう痛くない。昔の傷だよ」
「そうか。それに……キチンとごっくんしてくれたぞ」
ヤマトの嬉しそうな言い回しにあおは両手で顔を覆った。
「だいたいあんただって好きな奴いるくせに、俺を抱こうとするのが間違ってんだよ」
「それはその通りだが、俺は認識もしてもらっていないからな、あれだけ毎日顔を売っていたのにな。昨日はそれで少しばかり落ち込んでいたんだ」
あおはヤマトの寂しそうな言い方につい声を出して笑った。
「そんなに声を出して笑わなくてもいいだろう」
靖の左手があおの手を外してスッと身体を近づけた。右手で唇に優しく触れお互いに見つめ合った。
「パンツはともかく靴下はサイズいくつだ?」
――キスされるのかと思った。
残念そうな顔をしたのだろう。
ヤマトの唇があおのそれを覆った。
「んふ、んはぁ」
「キスだけでかわいい声を出すんだな」
「俺の方が時間に余裕がある。会社まで送ってやるぞ?」
申し訳ないって思っていたのに、遅刻と天秤にかけたら構ってなんかいられなかった。
「銀座なんだよ」
あおはそう言うと「俺もそうだ。ご近所さんか。ならさっさとしたくしろ! 混む前に出たい」
「うん」
あおは慌てて洗面所に駆け込んだ。
「告ってみろよ」
顔を洗いながら適当なアドバイスが聞こえる。
「お前がしたらな」
適当なアドバイスには、適当に返した。
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