紺青ラプソディー

蔵崎とら

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お料理教室

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 現在、私はお説教モードの青い騎士さんと対峙しつつ、軽く苦笑いを零している。

 青い騎士さんは、一人で出歩く事の危険性を懇々と説いている。
 私はそれにただただ平謝りをしている。
 シュトフは私達を見てクスクスと笑っている。
 いや笑ってる場合じゃないのよシュトフちゃん……。

 青い騎士さんのお説教からどうやって脱出するかを考え始めた頃、バタン、という音が聞こえる。
 もちろんドアが開いた音で、A達が帰ってきた音だ。
 助かった!

「ただいまー、おぉ葉鳥!」

「おかえり二人とも!」

 Aの言葉に、私は待ってましたと言わんばかりに、食い気味でそして全力で応える。
 そんな私の反応が意外だったのだろう、A達は目を丸くしたまま暫く入り口付近に突っ立っていた。
 二人が戻って来たことだし、料理教室を始めましょうか、なんて言いながら立ち上がる。

「待ってくださいキキョウ様、話はまだ終わっていません。そもそもキキョウ様は常に丸腰で行動しているでしょう? 普通、女性は短剣などの武器を護身用に持っているというのに……」

 青い騎士さんは私の前に立ちふさがりながら話を続ける。
 お説教部分はまぁ軽く聞き流すとして、一つだけ気になる言葉があった。この世界の女の人達が短剣などを持ち歩いている、という言葉だ。
 確かに私はそんなもの持っていない。持てるものなら持ってみたいけれど。

「葉鳥に護身用の短剣とか必要あらへんやろ。そいつの護身術、プロ並みやで? それに短剣より手刀の方が鋭いんちゃう?」

 Bがクスクスと笑いながら間に入ってきた。
 プロ並みかどうかはわからないが、護身術は得意だ。
 日本で喧嘩に明け暮れていた頃、身体の小さな私が磨き上げた技術の一つが護身術だったから。
 デカい男達に囲まれたりしたら、ある程度の技術を身に付けていないと負けてしまうから。
 しかし短剣より手刀の方が鋭いなんてそんなアホなことはない。さすがに。

 未だに機嫌の治らない青い騎士さんの手を捕まえて、私は彼を見上げる。

「申し訳ありませんでした青い騎士さん。以後気を付けます」

「……や、約束、ですよ?」

 青い騎士さんは少し怯んだようで、若干目が泳いでいる。
 私の勝ちだな。

「葉鳥ー、こっち準備出来たでー!」

 厨房の方からAの声がしたので、私はそそくさとそちらへと向かった。

「姐さんの料理教室リターンやな」

「懐かしいなぁ!」

 と、BとAが言う。
 そういえば、中学生の頃も教えてやったことがあったのだ。
 確か赤松の家は赤松と赤松父と赤松弟という男所帯だったので、カップ麺だのコンビニ弁当だの、とにかく買ってきたものばかりであまり料理はしないという話だったから。
 赤松もその頃は料理なんて全然出来なかったのに、今はもうプロ並みに作れてしまう。
 当時の私にバカにされたのが相当頭にきたのだろうな。
 負けず嫌いなんだから。

「その姐さんってのやめてくんない? あ、シュトフにはこれあげる。レシピ書いてきたから」

 そう言って、前日に書いておいたレシピ帳を渡す。

「これ全部料理の作り方……?」

 シュトフはレシピ帳をぺらぺらと捲りながら首を傾げる。

「うん。簡単なやつだけ書いてきた」

 レシピ帳には初心者でも簡単に作れるレベルの料理を15個ほどまとめてある。
 この店の一番人気は唐揚げらしいので、1ページ目は唐揚げだ。
 そして今日教えるのも唐揚げだ。


「一口大に切った鶏肉を生姜醤油に漬け込んでー」

 と、指示を出すと、Bが包丁を持った。
 どうやら食材を切るのはBの役目らしい。
 彼に味付けを任せると大変なことになるから、とのこと。
 切る、とか、混ぜる、とか、単純作業しか出来ないんだそうだ。
 恐らく彼には料理の素質がないのだろうな。

「葉鳥一口大ってこんなもん?」

「てめぇの一口くらい自分で解るだろ」

「……姐さん怖いっス」

 一つ切る毎に聞かれてたらイラッとするし口も悪くなるだろうが。

「トリーナ、生姜醤油準備出来たよ!」

「じゃあ切った鶏肉その中に入れて。それから揉み込んで、暫く漬け込むといいんだけど」

 という私の声を聞いた赤松が「暫く漬け込んでおいたのがこちら」と、料理番組の如く出してきた。
 珍しい赤松のギャグに、私もAもBも笑いが出る。
 笑う場所が解らなかったであろうシュトフと青い騎士さんはきょとんとしていたけど。
 ちなみに青い騎士さんはやることがないので厨房の隅からこちらを見ているだけだ。

「それに片栗粉まぶして揚げたら出来上がりだから。あとは頑張ってね。私はこっちでお昼ご飯作るから」

 その場に居る全員のお昼ご飯を用意することにした。
 手伝い要員として赤松も連行する。

「ちょ、葉鳥も赤松も居らんようになったらあかんやろ!」

 と、Aから文句があがる。

「遠くに行くわけじゃあるまいし。隣で別の料理作ってるだけなんだから大丈夫でしょ?」

「ト、トリーナ……!」

 不安そうなシュトフと目が合った。

「それに書いてあるとおりにやれば大丈夫よ」

「失敗したら……」

 シュトフが小さな小さな声でそう呟く。

「失敗は成功の素。今失敗しても、次同じことを繰り返さなきゃ大丈夫」

「……頑張る!」

 シュトフは今度こそ素直に頷いてくれた。


「昼飯何にするん?」

 そんな赤松の問いに、私は手元の食材を見詰めながら口を開く。

「材料も揃ってることだしチキンドリアでも作ろうかと」

 それに赤松は、解ったと短く返事をしたのだが、その表情はどこか嬉しそうで。
 そういえば、赤松兄弟の好物はグラタンだったっけ。

「……グラタンにしようか?」

 マカロニもどきもあるし、と言うと、うんうんと頷かれた。
 今日の赤松は、なんだか面白い。

 昼食の時間。
 私達はお店のテーブルで昼食を摂る事にした。
 私と赤松が作ったグラタンと、シュトフ達が作った唐揚げがテーブルに乗っている。
 唐揚げはまぁちょっと焦げ気味というか、揚げ過ぎかなぁといったところ。
 まぁ生じゃないので大丈夫だろう。
 味はそれほど問題なかった。っていうか赤松が漬け込んでおいたものなので問題あるわけがなかった。
 グラタンの方はシュトフにも青い騎士さんにも好評だった。

「トリーナ、これ美味しい!」

「そう? 良かった。一応私の得意料理だからね。作ったのは久しぶりだけど」

 久しぶりというか、こっちの世界で作ったのは初めてだった。
 孤児院じゃマカロニもどきなんか手に入らなかったからな。

 シュトフはグラタンが余程気に入ったのか、にこにこと笑いながら食べていた。

「葉鳥と一緒やったら笑うんやな、シュトフちゃん」

 と、Aが零した。

「え、あ、その……」

「シュトフは繊細なのよ。アンタ等みたいな能天気野郎とは違って」

 言葉を返せなかったシュトフの代わりに言う。
 ここに来てそんなに長くないわけだし、シュトフはまだA達に慣れていないのだろう。

「能天気とはなんや能天気とは」

 Aは不服そうに口を尖らせる。
 それを見たシュトフが、私の袖を掴んだ。

「トリーナ、オッドさんはすごい人なんだから、そんな口の利き方しちゃ……」

 シュトフがダメだよ、と言いたげに私の目を見る。
 豪商一家の次男として有名人だという話は聞いたことあるんだけど、すごい人だという話は知らない。

「Aってすごい人なの?」

 常々疑問に思っていたのだ。
 豪商一家とはそんなに有名なのだろうか、と。

「俺は別にすごい人でもなんでもあらへんよ。確かに父親はすごい人やけどな。せやけどそれを継ぐんは兄貴やし、俺は普通の一般庶民やで」

 Aは優しげに微笑みながらそう語る。
 ビビっているシュトフに言い聞かせようとしているようだ。

「でも実際金持ちなんでしょ?」

 ふと浮かんだ疑問をそのまま言い放つと、Aがにこりと笑う。

「まぁ、そらそこそこ持ってんで。……っちゅーか、自由に使える金で言えば今は父親より持っとるかもしれへんわ。いやそれは言い過ぎかもしれんけど」

 そんな言葉が返ってきた。
 豪商一家の長よりその次男の方が稼いでいるとは如何なものか。
 きょとんとしたままAを見ていると、Aはクスクスと苦笑に近い笑いを零す。

「いやな、父親はあれこれ経営したりなんやかんやしてはるけど、俺はこの店経営しとるだけやから自由やねん。ほんでさらにBがこの店で使う食材の値切りしてくれるしな」

 とのこと。
 Bはそれに対して小さな声で、関西人の悲しい性やろか、と日本語で呟いている。

「俺の実験にも付き合ってもろとるしな」

 と、赤松が話に加わってきた。

「実験?」

「おう。この唐揚げもそうやけど、米や醤油っちゅー、この近辺じゃ人気出てへん安い食材でどれだけ人集められるかを、な」

 今食べているグラタンは小麦を多用しているので別らしいが、米も醤油も使い道が少ないという理由から安価で手に入る。

「せやで。その実験のせいもあって人手足らんようになってしもてんけどな」

 Aは苦笑交じりにそう言った。

「実験成功の証やろ」

 と、淡々と答える赤松。
 伯爵としての実験なので、あまり詳しくは口外出来ないらしいが、安い原価で高い利益が出れば、領民から税金を取らずとも公共の施設を充実させる事が出来る、とのこと。

「そんな事考えてたんだね」

「俺も一応伯爵やからな」

 そんな事を言って笑う赤松が、急に大人に見えてしまった。

「大人になったねぇ」

「俺等かていつまでも不良少年のままやないねんで」

 と、Aが笑う。

「あらやだ寂しい」

 私も釣られて笑ってしまった。

「トリーナ達、ずっと昔からの知り合いみたいね」

 不意に、シュトフにそう言われた。
 その通りなので、私達は反論出来ずに顔を見合わせて苦笑いを零すことしか出来なかった。

 昼食後、私はまだAの店に留まっていた。
 開店準備までまだ時間があるというA達はその場でおやつを摘んでいる。

「トリーナは昔から物怖じしない子だったけど、まさか伯爵様やオッドさんに対してあんなに軽い感じで喋ってるとは思わなかったわ」

 と、シュトフは言う。
 そのシュトフの言葉を拾ったのはAだった。

「そういやシュトフちゃんと葉鳥って孤児院で知り合ったんやったっけ?」

 首を傾げるAに対し、シュトフはこくこくと頷く。

「小さい頃の葉鳥ってどんな感じやったん?」

 というAの問い。
 ふと赤松達の様子を伺うと、皆興味深そうにこちらを見ていた。
 青い騎士さんも、同じように。

「……子供っぽくなかったんです。歳の離れたお姉さんみたいで」

「あー、解る気するわ。姐御っぽいよな」

 もぐもぐと何かを食べながら、Bは言う。
 姐御って何だ姐御って。

「私はトリーナに甘えてばっかりでした。だから甘えるトリーナって中々見れなくて」

 私を見てクスクスと笑うシュトフ。恐らく過去を思い出しているのだろう。

「いやいや、シュトフには結構甘えてたけどね」

 と言い返すものの、そんな事はなかったと言われるばかり。

「葉鳥ツンデレやから甘えとるつもりでも解りにくいんちゃう?」

 誰がツンデレじゃ。

「ただ、唯一トリーナが思いっ切り甘えている人が居たんです」

 何を言い出すのか、と目を丸くしていると、青い騎士さんのほうからガタンと音がした。
 出たよ、青い騎士さんの謎の過剰反応。

「誰ですか、それは……」

 今まで喋らなかったのに、急に喋りだすし。

「"お姫様"と呼ばれていた女性です」

「孤児院に色々援助してくれてた人が居たのよ。身分も明かさず、顔も見せない不思議な女性でね。その人を孤児院の皆は"お姫様"って呼んでたの」

 皆が一斉に首を傾げていたので、私がそう説明した。
 それを聞いた青い騎士さんは、小さな声で何だ女か、と呟いている。

「へー、そうなんや。大人相手やと素直に甘えるんやな。……で? 葉鳥、孤児院で恋とかしてへんかったん?」

 Aが余計な事を言うので、またも青い騎士さんの方からガタンと音がする。
 立ち上がろうとしているのだろうか。
 怖くて青い騎士さんの方見れないんだけど。

「恋なんてしてなかったわ。孤児院の誰よりも強かったからね、私」

 自分より弱い男はちょっと、と言うと、それっぽいわー、と全員に笑われた。

 その後、暫く世間話をしていたのだが、そろそろ開店準備をしなければならないとのことだったので、私はお屋敷に戻ることにした。



 
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