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トラブルメーカー
しおりを挟む謹慎中、Aから何度か手紙が来た。
人手が足りなくて本当に大変らしい。
そんなこと私に言われたって、とは思うのだが、私が提案した和食に人気が出たのが原因だと言いたいようだ。
仕方ないので謹慎が解けたら手伝いに行く約束をした。
それが数日前の話。
長かった謹慎がやっと解け、今日は仕事復帰の日だ。
復帰後初仕事は買い出しだった。
前回、私に買い出し担当が回ってきた時は色々と揉めたのだが、今回は違う。
何故なら、揉める前に青い騎士さんが私の目の前にやってきて言ったのだ。
「キキョウ様、俺が護衛いたします」
と。
そしてそれに対して誰も反論をしないから、一切揉めずに騎士の護衛付きで買い出しに行くことが確定していた。
「え、でも青い騎士さん、お仕事は?」
「キキョウ様の護衛が俺の仕事です」
青い騎士さんは飄々と答える。
私の護衛が仕事って……なんて思いながら首を傾げていると、その場に居たロゼが説明してくれた。
「謹慎が解けたとは言え、トリーはトラブルメーカーなんだもの。一応監視の目は付けておいたほうがいいと思って」
「トラブルメーカーって……」
好きでやってるわけじゃないんだけど。
困惑を隠す事なく顔に出していると、ロゼはクスクスと笑う。
「冗談よ。まぁ、トリーが問題を起こした相手が公爵令嬢だからね、念のために騎士を付けておいたほうがいいと思うの」
令嬢との件は一応解決した気がしているのだが、この先何もないとは限らない。
それなら念のために騎士を付けておいた方がいい、と。
ふと青い騎士さんのほうを見ると、にこにこと笑っていた。
「それじゃあ二人とも行ってらっしゃい」
ロゼはそう言ってその場から去っていった。
「俺は準備をしてきます。キキョウ様は玄関で待っていてください」
ぼんやりしていると青い騎士さんも何処かへ行ってしまった。
「嬉しそうだなー、ファルケ」
「わ、赤い騎士さん」
どこから現れたのか、赤い騎士さんが背後から声を掛けてきた。
くるりと振り返って彼を見てみると、何故だか騎士服を着ていない。
「あれ、赤い騎士さん、お休みですか?」
「いや、寝坊」
寝坊したくせに全然焦ってないとか大丈夫か、という言葉が出かかったが、一応飲み込んでおいた。
「そもそも俺の今日の仕事はトリーナちゃんと買い出しだったんだよなぁ」
赤い騎士さんはぼりぼりと頭を掻きながら言う。
おそらく寝癖なのだろうが、顔だけはイケメンなのでそれが無造作オシャレヘアに見える腹立たしさ。
どこか寝惚け眼で気だるげな姿なのに、ちょっとした色気が漂っている気がするしだらしなく見えないところもイラっとする。
もし彼にファンが居るとしたら、今の彼もポイントは高いのだろう。
私的にも"あり"か"なし"かで言えば若干"あり"のほうに傾く。
まぁ普段のチャラそうな態度でプラスマイナスゼロ……いやかなりのマイナスなんだけど。
「で? じゃあなんで青い騎士さんが買い出しに行こうとしてるんでしょう?」
「交代してくれって頼まれたんだよ」
不服そうな顔でそう返された。
使用人の中でも、お休みを代わってもらったりしているので、騎士達にもそういうことがあるのだろう。
「交代……」
「そ。今までは俺が代わってもらってばっかだったからな、たまにはいいか、と。トリーナちゃんとの買い出しは面白そうだったんだけど」
面白そう、とはやはりさっきロゼに言われたトラブルメーカーの件が関わってくるのだろうか……?
まぁ退屈はさせないかもしれないけど。
……いやそんな毎回問題起こさないっつーの。
「代わってもらってばっかりってことは、頻繁に代わってもらってるんですか?」
「そーだなぁ。夜遊びしすぎて翌日に支障が出たりとか、結構あるし」
お前人としてどうなんだよ、という言葉を我慢し、夜遊びねぇ……と呟くと、赤い騎士さんがにやりと笑う。
「そ。大人の遊び」
そう耳元に吹き込まれた。
寝起きの少し掠れたいい声だった。いい声過ぎて逆に腹が立つくらいの。
「ふーん。あぁ、ついでに聞いてみたかったことがあるんですけど、私青い騎士さんと休みが被る確率高いんですが……」
「あれ? 耳元でささやいたのに反応なし? ……まぁいいけど。休み? あー、ヒントだけ教えよう。俺達の勤務表は、使用人達の勤務表より後に作ってるよ」
掠れ気味のいい声が効かなかったのが意外だったらしい。残念だったな。いい声は好きだが発生源が赤い騎士さんだから相殺されてしまったんだよ。
そして私と青い騎士さんの休みが被るのは、偶然じゃない可能性がグンと上がった。
いいんだけどね、休みが合うくらい。
なぜわざわざ合わせてくるのかが謎なだけで。私の日常にこれといった支障はないし。
「じゃあ私行きますね」
私はそう言って赤い騎士さんを置き去りにしたのだった。
玄関で待っていると、騎士服姿の青い騎士さんがやってきた。
もちろん剣を携えている。
たかが使用人が買い出しにいくだけだというのに、何とも大袈裟というか。
「それでは行きましょうか、キキョウ様」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って、私達は歩き出した。
買い出しは何の問題もなく進んでいる。
ほらね、毎回毎回問題なんて起きないんだって。
心の中でそんな事を思いながら笑っていると、目の前を見知った人物が通り過ぎていった。
声を掛けようと思ったのだが、急ぎ足だったため間に合わなかった。
追いかけて声をかけるには、青い騎士さんが居るし気が引ける。
私達は仕事中なわけだし。前回の買い出しの時も青い騎士さんには迷惑を掛けたし。
しかし、どうも気になった。
いつも溌溂としていたはずの人物が、どこか深刻そうな顔をして急いで歩いていく。
しかも、歩いていった先が不穏だ。
「……青い騎士さん、あっちは……あまりよろしくないお店が連なっている場所ですよね……?」
「……そ、そうです、ね。キキョウ様はあまり見ないほうがいいかと」
見知った人物が歩いて行ったほうを指して問いかけると、若干動揺したような声が返ってきた。
それもそのはず、私が指をさした場所は、大人のお店……いわゆる風俗店街のようなところだった。
まだ日は高いし、今は閑散としているものの、夜になると娼婦の方々が客を捕まえようとしていたりするところ。
……仕事が決まらなければ、私もあそこに居たかもしれない。
「主に男性が入る店ですよね?」
私を引っ張り、その場から離れようとしている青い騎士さんに言う。
「そうです。俺は入ったことありませんが」
へぇ、世話になったことないんだぁ。……じゃなくて。今はそんなことを考えている場合ではない。
早く行きますよ、と今すぐにでもこの場を離れたいらしい青い騎士さんにぐいぐい引っ張られる。しかし私も負けてはいられない。
「赤い騎士さんなら入ったことありそうですよねぇ」
赤い騎士さん、という単語で若干力が緩んだ。
申し訳ないが、青い騎士さんの嫉妬という感情を逆手に取らせてもらった。
「アイツなら常連でしょう」
常連なのかよ、と笑いそうになったが、当然今は笑っている場合ではない。
「あの場所に、女の子が居たとしたら……なんだと思います?」
そう言って、青い騎士さんを見上げながら首を傾げる。
「あのあたりの店の、従業員……でしょうか?」
青い騎士さんが私と同じように首を傾げた瞬間、私は青い騎士さんの手から逃れた。
そして、思いっ切り走った。
さっき見掛けた彼女の元へ。
青い騎士さんの制止の声が聞こえたが、今は聞こえないフリをした。
「シュトフ、何してるの?」
いかがわしいお店の前に立っていた彼女の肩を叩く。
彼女はビクリと方を揺らし、勢いよく私の方を見た。
「ト、トリーナ? ……退いて、私、ここで働くの」
シュトフは切羽詰ったような表情で、私を睨みつける。彼女はこんな顔をするような子ではなかった。
孤児院で一緒に育った、私と同い年の、今の私の一番の友達。
「ここで働くって、どういうこと?」
訝しげな表情を隠す事なく問い掛けると、シュトフは俯いてしまった。
「今まで働いていた店を追い出されたのよ……」
悲し気で、小さな小さな声だった。
「追い出された……?」
この前まで順調そうだったのに、と言おうとしたら、それを彼女に遮られた。
「そうよ。笑えばいいじゃない。孤児を雇えば同情で客が増えると思ったそうよ。でも、そんな事なかったからって言って追い出されたの。私達……私なんてその程度だったのよ……」
シュトフのギュッと握られた拳が、ふるふると震えている。
「笑うわけないじゃない……」
孤児の扱いが酷いことなんて、私だって充分理解しているつもりだ。
旦那様や、仕事仲間達は何も気にしていないけど、それが珍しいことだって、知っているつもり。
……まぁ、私自身が然程気にしていないから周囲が気にしたところで気付いていない、というのはあるかもしれないけれど。
「あんな店、行くんじゃなかった。アンタが先に働き出してくれてたら、私は今頃そっちに居たかもしれないのに。いいとこで働けて良かったわね。羨ましいわ、トリーナが。……だからほら、笑いなさいよ」
シュトフは、眉根を寄せて私から目を逸らした。
……公爵令嬢に目を付けられたり、刃物で切り付けられたり階段から落ちたりするのが羨ましいかね……と思いつつ、私は話を続ける。
「……で、この店で働こう、と」
「そうよ。私達孤児がいい職に就けるなんて奇跡なんだから。平凡な私にはそんな奇跡、起こるわけないのよ」
何もかも諦めきった顔をしていた。
しかしこの店……何をするところなのだろう? まぁいかがわしい事に変わりないと思うが。
どちらにせよそんなところに我が友達を『はいそうですか』と送り出したくはない。
何かいい方法はないだろうか。
「一旦孤児院に戻ったら? 私ヴァルツァー先生に言われた事あるの、クビになったら孤児院の厨房でタダ働、き……あ、そうだ」
いいこと思いついた! と言おうとしたのだが、それはシュトフによって遮られる。
「孤児院に戻るなんて…アンタには料理って特技があったからで」
そしてそのシュトフも遮られていた。
「嬢ちゃん達、お幾らかな?」
というおっさんの声に。
嬢ちゃん達、というのは私達のことだ。
お幾ら、とは……私達が居た場所が場所だけに、この辺の店の従業員だと思われたらしい。
シュトフに話したいことも残っているのに、こんな邪魔が居る場所だと話すことも出来ないじゃないか。
その事に腹が立って、私はシュトフの腕を引っ掴んだ。
「今はそれどころじゃねぇんだよ、退け薄ら禿げが!」
そう言って怯ませ、おっさんの横を突っ切って逃走を謀った。
もちろんシュトフの腕は強く握ったままで。
「ちょ、ちょっとトリーナ何処に行くの! 離して!」
背後からそんな声が聞こえる。
さっきのおっさんは撒いたので、そろそろ止まっても大丈夫だろう。
「離すと思う? それともなに? あの店で働きたかったの? シュトフがどうしても働きたいって言うなら止めないけど」
捲くし立てるようにそう言い放つと、シュトフは思いっ切り私の手を振りほどいた。
「働きたいわけないじゃない! アンタになにが解るの!」
シュトフは怒鳴った。
怒鳴られたら負けてられない。
「解らないわよ! なんにも相談してくれないんだもん、解るわけないじゃない!」
だって、そうでしょう?
最後に会った時は順調だって言ってたんだから。
そう続けると、シュトフは完全に俯いてしまった。
「キキョウ様!」
そんなところにやってきたのは、息を切らした青い騎士さん。
そういえば、シュトフを追いかけたとき置いてきたんだったな。
「何をしているんですか!」
と、今度は青い騎士さんに怒鳴られる。
そりゃそうか、護衛を置いてくるなんてね。
いや、でもあの時は状況を説明している場合ではなかったし……なんて考えながらシュトフを見ると、ぽろぽろと涙を零しているではないか。
私はくるりと青い騎士さんの方を向いて、答えた。
「泣かしてしまいました!」
と。
青い騎士さんは完全に呆れた顔で私を見下ろしている。
……私、こんな事だからトラブルメーカーとか言われちゃうのでは?
応援ありがとうございます!
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