紺青ラプソディー

蔵崎とら

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雨のち晴れ、時々雷

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 未だにぽろぽろと涙を流しているシュトフの手を握り、私はゆっくりと歩き出した。

「とりあえず行こう」

「行くって何処に……私もう家もないし、孤児院には戻れない……」

 と、シュトフはさっきまで怒鳴っていたとは思えない程弱弱しい声で言う。
 何故孤児院に戻る事を拒絶するのかはわからないが、今はそんな事どうでもいい。
 連れて行きたい場所があるのだ。

「いいから行くよ。……あ、青い騎士さん、ちょっとだけいいですかね?」

 この後仕事があるようなら目的地まで送ってくれるだけでいいのですが、と言うと、青い騎士さんはゆるりと首を横に振る。

「俺は構いませんが……。仕事のほうは……まぁ、イービスに任せてしまえば大丈夫です」

 あらあら可哀想な赤い騎士さん。
 しかし状況を把握していない青い騎士さんは戸惑いっぱなしのようだった。

「状況は後で説明します」

 青い騎士さんにそう言って、私は目的の場所へと歩き出した。
 目的の場所、それはAの店だ。

「ここは……」

 という青い騎士さんの声を聞きながら、私は勝手にドアを開けた。

「A居るー?」

「ちょっとトリーナ、勝手に入って大丈夫なの? このお店って……」

 さっきまで私に掴まれていたシュトフは、現在私にしがみ付いている状態だ。
 そんなにビビる程の店でもないだろうに。
 大丈夫大丈夫、と言いながら店の中に足を踏み入れていると厨房の方からAが現れた。

「葉鳥やん、こんな時間に珍し……葉鳥メイドさんや珍しっ!」

 ……そういえば仕事の途中だったから、メイド服のままだわ。
 まぁそんな事気にしていられないのでスルーさせてもらう。

「A、人手足りないって言ってたよね? 連れてきたんだけど」

 シュトフの意思は聞いていないけど、とりあえず次の職場が決まるまでの繋ぎにはなるんじゃないかと思ったので勝手に話しを進めさせてもらう。
 孤児院には行きたくないと言うし、あのいかがわしい店には行かせたくないし、思いつくのはここしかない。
 私の部屋に連れて帰る、という手もないことはないけれども。
 旦那様も快く了承してくれるタイプだし。
 だけど、それでは何の解決もしなさそうだったから。

「マジか! 助かるわー!」

 と、心底嬉しそうなAの声が響く。

「え、え、ちょっとトリーナ、これオッドさん……?」

 シュトフのちょっと怯えた声も聞こえているが、私は構わず話を続ける。

「住み込みで働けたりしない?」

 Aにそう問うと、奴は一度きょとんとしたがすぐに笑顔を作った。

「この店の三階なら空いとるし、住み込みでも別にええで?」

 とのこと。

「良かったー。シュトフ、とりあえずここで働かない? 今なら家もタダで貸してくれるんだって」

 私にしがみ付いているシュトフにそう言ってみると、Aの「いやタダとは言うてへんけどな?」という言葉が聞こえてきた。
 タダとは言わなかったけど有料とも言ってないのでまぁいいだろう。

「ど、どうして……トリーナ、オッドさんと知り合いなの?」

 シュトフは目を丸くしながら、私とAを交互に見ている。
 オッドさんってAのこっちでの名前だったっけ。
 さっきから妙に怯えているのはAが豪商一家の次男だと言う事を知っているからかな。
 有名なんだな、Aって。
 私は知らなかったけど。

「うん、そうだよ。友達? みたいな感じ。それでね、なんかこの店人手が足りてないんだって」

「みたいな感じって何やねん友達でええやろ。っちゅーか人手足りてへんのは大体葉鳥のせいやけどな。お前が和食を持ってきたばっかりに……」

 と、Aは大袈裟なポーズで頭を抱える。

「そんな事ねちねち言ってんじゃないわよ。休みの日は手伝ってやるって言ったでしょ」

 立ちっぱなしだった私達は、とりあえずカウンター席へと移動した。
 以前ロゼとBを会わせた時のように、通称葉鳥席に青い騎士さんを座らせ、その隣に私、さらにその隣にシュトフを座らせる。

「Aの方は問題ないのよね?」

「問題ないも何も助かるっちゅーねん、人手足りてへん間どんだけてんてこ舞いやったことか……」

 店側が問題ないとなると、後はシュトフ次第だ。
 私はシュトフの目を見て、彼女の言葉を待つ。

「あ、あの、私」

「もちろん強制はしない。さっきの店がいいっていうなら私は何も言えないけど?」

 小さな声で言うと「そういうわけじゃないけど……」何とも煮え切らない言葉がシュトフの口から零れ落ちる。

 そんな時、店のドアが開いた。

「ただいまー……うわ! あ、なんや葉鳥か。……いやメイド葉鳥か」

 妙な驚き方と、妙な名称を口にするBが居た。
 手には荷物を持っているようだし、買い出しにでも行っていたのだろう。
 あ、そういや私達も買い出しの途中だったわ。
 早めに切り上げてお屋敷に戻らなくては。

「シュトフ、コイツもこの店の店員なの。覚えてる? 私がまだトーン子爵家で働きだす前、孤児院の子達に不審者と間違えられてた奴なんだけど」

「あ、覚えてる」

「不審者ちゃうわ! もうそろそろそれ忘れてくれてもええねんで!」

 Bの盛大なツッコミが入った。
 しかし、シュトフも不審者として覚えてたみたいだし暫く忘れられないだろう。残念ながら。

「アンタ達が人手足りないって言ってたから従業員スカウトしてきたんだよ」

 と、Bに説明すると、Bも心底嬉しそうな顔をしていた。
 相当人手足りてなかったんだな……さすがにそこまで顔に出されると申し訳ない気がしてきたな。

「可愛い女子やったらウェイトレスやってもろたらええな、A」

 と、Bが言う。

「あー……、せやな。忙しい時間帯は厨房も兼任してもらいたいところやけど」

「料理のほうは私が教えに来る。あと赤松も……あ!」

 そういえば赤松もこの店出入りしてるんだった。
 最初に赤松の悪評を聞いたのはシュトフの口からだったような気がする。
 やっぱりシュトフも怯えてしまうのだろうか……

「ねぇシュトフ、この店あの伯爵が出入りしてるんだけど大丈夫? いや、あの伯爵も顔だけは怖いけど別に悪い人じゃなくてね」

「は、伯爵!? トリーナ、あの後伯爵に会ったの?」

 あの後、とは孤児院で先生にお説教されていた時の事だろう。
 正直あれ以降何度も会っている。
 何と説明しようか悩んでいると、意外なところから声が飛んできた。

「会ったも何も、あの伯爵はこちらの屋敷にも訪ねてきますからね。ねぇ、キキョウ様」

 青い騎士さんだ。
 今まで何も口を挟まなかったのに、どうしたんだ急に。
 表情で感情を読み取ろうと思ったのだが、彼の顔には何の表情も浮かんでいない。

「だ、大丈夫なの、トリーナ……」

 そういえばあの日、怒らせたら領地から追放される、とか言ってたもんなぁ。
 大丈夫だよ、と答えようとしたら、もう一度声が飛んでくる。

「大丈夫です。キキョウ様は俺がお守りしますから」

 もちろん青い騎士さんだった。
 Aはそれを見てクスクスと笑っている。
 何笑ってんの、という意味を込めてAを睨むと、Aの笑顔が引き攣った。

「まぁその子が赤松怖がったとしても俺等が壁になるし大丈夫やろ。なぁ、A」

「ん。君は、それでええのん? 話の流れからすると、葉鳥が勝手に連れてきたみたいやけど」

 Aが笑顔でシュトフに問い掛けている。
 随分人懐っこい顔が出来るようになったものだ。
 そして勝手に連れてきたことはバレバレだったようだ。まぁ、シュトフのこの戸惑いようを見れば一目瞭然、か。

「……は、はい。あの、私で……良ければ」

 シュトフはこくこくと頷いていた。

 私はほっとしてこっそり笑顔を零す。
 そしてすぐに気が付いた。
 そういえば仕事の途中だった、ということに。

「そうだ、私仕事の途中なのよ! ってことで戻るわ」

 AとBは、おう、と軽く手を振ってくれる。
 だがしかし、シュトフがどこか不安そうな顔でこちらを見ていた。

「あぁ、従業員二人とも男だからね、不安?」

 シュトフの肩を撫でながら聞くと、彼女はぶんぶんと首を横に振って否定した。

「そ、それは多分……大丈夫」

 明らかに大丈夫じゃなさそうな声色で答えが返ってきた。
 AもBも私の友達とはいえシュトフにとっては初対面の男なわけだし、そりゃ大丈夫じゃないよな。
 やっぱり一度私の部屋に連れて帰って、AとBに慣れさせてからのほうがいいのだろうか?

「トリーナ、ありがとう。本当に大丈夫だから」

「うーん。不安なら私が釘刺しておくけど?」

 AとBをチラリと睨む。

「……葉鳥が釘刺すっていうと物理的に刺されるイメージ浮かぶわ」

 と、Bが言った。

「お望みとあらば」

 ごそごそとポケットを探る真似をしてみせる。
 まぁ釘なんて持ち歩いてないんだけど。

「いやいやいやいや」

 と、両手を上に上げるAとB。
 刺さないっての。

「じゃ、今度こそ戻るわ。次の休みに料理教えにくるから。……あぁそうだ、この子は私の大切な友達なの。何かあったら本気で釘持ってくるから、そのつもりでお願いね」

 AとBに満面の笑みを見せた後、シュトフの肩をぽんぽんと叩いて立ち上がる。
 それに合わせるように青い騎士さんも立ち上がった。
 店から出ようと足を進めていると、背後からAの声がした。

「あ! せや葉鳥、公爵令嬢との件は解決したん?」

 と。
 そういえば報告しろって言われてたな。
 しかし公爵家の使用人に口止めされているし、どこまで報告するべきか。

「あー、一応解決、かなぁ?」

 とりあえずそう答える。
 煌びやか令嬢と話をしたあの日以来、公爵家関連の人とは会っていない。

「公爵、令嬢……?」

 なんのこと、と言いたげなシュトフの声がした。

「アイツな、公爵令嬢と喧嘩してん。そんで謹慎しとってんで」

 と、Aが笑う。

「こ、公爵令嬢と喧嘩……!?」

 瞳が零れ落ちんばかりに見開かれたシュトフの目を見て、私の口から乾いた笑いが零れ落ちた。

「あはは、色々大変だったのよー。謹慎は今日やっと解けた。その辺の話は次来た時ね」

 じゃあね、と手を振って店を出た。


「あの女性は、友達ですか?」

 店を出て暫く無言だったのだが、それを破ったのは青い騎士さん。

「そうです。孤児院での……」

 私は俯いて、次の言葉を紡げなくなってしまう。
 そして俯いた視線の先にあった自分の指が、震えていた。

「キキョウ様……?」

「……シュトフが知らない間に娼婦になってたらと思うと怖かった。強引にAの店に連れてったけど……あれで良かったのかな、と思いまして」

 でも、あれ意外の方法は思い付かなかった。
 ふと冷静になると、シュトフに色々と押し付けてしまったような気がする。
 ずっと私のせいで人手が足りないと言われていたし、シュトフを連れて行けば両方解決するんじゃないか、って。
 でもそれって本当は、私の自己中心的な考えでしかないんじゃないか、って、そう思ってしまう。

「俺はあの店をいい場所だと思った事は特にありませんが、娼婦になるよりはマシだろうと思いますよ」

「……そう、ですかね」

 私は青い騎士さんを見上げて、笑った。
 見事な苦笑になってしまったけど。
 すると、青い騎士さんに手を引っ張られた。
 突然だったので、バランスを崩しふらふらしてしまう。
 危うく青い騎士さんの胸に飛び込んでしまうところだった。

「……どうしたんですか?」

「そういえば、先日あの豪商一家の次男に、『押してダメなら引いてみたらどうだ』と言われましてね」

 私の質問に、青い騎士さんが笑顔でそう答えた。
 Aは彼に何を言ったんだ……?
 そして奴の言葉の真意は、別に物理的に引っ張れって言ったわけじゃないと思うのだが。
 まぁ青い騎士さんが楽しそうだから余計な事を言うのは止めておこう。
 ところで青い騎士さんはあの店嫌いだったんですか、と問い掛けると、あの店の従業員がキキョウ様に馴れ馴れしく話しかけるのが気に入りませんと返ってきた。
 まぁ……なかなか予想通りの返答だったな。ヤキモチやきだ。

「キキョウ様、帰りましょうか」

 私は青い騎士さんに手を引かれながらお屋敷に戻った。
 子供じゃないのでそんなことしなくても帰れますよ、と言ったのだが、さっきのように逃げられては大変ですからね、なんて笑われた。

 そんな和やかな感じでお屋敷に着いたのだが、そこで待っていたのはロゼの雷だった。

「遅い! どこまで買い出しに行ったらこんなに時間が掛かるの!!」

「ご、ごめんなさい……!」

 色々と事情を説明していたのだが、Aの店に行った事が判明すると「私も行きたかった!」という理不尽な雷も落とされた。
 その雷については納得いかなかったけれど、きっとBとロゼは順調だということなのだろう。




 
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