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第二王子は二人の幸せが見たい

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 うずくまるクレアちゃんを抱きしめるフォルクハルトを見て、俺は心の底から安堵した。
 やっと二人を邪魔する奴がいなくなるのだから。
 俺は安堵からか、それともここ数日続いていた緊迫感から解放されたからか、少しだけ立ち眩みの兆しを感じて背中を壁に預けた。
 緊迫感の原因は、遡ること数日前。クレアちゃんが誘拐された日のこと。
 あの日、クレアちゃんを探し回っていたところに、兄上の使い魔である紫色のトンボがやってきた。
 クレアちゃんが見つかったので合流したいとのこと。
 クレアちゃんを迎えに行くのならフォルクハルトも呼んだほうがいいのかと尋ねれば、クレアちゃんのほうは無事に帰り着いたので誘拐犯のほうを追うらしい。
 取り逃がすわけにはいかないので今からフォルクハルトを探している時間はない。そんなわけでフォルクハルトには言わずに俺だけが兄上と合流した。

「急げマーヴィン」

「はい、兄上」

「誘拐犯は先日言っていた占い師だった」

「え」

 兄上は俺の言葉を聞くことなく俺の腕を掴み、反対の手で持っていた魔石を握り込んだ。

「兄」

「黙れ、転移魔法を使うぞ」

 兄上がそう言ったところで、兄上の手にあった魔石が爆ぜた。
 そして、一瞬のうちに知らない場所に来ていた。
 外ではなく、室内のようだ。この部屋に窓はなく少し薄暗い。
 ドアが二つあって、テーブルにソファ、そして本がぎっしりと詰まった背の高い本棚。
 ぐるりと見渡したところ、全然知らない場所だった。
 いやぁ、噂には聞いていたがすごいな転移魔法。一瞬で知らない場所に移動出来るんだからな。あと大きくて純度の高い魔石が一瞬で塵になるんだからな。金がかかる。
 と、感心していると、二つあったドアのうちの一つがそっと開いた。

「おやおや、第一王子殿下に第二王子殿下まで」

 呑気な声で部屋に入ってきたのは男だった。
 緑がかった黒髪に紫色の瞳の、背の高い男性。品のいい顔で笑っているが、腹の中は読めない。

「お前が占い師だな」

「いかにも。王都で一番当たると評判になった占い師でございます。名はロータスと申します」

 王族を前にこんな胡散臭い口調で喋るとは、度胸があるのかバカなのか、どっちなのだろうか。

「話を聞かせてもらおうか」

「そうですね。ただ……薔薇のお姫様を迎える準備はしていたがお二人を迎える予定ではなかったのでお茶もお菓子も可愛らしいものしかありませんで」

「どちらも必要ない」

「そうですか。まぁこちらも急ぐのでそう言っていただけると助かります。どうぞお座りください」

 こちらは誘拐犯を捉えに来たはずなのに、その誘拐犯がこの調子なのでペースを乱されてしまいそうだ。
 どさりと音を立てて座った兄上に倣い、俺もそっとソファに腰を下ろす。

「呑気に笑っているが、このままでは牢獄行きだぞ。クレアを誘拐したこともあのカードを作ったこともスキアーの目論見に加担していることも、こちらは全て分かっている」

「そうでしょうね。全ては俺が仕向けたことですから」

 牢獄行きと分かっていての笑顔だとは思えない。悪いことをしたという頭がないのだろうか?
 俺がそんなことを考えていると、占い師ロータスが立ち上がる。

「俺の特技は未来視なんです。それで……今片付けたばっかりなのになぁ……こういう細かいところまで視える未来視なら良かったのに……」

 ロータスはぶつぶつとぼやきながらさっき出てきたドアへと向かっている。

「逃げるつもりでは」

「……違うだろう、おそらく」

 俺も兄上も首を傾げている。

「よいしょ、と。さっきまであの子に見せるために出してて今片付けてるところだったんです、これ」

 そう言ってロータスが持ってきたのは巨大な水晶だった。重そう。

「さて、見ていてください。これが俺の見た未来です」

 ロータスの言葉を聞いて、兄上も俺も水晶を覗き込む。
 するとその中にあったのは学園だった。
 そして学園内で巨大な魔物が暴れていて、先生や学生たちが戦っている。
 魔法の使い方に慣れているはずの先生方が次々と倒れ、生徒たちは逃げ惑う。

「あ、俺とフォルクハルト」

 逃げ惑う生徒たちを庇うように立ちはだかったのは俺とフォルクハルトだった。
 戦うつもりなのだろう。王族として、次期公爵として民を守るために戦わなければならないのだから。
 しかし大した実戦経験のない俺たちが魔物に立ち向かったところでたかが知れている。
 水晶の中の俺たちはあっけなく魔物が吐いた炎に飲まれてしまった。

「俺たちは、死ぬのか……? いや、でもフォルクハルトにはあの薔薇が」

「……あの薔薇も、無敵ではない。あの火力で薔薇ごと燃やされてしまえば……」

 俺たちは死ぬらしい。
 俺は驚きと恐怖で言葉を失った。兄上も言葉を発さない。
 水晶の中ではクレアちゃんが今までに聞いたことのないような大きな声で「フォルクハルト様」と叫んでいた。
 あぁ、やっぱりクレアちゃんも、フォルクハルトのこと好きなんだろうな。

「俺の祖父、エーレンフリートも未来視が得意でした。そしてその祖父もこの未来を視ました」

 ということは、俺たちが死ぬのは確定なのか。

「こんな未来が訪れてはいけない。そう思った祖父は死の間際に俺にこう言い残しました。『マーヴィンとフォルクハルトを助けてやってくれ』と」

「……ん?」

 俺とフォルクハルトを? というか俺の名を呼び捨てに?

「二人は祖父をじっちゃんと呼んで親しくしていてくれたそうですね」

「じっ……ちゃん」

 この人、じっちゃんの孫だったのか。言われてみればじっちゃんも彼と同じ紫色の瞳だった気がする。髪はすっかり褪せてしまっていたけれど。

「祖父は二人が大好きだったんですよ。慕ってくれるから、可愛かったんでしょうね。ちなみに俺も好きですよ、二人のこと。祖父の墓にとてもいいものを供えてくれるから」

 ロータスはあははと笑った。確かにいいものを供えた記憶はある。

「で? そのために、お前はあの組織に加担したのか」

「この未来を変えるためには、魔物の封印を解かないのが手っ取り早いと思って」

「それにしたって、もっとやり方があっただろう」

「いやぁ、上手く立ち回るための人心掌握術を持ち合わせていなくて『味方の振りをする』くらいしか思いつかなかったんですよ」

 魔法の研究ばかりしていて人間の心理についてはからっきしで、と笑っている。
 笑い事ではないだろうに。
 そんなロータスの笑みを見て、兄上が深いため息を零す。

「今までのことと今後のことを、全て話してくれ」

 兄上のその言葉に、ロータスが頷く。
 そして笑みを消して語り出した。

「一番に思い付いたのは魔物を一人で倒すことでした。無理でしたけど」

 真面目な顔での第一声がそれか、と兄上も俺も少し呆れた。
 ロータスが言うには、未来を大きく変えるには小さなことからこつこつと積み上げるしかないらしい。
 魔物を一人で倒すのも組織を解体することも大きすぎて無理なのだそうだ。
 だから組織に入り込んで、味方の振りをして少しずつ運命を変えていく。
 組織の頭になるはずだった人をそっと退けたり組織を抜けるはずだった人を引き留めたり。
 あの女、ジェニー・サリスを組織に引き入れたのは組織を抜けるはずだった人なのだそうだ。
 魔法を使って一人の女を破滅へと向かわせる様子を見て素質があると見込んだんだとか。
 破滅へと、というのは今クレアちゃんにやろうとしていることと似たようなものらしい。恐ろしい女だ。

「俺は魔力を蓄積するための装置を作りました。そして魔力を吸収するカードを使ってその装置に魔力を送る。それがいっぱいになれば魔物の封印を解くことが出来ると言って」

「なるほど」

「まぁ、実際その装置がいっぱいになると爆発する文様が刻んであるんですけどね。こっそり」

 要するに封印が解ける前に爆発してしまうんだな。

「俺があのカードを作ったのは、第二王子殿下が気付いてくれるだろうと踏んだんです」

「え、俺?」

「学園内で流行るように仕向けましたからね。まさか第一王子殿下が先に気が付くとは」

「一番に気付いたのはクレアだがな」

 この流れ、まさか俺はポンコツだと思われてしまうのでは?
 いやでも流行ってたの女子の間でだったから!

「カードに気付かれたところで俺へと続く足跡がすぐに分かるように細工もしていました」

「あぁ、簡単に探れた。お前が組織の駒であるということも」

「そうです。組織の中に俺を信用していない奴がいるんです。まぁそれを利用するために組織内に引き留めたんですけど」

 ロータスが言うには、そいつはもう兄上が組織の周囲を探っていることに気が付いているらしい。
 そしてそれがロータスのせいだということも。

「このままでは、お前は切られるんじゃないのか?」

「はい。俺は今日殺されます」

「こ、え!?」

 すごく簡単に言ってのけたが、俺たちを助けるために死ぬ気でいるのか?

「なので、この先は組織外の人間に協力してもらう必要があるんですよ。だから薔薇のお姫様に協力してもらおうと思ったんですがあの子に重荷を背負わせるのは気が引けて」

「繊細だもんな、クレアちゃん」

「繊細というか、彼女は彼女の祖父から受けた心の傷を癒せていない。彼女の心の色があまりに悲しくて……あと単純に演技が下手で任せられないこともあって」

 可哀想に、からの演技が下手。

「だから、居場所を俺に知らせたのか」

「はい。第一王子殿下なら気付いてくれると思って。まさか転移魔法まで使ってくるとは思いませんでしたが」

 兄上が言うには、今までロータスがどこにいるのかは分かっていなかったらしい。
 ロータスが魔力を隠す魔法を使っていたからだそうだ。この世にはいろんな魔法があるんだな。

「ここからは今後の流れですが、この後俺は俺の家ごと爆破されて死にます」

「そんな。ここが爆破されるのか?」

「ここは俺の大切なものを保管する秘密基地。家は別にありますよ。そして俺は駒として殺されなければならないんです。ただ、今俺が本当に死ぬと支障が出るので死ぬのは俺そっくりの土人形です」

 あ、じゃあロータスは死なないのか。びっくりした。

「俺が爆発現場を鑑定して、お前が死んだことにすればいいんだな」

「さすがは第一王子殿下。お察しの通りです。詳しい説明は不要ですかね。それで、フォルクハルトが何かを目論んだ夜会を開きますね?」

「その予定だ」

 フォルクハルトは夜会で婚約破棄を告げ、本性を現したあの女を皆の前で晒し上げる予定なのだ。

「おそらくフォルクハルトが婚約破棄を告げるつもりなのでしょう。そこで豹変するジェニー・サリスを他の貴族に見せてジェニー・サリスの恐ろしさを、と考えているはずです」

 間違ってはいない。

「婚約破棄という言葉はジェニー・サリスが一番求めている言葉。その言葉を聞いたジェニー・サリスは感情が昂ぶり己の中にある魔力を結構な量放出させてしまいます。加減が出来ませんからね、あの女」

 神々に愛された娘とか言われておいて加減も出来ないのか。

「その放出された魔力は俺が作った例の装置に全て送られ、すぐに許容範囲を超えます」

「で、爆発するのか」

「はい。俺は今その装置がどこにあるのか教えられていません。駒なもので。だから爆発音を頼りにそこへ向かってください。組織を一網打尽に出来ます」

「分かった」

 兄上が頷く。

「第二王子殿下はジェニー・サリスの近くにいて、魔力を暴発させた彼女を捉えてください。それでこの一件は上手く収束させられるはずです」

「……分かった」

 俺も頷いていると、兄上が口を開く。

「ロータス、お前変装は出来るか?」

「出来ます」

「クレアの兄にでも化けて側にいてやってくれ」

「いいのですか?」

「あの女の暴走のせいで、俺の弟たちに何かあっては困る」

「兄上」

「彼らのことは、俺が全力でお守りしましょう」

 そんな話し合いがあってから数日後、フォルクハルトがあの女を陥れるために開く夜会の日。
 ことは順調に進んでいる。ロータスが言った通りに。
 しかし嘘とは言え婚約破棄を告げられるクレアちゃんは大丈夫なのだろうか?
 と、兄上に渡された葉っぱを手に考える。
 この葉っぱは兄上がクレアちゃんから回収した新種になるはずの薔薇の葉らしい。
 暴走したあの女に投げつければいいと言われて受け取った。
 あの女はきっとこれでなんとか出来るはずだが、心配なのはクレアちゃんとフォルクハルトだな。
 ロータスが問題視してなかったから大丈夫ではあるのだろうけれど。
 なんてことを考えていると、会場にクレアちゃんがやってきた。隣にはクレアちゃんと似たような髪色のうすぼんやりした男がいる。
 あれが変装したロータスなのだろう。全然分からないけど。あそこまで誰だか判別出来ない変装魔法が使えるのか。さすがはじっちゃんの孫。
 なんてことを考えている俺や兄上の使い魔が見守る中、時間は進む。
 そして、時は来た。
 対峙するフォルクハルトとクレアちゃん。婚約破棄を告げるフォルクハルト。高笑いをするジェニー・サリス。使い魔に気を取られるクレアちゃん。……クレアちゃん!
 その時、遠くで爆発音が聞こえた。おそらくロータスが作った装置が爆発したのだろう。
 その音を合図に、俺は薔薇の葉をあの女に投げつけた。
 すると薔薇の葉は形を変え、棘を持った蔦であの女に絡みつく。捕獲は完了だ。

「何よこれ! 痛い!」

 体に刺さる棘が痛いのだろう。しかしフォルクハルトは泣き喚くあの女には目もくれず、クレアちゃんに駆け寄った。

「クレア! ごめん、ごめんねクレア……」

 涙声でそう零しながら、クレアちゃんを抱きしめている。
 抱きしめられたクレアちゃんのほうは石にでもなったんじゃないかってくらいガッチガチに固まっていてとても可哀想である。

 いやしかしどさくさに紛れて抱きしめているが、クレアちゃんにかけられている得体の知れない魔法については解決していないのに、大丈夫か……?




 
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