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第四章

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 翌日、大部屋に集められて説明を受けることになった。神官長の姿はなく、アンドレーアが俺たちを呼んだ経緯やらを語った。要約すると、『神話に登場する架空のものだと思われている建造物の、現実に通じそうな具体的な場所やらを記した古い書物が見つかったので解読を試みたものの、行き詰まったので専門家に頼みたい』ということだった。

 案内された蔵書室に入ったとき、俺はその個人の家に置いておくにはあまりにも多すぎる本の数に圧倒され、少し目を回してしまった。

「この部屋にある書物の殆どは、アルベルティーニ家が作成した、ジュール及びクレスについての記録です。家の者以外の方を招くことはないのですが、父の許しを得ていますのでどの書でもお手にとって頂いて結構です。私が見つけられた〈メリウス王の墓神殿〉についての記述は、こちらの方にまとめてあります。まずは確認していただけますか」

 アンドレーアは蔵書室の端に置いてある机を示した。あまり何人も集まれるところでもなさそうなんで、とりあえず親父が代表して行った。えらくとっ散らかった机だ。アンドレーアは几帳面そうな雰囲気のやつだが、案外がさつなのだろうか。ウェリア島にある自分の部屋の机とまるで同じような散らかり具合を見て、なんだか複雑な気分になった。

「一番古いのは、前期リラニア語か。六千年くらい前になるな」
「標準的と言われるリラニア語や、ルドリギア古語であれば、私もある程度は読めるのですが……。混ざり合っていると、なかなか」
「リラニア語自体が中間期の言語ですからね。方言も入っているようだ。しかしうちにはこの辺りが得意なのがいるんで、丁度良かった。おい、レナ。こっちに来い」

 呼ばれる気はしてた。俺は他のやつらを押しのけて、狭い通路を親父たちの方に進んだ。親父は持っていた紙を俺に寄越した。パッと見て、綺麗すぎると思った。

「お前が写したのか? 原本はねえのかよ」

 俺は真新しい紙を机に置いてアンドレーアに訊いた。こいつは良かれと思ったんだろうが、典型的なリラニア語とルドリギア古語の文字に整形されちまってる。この時期の文字ってのは曖昧なんで、その曖昧さを取り除くと意味が変わってくることがある。

「原本……というか、それも写しだと思いますが」
「んなこたあ分かってるよ。六千年前の本なんて石版でしか残らねえんだから。写しの写しのそのまた写しよりは、写しの写しの方がマシだって言ってんだ」
「は、はあ、確かに。ええと……、この本です。私が写したのはこの辺りですが」

 アンドレーアは古い本を山の中から取り出して、中頃を開いて椅子の前に置いた。手に取らず座って読めということだな。俺は椅子を引いて座った。いざ古書と対面。表紙だけは比較的新しいが、中のものはまあ古い古い。これは牛か馬の皮だな。

 まずは、アンドレーアが開いて渡してきたページを読んでみる。『メリウス』、『王』、『神』、『神殿』などといった、見慣れた文字が頻出している。他には『ジュローラ』、『墓』なんてのも出てくる。つなぎ合わせることで『メリウス王の墓神殿』という言葉になる部分も確かにある。だが、どうも気になったのは『海に沈んだ』という部分だった。普通に考えれば、これは『メリウス王の墓神殿』に掛かっていると思われるだろうが、俺はどうもこれが『ジュローラ』に掛かっているような気がしてならなかった。或いは両方だ。他のページに、もう少し明確な記述がないか探してみる。三ページ遡ったところで、『ジュローラは海に沈んだ』という一文を見つけたが、これはメリウスの子供時代にジュローラが津波に襲われたことを言っているのかもしれないと思ったので、もう少し遡った。そこで俺は見つけた。『ジュローラのそばに建てられた〈メリウス王の墓神殿〉は、海に沈んだ』。この『海に沈んだ』は明らかに『メリウス王の墓神殿』に掛かっている。たぶん、この本は時系列に沿って書かれている。つまり、メリウスの没後にジュローラは海に沈んだ――かもしれないわけだ。俺は最初のページに戻って、その先を読む。『エイラの丘は沈まずに残った』らしい。『エイラの丘』っていうのは、ジュローラ北部にあった高地のことだ。つまり、そこ以外は沈んじまって、残ってないってことか?

「どうも、ジュローラは山やら丘やらを残して海の中に行っちまったみたいだな」
「……やはり」

 俺が読み取れたことを最低限の言葉で伝えると、アンドレーアは小さく呟いて別の本を開いて俺に見せてきた。

「『クレスの都は東に移った』」

 アンドレーアが標準リラニア語の一文を読み上げた。俺の顔が自然とにやける。

「親父、当たりだぜこれは。やっぱりジュローラは今のキュアス諸島にあったんだ」

 親父の顔は動かなかったが、後ろの方から他のやつらがざわつくのが聞こえた。

「エイラの丘は、ウェリア島だ。俺はずっとそう考えてきた。もちろん、何の根拠もなくそう考えてきたわけじゃあねえ。が、また一個根拠が増えたわけだな。レナ、後で詳しいことを教えろ」
「おうよ」

 親父の声は、こころなしか得意げな感じだった。そうしたら、アンドレーアが紙束を親父に見せて意気揚々と語りだした。

「ウェリア島がエイラの丘だと仮定できるのなら、概ねの辻褄が合います。皆様をお呼びするに当たって、具体的な位置情報を得られたので……、とお話したかと思いますが――。どうやら、〈メリウス王の墓神殿〉は王宮から南に二十四キロム、エイラの丘は王宮から北北東に百三十二キロム。ウェリア島を基準にすれば、諸島の南端辺りに王宮があっただろうと考えられます」

 一キロムはおよそ〇.六マイルだ。一つの街から発展したクレス王国の都ってのは、まあ恐ろしく広大だったわけだ。小国なら余裕でその領地がすっぽりと入っちまうだろう。

「やっぱりアビリス島なんだな」
「アビリス島?」

 後ろの方で誰かが呟いて、アンドレーアが首を傾げた。親父が髭をいじりながら答える。

「元は名もなき無人島ですよ。我々はそこに〈メリウス王の墓神殿〉の手がかりがあると考え、調べ始めて三十年余り。名無しの島じゃあ不便なんで、仲間内では『アビリス島』と呼んでるんですよ。丁度、キュアス諸島の最南端にある。ウェリアの南に、約百マイル」
「アビリス島……」

 アンドレーアは繰り返して、暫し沈黙した。そうしてから、何か覚悟を決めたみたいな顔で、親父の方に身を乗り出した。おい、神官服の飾りが俺の額に当たったんだが。……気づかねえらしい。

「もし、よろしければ……、私もその島に行ってみたい。同行させていただけませんか」

 思い切ったことを言うもんだ。俺は椅子にもたれて、揺れる神官服の飾りを眺めていた。

「お父上の許可が得られれば、構いませんよ」

 親父は大して考えるような間も置かずに答えた。まあ、未開の島を歩き回れる脚かどうかは不安なところではあるが、あちこち掘り返すと出てくる古い石版の解読要員としては使えるだろうから、俺も反対はしない。

「ありがとうございます!」

 アンドレーアはもう行くのが決まったみたいな様子で目を輝かせる。父親が許せば、って言ってんだろうが。まあ、確かに神官長様の許可を得る方がまだ簡単かもしれない。そうそう危険な場所ってわけでもないし。

 ジュールには二週間滞在予定なんで、その間に更なる資料を探す。あとは、少し観光でもしてみたいところだ。一応は俺の生まれ故郷だって言うんだから、少しくらいならサボって歩いても許してもらえるんじゃないだろうか。

 今日のところはそれぞれ、どんなものがあるのかをざっと見て回るようだが、俺はさっきの前期リラニア語と睨み合っていた。まだ何か引っ張り出せるかもしれない。リラニア語っていうのは、基本的には表語文字と表音文字が混ざった言語だ。厄介なのは表語文字で、ルドリギア古語文字そのままなのかと言えば、そうじゃないものが多い。表音文字にしたって二百近くある。音素も音節もとっちらかっていて、体系として整っていない。使われる文字は時代によっても変わるが、地域によっても変わる。今俺が読まされているのは、正確に言えば『前期インクレスリラニア語・南部方言』ってやつだ。……ああっと、この字はなんて意味だったっけな。見覚えはあるんだが、忘れちまった。家の書写帳のどれかにあったはずなんで、帰ったら照合しよう。ってわけで、俺は気に掛かった文字を手帳に写し取った。

「レナートさん」
「……あ?」

 集中していたんで、声を掛けられて反応するのに一拍二拍遅れた。アンドレーアが俺の手元を興味深そうに覗き込んでいる。

「貴方は、どこで古代言語を学んだのですか? 驚くほど流暢に読んでいるから」

 神官長の息子で、パレス大の出で、英才教育の集大成みたいなやつがそれを言うか? 俺は初等教育も受けてねえっての。まあ、俺が『いらねえ』って言ったから受けてねえんだが。

「お前だって読めるだろ」
「そうですけれど……。私は立場上、幼少期から教え込まれてきましたし。それに、標準的と言われるものでなければ、とてもそんなふうには」

 まあ、そうか。クレスの神官は政治やらも勉強しなきゃならねえし、俺みたいに大方の時間を古代言語に費やすってのは難しかろうな。それで? さて、誰に教わったんだったか。俺にこの古い言語を教え込んだ誰か……、って言ったら、そりゃあ大方親父だろう。……とは思うんだが。いつも不思議なのは、親父は自分で読めるはずのものを、わざわざ俺に読ませる。単に経験を積ませるためにそうしているのかもしれないが。

「……俺はパレス大で考古学を専攻してるからな」
「え、本当ですか? 私も人類学部でしたけれど……、あなたのことは知らなかったな……」
「そりゃそうだろ。嘘なんだからよ」

 本気で信じたらしい。アンドレーアはわずかに眉をひそめた。まったく、気が抜けるほど素直なやつだ。

「しょうもねえこと言うな。すいませんね、そいつはガキの頃の事を少し忘れちまってるんですよ。だが、その時に一生懸命勉強していたんで」

 後ろの本棚の前に立っていたらしい親父が、手元の文章から目を離さずに言えば、アンドレーアの眉は今度は尻下がりになった。

「そうだったのですか……」

 と言って深掘りもしなければ、まずいことを訊いたかもしれないと変な気を使って謝ることもしない。しっかり弁えていることで。実際、謝られても困るんだよな。こちとら気にしてねえんだから。
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