紺青ラプソディー

蔵崎とら

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孤児院凱旋

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 リリに起こされた後、諸々の準備を終え食堂へと向かうと、ニヤニヤと笑う赤い騎士さんが居て、その他の皆は私のほうを見ないようにしているのが目に入る。
 何事だか解らなかった私は、食堂の入り口で佇んでいたのだが、ロゼが呆れたような顔をしながら口を開く。

「さっきのリリの絶叫、聞こえたわよ」

 リリの絶叫というのは『何で全裸で寝てるのおおおおおっ!』ってやつだろう。
 ……なるほど、それで赤い騎士さんが笑ってて、他の皆は気まずそうにしてるのか。

「え、逆に皆は寝るとき服着てるの?」

 食事の準備をして席につきながらそう言うと、皆に唖然とした表情で見られた。
 ……なるほど、皆服着てるのね。

「ってことはトリーナちゃん……もしかして毎日全裸で……?」

 と、赤い騎士さんが言う。

「全裸っていうか半裸? 下着だけで。昨日はたまたま疲労が限界値を超えてたので無意識のうちに全部脱いだみたいで」

 赤い騎士さんの質問に正直に答えていると、横から青い騎士さんの「キキョウ様……」という少しくぐもった声がする。
 さすがの青い騎士さんもドン引き……ってわけじゃなさそうだな、顔真っ赤じゃん。
 もしかして想像しちゃったのだろうか……いやいや。
 どちらにせよ朝食の席で話す内容でもないな、と判断した私は、その次の言葉を続けなかった。
 その結果「トリーのおっぱい綺麗だった……」というリリの呟きと、それを聞いた青い騎士さんが持っていたカトラリーを盛大に落とす音でその話は終わってくれた。

 さて仕事! と意気込んでお屋敷に入ると、旦那様に呼び出された。ロゼも一緒に。

「トリーナにお遣いを頼みたいんだ」

 と、旦那様が言う。

「はい、解りました」

 今日の仕事はお屋敷三階、客間の掃除だしすぐに終わらせて行けばいいだろうと判断し、素直に頷く。

「じゃあトリーの分の仕事は私が」

「え? でも」

「いいのよ、よくある事だから。旦那様もその為に私も一緒に呼び出したのでしょう?」

 ロゼがそう問うと、旦那様は大きく一度頷いた。

「頼みたい事は、恐らく半日は掛かるからね」

 あれ、そんなに掛かるんだ。と、ぼんやり考えていると、隣に居たロゼが口を開く。

「しかし旦那様、護衛はどうするのでしょう? 午前中に出るとなると、騎士は二人とも忙しいはずですが」

 騎士さんは二人とも忙しいらしい。
 っていうかまだ護衛が必要だと思われてるのね私。トラブルメーカーだからですか?

「それなら問題ないよ。伯爵が来てくれるからね」

 旦那様はにっこりと笑う。

「トリーナにはこの書類をメテオール孤児院に届けて欲しいんだ。伯爵も孤児院に用があるみたいだからついでに連れて行ってくれる、とのことだった」

「あぁ……はい、解りました」

 何故奴が孤児院に用があるのかは解らないが、とりあえず解りましたって言っておこう。
 理由なんか、後であいつに聞けばいいだけだから。

「伯爵の手伝いも一緒に頼んだよ」

「はい」


 そして今、玄関先で赤松と合流し孤児院までの道のりを歩いているところ。

「で? 何でアンタが孤児院に行くの?」

 開口一番赤松に問い掛けた。

「おにぎり」

 と、赤松は一言だけで返してきた。どうやら眠いらしい。
 眠いのは見た目でわかるが、だからと言っておにぎりとだけ言われても何が何だかさっぱりわからない。

「おにぎりが何?」

 眉間に皺を寄せながら尋ねる。

「この前な、孤児院の前通ってん」

 と、赤松はいつもより低い声でぼそぼそと喋りだした。
 コイツが言うには、少し前に孤児院の前を通りかかった時、ずっと孤児院の外を見ている子供達が居たらしい。
 行きも帰りもずっとそこに居たから、何をしているのかと問い掛けた。
 すると子供達はリーナを待っているんだと答えたそうだ。
 リーナという名前では誰の事だか解らなかった赤松だが、ついこの前まで孤児院にいたお姉さんでトーン子爵家の使用人として孤児院から出たんだ、という説明でそのリーナが私だと言う事に気付いた。
 そして、その子供達は毎日待っているのだと言う。
 おにぎり作りに来てくれるって行ったのに来ないから、と。
 それを聞いた赤松が、じゃあ俺が連れてくると宣言したそうだ。
 子供達がその宣言に対し、出来ないよーリーナはお仕事だもーん、なんて言ったものだから意地になった赤松が私を孤児院に連れて行こうとしている……という流れで今に至っているわけだ。

「そういうわけやねん」

「いやどういうわけだよ」

 子供相手に意地になるような歳でもないだろうよ。
 と、思いつつもこうして連れ出してもらえなければ、まだ暫くは孤児院に行けなかったんだから感謝すべきところかもしれないんだけど。

「子爵に言うたら丁度届けたい書類もあるし連れてったれ、やって」

「ふーん。旦那様って寛容だよね」

「せやな」


 孤児院に着くと、目敏く私の姿を見付けた子供達が群がってきた。
 数人の子供達に両足をガッチリ掴まれて全然身動きが取れない。

「ホントにリーナ来たー! 兄ちゃんすごーい!」

 どうやら赤松に私の話をしたのはちっちゃい子組の子達だったようだ。
 赤松の事を伯爵だと気付いていないみたいだし。
 赤松はそんな事気にしていないようで、キャーキャーとはしゃぐ子供達の頭を撫で回している。
 完全にお兄ちゃん気質を発揮してやがる。

「リーナ、スカートかわいー!」

「こら、スカートの中に入るんじゃねえよ」

 スカート捲りどころか中まで入り込んできたチビの頭を、スカートの上からぺちりと叩く。

「……子供って凄いな、怖いもの知らずや……」

 と、赤松が呟く。いや感心してる場合かよ。
 スカートにもぐりこんできたチビを引き摺り出していると、目の前に少し大きな人影が落ちてきた。
 誰だろう、と顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。
 どこで見たんだっけ、と考える事数秒間。

「あ、シュトフに嫌われた奴じゃん。何してるの? あれ? 騎士服?」

 そうだ、昔シュトフのことを追い回していた男だ。
 男は嫌われたという一言に一瞬凹んだが、咳払いをしてすぐに立ち直った。

「俺、騎士になったんだ。今はこの孤児院に配属されてる。最近孤児院を狙った誘拐事件が多いんだよ」

 とのこと。
 誘拐事件とはまた物騒な。

「ところでトリーナ、シュトフのことなんだけど……」

 と、男は言う。
 コイツ、嫌われてから数年経ってるのにまだシュトフのこと気にしてるのか。
 シュトフ可哀想……、そう思っていた時ふと思い出した。
 あの日、シュトフをAの店に連れて行った日、彼女が頑なに孤児院に戻りたくないと言っていた事を。

「アンタがここに居るから戻りたがらなかったんだな」

 思った事がそのまま、つい口を衝いて出る。

「え……?」

「何でもない。シュトフのことなら、私から言えることは何もないよ。じゃ」

 ひらりと手を振り、その場を離れようとすると、男は私の手を掴み食い下がろうとする。
 アンタがどんなに頑張ったってシュトフはアンタの事嫌いなんだって、何故解らんのか。
 そう言ってやりたかったが、足元に群がっている子供の相手もしなければならない。
 そう思った私は、側に突っ立っていた赤松を引っ張って男と私の間に立たせた。
 するとどうでしょう、男は赤松の事を伯爵だと認識しているので手も足も出せない。
 貴族ってこういう時鉄壁になるから便利だよね。

「リーナ遊ぼーう!」

「私仕事ー。いい子にしてたら後でおにぎりだよ」

「おにぎりー!」

 そう叫んだ子供達は、嬉しそうにどこかへ駆け出して行った。

「ほな俺は先に厨房入っとくわ」

 男を睨みつけてその場に放置してきた赤松が言う。

「いや、お茶用意してあるっぽいし一旦食堂に寄ってくれたほうがいいかも」

 ふと食堂の方を見ると、テーブルには既にカップが用意されている。

「……あぁ」

 私達はとりあえず食堂へと足を進めたのだった。

 食堂に入ると、先生が深々と頭を下げている。
 もちろん、赤松に対して。

「伯爵様にわざわざご足労をかけてしまい」

「先生お久しぶりですー」

 私は先生の言葉をぶった切る。

「トリーナ!」

 見事に怒られたわけだが、私は負けない。

「いえ先生、あか……伯爵様が困っていたようなので。さっきここに連れてこられた経緯を聞いたんですが、半ば意地で私を連れてきたみたいなとこありましたし」

 ね、と赤松を見る。

「……せやな」

 ほらね。

「と、とにかく伯爵様はこちらにお座りください」

 先生はそう言って赤松を椅子に座らせた。
 赤松が座るのを確認し、先生は私も座らせる。
 赤松の正面に私と先生が並んで座っている状態になった。

「トリーナ、暫く見ない間に立派になったわね……」

「そう……ですかね?」

 自分じゃ解らないな、と首を傾げると、先生はにっこりと笑って頷いた。

「あら、そうだわ、は、伯爵様、お米の方は炊いてあります」

 先生は若干ビビり気味で赤松に話しかけている。
 先生よ、コイツ私と同い年なんだけど?

「炊いてもらってるんどぅえすね」

 ……炊いてもらってるんだー、と言おうとしてしまったのを無理矢理敬語にしたから、結果噛んだ。

「くっ……、炊き方知ってはったからな、くくっ」

 私が噛んだのが相当面白かったのか、必死で笑うの我慢してるみたいだけど完全に漏れてるからな、お前。

「私が教えたんで知ってるでしょうね。あ、先生これ旦那様から預かってきた書類です」

 笑いを堪えている赤松を不思議そうに見ていた先生に、書類を突き出した。
 すると、先生は受け取ってすぐに開封している。

「内容は聞かされているの。ただ、本当かどうかを確認したいんだけど今いかしら?」

 いいかしら、と言われても私は内容を知らない。
 だからとりあえず、いいんじゃない? と言う意味を込めて頷いて見せる。

「……トリーナ、あなた公爵家付きの楽師になったのかしら?」

 ぺらりと書類の一部を見せられる。
 煌びやか令嬢の実家である公爵家付きの楽師になった件についての書類だったようだ。

「それか。形だけですが、そうなりました」

 私がそう答えると、赤松が目を丸くしているのが視界に入る。

「よう形だけで済んだな……。あの公爵令嬢、お前の事拉致しようとしとったやろ?」

 そういえば赤松は、煌びやか令嬢が私を連れて帰ろうと躍起になっていたのを見ているんだった。階段から落ちた時も一緒に居たもんな。
 そりゃ驚いても仕方ないな。

「そりゃあ私も一芝居……あ」

 煌びやか令嬢に嘘を吐いて話を纏めた事を今やっと思い出した。
 そしてその嘘に赤松を利用したことも芋蔓式に思い出した。

「"子爵家の天使"の噂は私も聞いていますよ。それで、こちらの書類にある公爵とは別の公爵に目を付けられた事も」

 先生は女好き公爵のことも知っているようだった。

「そうなんです。性質の悪い公爵に目を付けられたので、そっちの公爵令嬢に協力してもらったんです」

 煌びやか令嬢と揉めた話や和解した話、そして性質の悪いほうの公爵家に買われると軟禁状態になりかねないと言われた話を掻い摘んで説明する。

「……で、公爵令嬢に協力してもらいながらも公爵令嬢の家に連れて行かれないように、と一芝居打ったんです。その芝居の内容が『私、伯爵の事が好きなんです』だったんだよね」

 と、赤松の方に向けて言うと、奴は全く動じなかった。
 いつものようにただただ深い皺を眉間に作っている。

「今後妙な噂が立ったとしても、多分その芝居の影響だから気にしないで。……ください」

 敬語が崩れてた。

「解った」

「……伯爵様はそれでよろしいのでしょうか?」

 と、先生が問い掛ける。

「俺は別に」

 赤松は心底どうでも良さそうな顔をしている。

「……トリーナ、その芝居は……本心だったり」

「しませんね。その芝居の大筋を考えたのは旦那様ですし」

「そ、そうよね、伯爵様にトリーナを貰っていただけたら……だなんて」

 先生、何考えてるの……。と、私は溜め息を噛み殺す。

「俺は別にええで」

「は?」

「嫁に」

「……は?」

「親父は相手の身分とか気にする人とちゃうし」

 呆れちゃって開いた口も塞がらないわよ。

「真顔で冗談言うのやめてくれない?」

 噛み殺しきれなかった溜め息を零し、頭を抱える。

「……せやな。ほなおにぎり作ろか」

「あ、あぁそうだ私そんなにゆっくりしてる場合じゃないんだった」

 夕方からは王子様系男子との練習が入っているのだ、ここで無駄口を叩いている暇はない。
 さっきの冗談を真に受けて完全に固まってしまっている先生はこの際放置しておにぎり作ろう。

 私と赤松で作ったおにぎりは、子供達にとても好評だった。
 うれしそうにおにぎりを頬張る子供達を一通り観察した後、私は次の予定がるので、と孤児院を後にした。

「ねぇ赤松。今日はありがとね」

 お屋敷まで送ってくれた赤松に言う。

「別にお前の為に連れてったわけやあらへんけどな」

「あっそ。まぁでもアンタの変な冗談以外はいい日だったわ」

「あぁ、あれな。元関西人として冗談の一つや二つ飛ばしてみたくなってん。ほな」

 そう言った赤松は、ひらひらと手を振りながら帰っていった。
 いつもならあんな冗談言わないくせに。
 ……変な赤松。




 
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