紺青ラプソディー

蔵崎とら

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次男様のお部屋

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 今日の仕事はお屋敷二階の掃除。
 旦那様に次男様の部屋に行って欲しいと言われた日だ。
 二階全体の掃除は免除と言われたが、次男様の部屋に行った後で時間の許す限りやろうかなと思っている。
 既に着慣れてしまったメイド服に着替えようとクローゼットを開けたところ、そこに異変が起きていた。
 なんか、凄いカラフルだ。カラフル? 地味色の服しか持ってない私のクローゼットがカラフル?

 落ち着こう。落ち着こう私。寝惚けているのかもしれない。一旦クローゼットを閉めよう。

 この世界の女性の衣裳と言えばロングワンピースである。
 リリやルーシュのように可愛らしい貴族のお嬢様なんかは、可愛いフリルやレースをあしらったロングワンピース。
 ロゼのようなお姉様は黒レースやダークカラーだけど光沢のある生地で作られたちょっぴりセクシーなロングワンピース。
 どちらも自分には似合わないという理由から、私は質素なデザインの物を選んでいる。
 色ももちろん派手な色は着ない。
 オフホワイトやクリーム色が殆どで、自分が持っている服の中で一番色鮮やかな服は若草色、という目への優しさを徹底したもの。
 だから、普段使うクローゼットにはそんな服しか入っていない。

 それなのに何故今開けたらクローゼットの中がカラフルだったのか。

 新しい服など買った記憶はない。
 そもそも護衛なしだとなかなか外に出してもらえないので、買い物など滅多に行けない。
 それに今は講習用の紙とインクの方にお金をかけているので服には回らない。
 ……あとずっと前に雑貨屋さんで見たくまのぬいぐるみが欲しいのでこっそり貯金しているのだ。
 だから見覚えのない服がこのクローゼットの中に入っているわけがない。こんなにカラフルなわけがない。
 ……見間違いだったのだろう、ともう一度クローゼットを開けた。

 するとそこにはやはり見た事もない服がずらりと並んでいた。見間違いではなく。
 先日煌びやか令嬢に貰った服や講習用に作ってもらった服が普段着用のクローゼットに紛れ込んだのかと思ったがそうでもない。
 そっちは大切な服用のクローゼットにしっかり並んでいるから。
 あ、誰かが間違えて私の部屋のクローゼットに入れちゃったのかな?

「ねえ、誰か私の部屋のクローゼットに間違えて服入れなかった?」

 朝食の席で、使用人仲間達に聞いてみた。

「入れてないよー!」

「入れてませんわ」

 と、リリとルーシュが答えてくれる。

「あぁ、奥方様じゃないかしら?」

 と、ロゼが言う。どうやら私のクローゼットに服を入れた犯人は奥方様らしい。
 奥方様らしい、とはいえ。

「奥方様が?」

 何故?

「昨日、トリーが孤児院に行ってる時に見たのよ、奥方様が大量の服を持って帰ってきてるところ」

「あ! じゃあ今日トリーのお誕生日?」

 リリが嬉しそうに笑いながらそう言った。

「わたくし達も、お誕生日になると奥方様からプレゼントを貰うから、それではないかしら?」

 と、ルーシュも同じように微笑んでいる。

「いやいや誕生日じゃないよ。っていうか私自分の誕生日知らないし」

 孤児院には自分の誕生日を知らない子なんて沢山居たし、誕生日を大々的に祝うこともなかったから気にした事もなかった。
 だがしかし、私の言葉で食堂の空気が凍りついた。
 タブーに触れてしまった、みたいな感じか。
 どうフォローしようか、と思っていたところ、青い騎士さんがこちらに近付いてきた。
 私の目の前にやってきた青い騎士さんは、その場で跪き、私の手を取る。

「キキョウ様にお誕生日がないのなら、毎日お祝いすればいいのです。キキョウ様がこの世に生まれてきてくれた事に毎日感謝し」

「いや、毎日はちょっと。っていうか青い騎士さん大丈夫ですか? 顔色悪いですよ? 疲れてるんですか?」

 朝っぱらから、しかも食堂で跪くとか頭でも打ったんですか? ……とまでは言わなかったけど。

「キキョウ様に心配していただけるとは……」

 ダメだこりゃ。
 何なんですかこれ、と赤い騎士さんに視線で助けを求めると、彼は肩を竦めていた。

「それ、二日酔い状態だから放置しといていいよ」

 なるほど。

「二日酔いって……あぁ、言われてみれば若干酒臭い。ほら青い騎士さん、立ってください。しっかり朝ごはん食べてお仕事頑張ってくださいねー」

 私はそう言って青い騎士さんからじわじわと距離を取った。
 二日酔いで頭痛いとか具合悪いとかは聞いた事あるけど頭おかしくなる人なんて初めて見た。
 しかしさっきまで凍り付いていた空気が元に戻っているようなのでそこだけは感謝しておこう。

 朝食を摂り終え、私はお屋敷二階へと急ぐ。
 まずは奥方様にクローゼットの中身について尋ねなければ。
 奥方様の部屋のドアをノックすると、すぐに返事があった。
 入ってもいいらしい。

「奥方様、私のクロー」

「クローゼットの中を見たのね! どうだったかしら? 気に入ってもらえた?」

「あ、いえ、それが、誰かが間違えて私のクローゼットに入れたものだと思ってまだあまり見てな」

 と言っていたら、奥方様は何も言わずに私を抱きしめた。
 この人、さっきから最後まで喋らせてくれないな。

「あの服は私達からのプレゼントよ。トリーナ、貴女頑張っているのに服の一着も買っていないんだもの」

 確かに買ってないけども……、私達とは誰だろう? 旦那様も入っているのかな?

「でも私、プレゼントを頂くようなことしてませんし……」

「いつも頑張ってるご褒美よ! 貴女は何も気にしなくていいの。娘に着せる服を選ぶのは楽しかったわ。だから、今度着たところを見せてね」

 そういえばこの人は私を娘にしてくれようとしたんだっけ。
 いや、だからと言ってあんなに大量に貰うのは申し訳ないのだが。

「あらもうこんな時間、今日は外出する予定があるの。トリーナ、お仕事頑張ってね」

 と、半ば強引に部屋の外に出された。
 貰えませんとは言わせてもらえなかった。
 ご褒美を貰うほど頑張った覚えはないんだけどなぁ。
 今から頑張って間に合うのだろうか……
 送り主が赤松やAなら遠慮せず貰うんだけど。

 そんな事を考えながら、旦那様に言われたとおり次男様の部屋へと足を進める。
 次男様の部屋のドアと言えば、例の『キスされた場所の意味』についての紙が落ちてきたところだ。
 要するに青い騎士さんから手や髪にキスされたところを見られているわけだ。
 若干気恥ずかしい。
 コンコン、とノックをすると、中から声がする。

「誰?」

 と。

「あの、使用人のトリーナと申します」

「入って」

 よく通る声で言われた。
 思い切ってドアをあけ、一歩踏み入れる。

「初めまして、数ヶ月前に使用人とし」

「会いたかったよ、僕のトリーナ!」

「ギャー!!!」

 部屋の中に入るなりそう言われて飛びつかれた。
 あまりにも唐突だったため、避けられなかったし尻餅をつきながら受け止める形になる。
 それは別に構わないのだが、彼が飛び付いて来た衝撃で、周囲にあったものが色々と雪崩れを起こしてしまって大変なことになってしまった。
 何が起きたんだ、と顔を上げると、次男様の顔よりも先に雪崩を起こしたものが視界に入る。
 そこにあるのは本、本、本……どうやら大量の本が本棚ではなく床に積んであったようだ。
 私も次男様も、ものの見事にそれに埋もれてしまっている。

 っつーか、次男様今何て言った?
 誰の、誰だって?

 いたた、と言いながら上体を起こそうとしている次男様。
 一気に起き上がればいいものを、私の両腕を掴んだまま起き上がろうとしているのでもたもたしている。

「あの、大丈夫でしょうか次男様……」

「いやだなトリーナ、僕はフレーテだよ」

「……フレーテ様」

「昔みたいにフレーテって呼んでいいんだよ」

「……初対面……ですよね?」

「……酷いなトリーナ、僕を忘れてしまったの? 僕はずっとずっと覚えていたのに、忘れる事なんてなかったのに……」

 いやいや待て、今までこの部屋に声を掛けることを禁止されていたのだから、初対面で合っているはずだ。
 何故彼はこんな事を言っているのだろう……
 昔だとか覚えてただとか、ってことはここに来る前の話……?
 っていうかそれはそれとして、この状況は何だろう。
 次男様は床に膝を付き、私の両腕を掴んだまま、私の目をじーっと見ながら徐々に近付いてきている。
 私はそれから逃れようと後ろに下がるのだが、次男様はどんどん追いかけて来る。
 ……あれ? これ押し倒されるんじゃない?

「ちょ、ちょっと次男様」

「フレーテ。本当に覚えてない?」

 覚えてる覚えてないの前に下がれよ。近付いたからって思い出すわけないじゃん。

「えっと、いつのお話でしょう? 人違いでは」

「ずっと前だよ。ほら、僕だよ?」

 もっとヒントくれ。……と思いつつ次男様の顔を観察してみる。
 綺麗な金髪に、深い緑色の瞳。
 奥方様によく似ていて中世的な美形。
 完全に初めて見たと思うんだけどなぁ。

「僕、トリーナのことなら全部知ってるのに。孤児院に居たことも、孤児院で皆のご飯作ってたことも」

 孤児院……孤児院か……あ、もしかしてシュトフがこの前言ってたのって次男様のことだったのかな?

「そういえば、孤児院に貴族っぽい子が来てたって」

 と、話し始めると、次男様の顔が嬉しそうに輝きだす。

「思い出した!?」

「……この前友人が言ってたな、と……」

「……なんだ」

 あからさまにしゅんとする次男様。犬のようだわ。
 きっとシュトフが言ってた貴族っぽい子ってのはこの人だったんだろう。
 お姫様が連れてきたって言ってたし。お姫様、っていうか奥方様が息子を連れてきていた可能性は大いにある。
 しかし申し訳ないことに全く思い出せない。

「寂しいなぁ。あの時話したことも覚えてないんだね。約束もしたのに……」

 いつのことだろう……約束って何だ……全く解らない。

「約束……?」

 と言って首を傾げると、次男様は寂しそうに微笑む。
 そして、思い出したようにまた顔が近付いてくる。

「僕ね、最近のトリーナのことも全部知ってるよ。イービスの部屋で襲われかけた事も、公爵令嬢が連れてきた騎士に絡まれたり楽師に切られそうになったり、昨日は伯爵と孤児院に行ったんでしょ?」

「なんで……知ってるんですか?」

 公爵令嬢が連れてきた騎士や楽師のことはある程度騒ぎになったから皆も知っているだろうけど、イービスの部屋……イービスって確か赤い騎士さんだったような……

「約束、忘れてないと思ったから。僕は知っていなきゃ、と思ったから、ね」

 だから約束って何! と言おうとしたとき、ノックの音が響いた。
 ドアの外に誰か居るらしい。

「フレーテ様、叫び声と大きな物音がした気がするのですが大丈夫でしょうか?」

 この声は青い騎士さんだ。

「大丈夫だよー」

 次男様はぐっと私の腕を掴み直しながら言う。

「俺はあなたの安否を確認したいわけじゃないのです。叫び声がキキョウ様のものだったので、とりあえず開けます」

 開けるんかい。

「キキョウ様!」

 本に埋もれていた私を見付けた青い騎士さんが、私の両脇に手を入れて立ち上がらせてくれた。
 その拍子で掴まれていた腕はやっと解放される。

「君かー……うーん、君……」

 次男様はその場にまだ座り込んでおり、青い騎士さんを見ながら呻っている。
 謎だな、この人。
 青い騎士さんは青い騎士さんで何も言わずに私を抱えたまま動かないし。

「まぁいいや、トリーナに仕事頼むからファルケさんは外に出てもらってもいい?」

「しかしキキョウ様にお怪我があるかもし」

「その時は僕が手当てをするから。それにファルケさん、仕事の途中でしょ?」

 次男様が青い騎士さんの言葉を遮りながらそう言うと、青い騎士さんは渋々私を床に降ろしてくれた。
 しかし軽々と持ち上げられてたな、私。
 そんなに軽い方ではないような気がするんだけど……さすが騎士といったところか。ホントに脱いだら凄いのかもなぁ。

「いいですかキキョウ様、何かあったら俺を呼んでくださいね。貴女の声ならすぐに解りますから」

「え、は、はあ。というか青い騎士さん、まだ顔色悪いみたいですけど大丈夫ですか? 青い騎士さんこそ気をつけてくださいね」

 私は早口でそう言って青い騎士さんを部屋の外に出した。
 ……さぁ、仕事を頼まれましょうか。




 
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