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騎士の正体
しおりを挟むお説教の後、その場でちょっとした話し合いが始まった。
私はピアノの椅子、赤松と青い騎士さんはソファ、赤い騎士さんは机の前にあった椅子を持ってきて座っている。
赤い騎士は殴られた拍子に口の中を切ったらしく口角からは血が滲んでいた。
そのまま放置するのもどうかと思ったので、二階に下りてハンカチを濡らしてきたのだが、それは何故か青い騎士さんに没収され今青い騎士さんの拳を冷やしている。
もう一枚ハンカチを持ってこようかと思ったが、青い騎士さんが激しく苛立っている気がしたのでやめておいた。
赤い騎士さんも異論はなさそうだったし。
皆何かを考えているのか、暫く誰も喋りださなかったのだが、沈黙を破り一番に口を開いたのは赤松だった。
「何から話したらええんやろな」
と。確かに色々ある。
公爵令嬢付きの騎士が何故青い騎士さんを目の敵にするのかとか、赤松が何故ここに居たのかとか、赤い騎士さんが何故殴られたのかとか、疑問は次々湧いてくる。
「葉鳥は何であの騎士の事殴ろうとしとったん?」
私の持っていた疑問に掠りもしてない問い掛けが飛んできた。
「いろいろあるけど決定打は『孤児ごとき』とか言われたから。です」
いつもの調子で喋ろうとして気付いたが、今ここには赤い騎士さんが居る。
彼に聞かれるのは避けたいので敬語を取り繕った。
いや、怒鳴られた後に「うるさい!」って言ったのは聞かれたかもしれないが、だからと言って堂々と普段の口調で喋るのはどうかと思うので。
「あの人の目、私個人じゃなく孤児全体をバカにした目だった。ダメなんですよねぇ"孤児"を貶されると。階級社会だし仕方ないって解ってるんだけど、孤児院で色々苦労してる子見てたから……まぁ、先日の苛々もあったし、カッとなってしまいまして」
こうして喋ってみて冷静になると、バカな事をしたなと思う。
カッとなってやってしまった、とか非行に走る子供じゃあるまいし。
赤松が来てくれてなかったら本当に大変な事になっていただろう。
「あの騎士は元々貴族出身ですからね」
頭を抱えて俯いていたら、青い騎士さんがぽつりと零した。
「あぁ、だからあんな態度だったんですね。……青い騎士さんはあの人と知り合いなんですか?」
なんとなく聞けそうな流れだったので話を振ってみる。
「ええ。調べてみたんですが、昔、剣術の大会で俺に負けた相手でした」
それは青い騎士さんが10代の頃の話らしい。
近隣の新人騎士を集めて行われた剣術の大会で、青い騎士さんに負けて優勝を逃したんだとか。
完全な逆恨みじゃないか見苦しい。
「それから、あの男は公爵令嬢が勝手に連れているだけで公爵家とは何の繋がりもありませんよ」
とのこと。
元々彼女には公爵家の騎士が付いていたらしいのだが、彼女自身がその人との契約を破棄してあの騎士を付けたんだとか。
ちなみに選考基準は顔だそうだ。もちろん彼女の独断で。元々居た騎士が不憫過ぎて何とも言えない。
そんな経緯があるので、あの騎士は公爵家とは契約していなかった、と。
何だ、じゃあ殴っても大して問題なかったのか。
……いや多少問題にはなるかもしれないけど。
「葉鳥、お前今殴っとけばよかったみたいな顔したやろ……」
あ、バレた。
「……そんなことありませんよ。ところで伯爵様は何故あの場に居たんですか?」
笑顔でそう言うと、赤松が怪訝そうな顔をする。『伯爵様』が気に入らなかったのだろう。
毎回そんな顔をされても面倒なので、『赤い騎士さんが居るんだから仕方無いでしょ』と日本語で釘を刺した。
赤い騎士さんも青い騎士さんもキョトンとしているので聞こえなかったか解らなかったかのどちらかかな。
「この屋敷の前通りかかったら公爵家の紋章が入った馬車があってな、もしかしたらと思ったんや。そしたら案の定問題起こしとるし」
「あぁ……うん、何かごめんなさい」
私が一方的に顎掴まれてるだけなら良かったんだろうけど、赤松が来た時にはもう完全にアッパーの準備してたもんな。
怒られたことによりちょっぴりしょんぼりしていると、話題を変えようと思ったらしい赤い騎士さんが口を開く。
「ファルケ、お前伯爵家の令嬢に手を出したとか何とか言われてたが、弁明しなくていいのか? あの男、トリーナちゃんに色々吹き込んで連れ去ろうとしてたけど」
と。青い騎士さんはムッとした表情で役立たずの分際で、と呟いていた。私は聞き逃さなかったぞ。
「俺が手を出すわけないだろう。あれは伯爵令嬢が俺に言い寄ってきただけだ。当然無視していたが、それが伯爵にバレてクビになった。俺の存在が気に入らなかったんだろう、伯爵は娘を溺愛していたからな。もっとも、もう8年も前の話だが」
あぁ、だから前に話した時『好きでもない相手にモテたところで』って言ってたのか。
そんなことより敬語じゃない青い騎士さん初めて見た。
ぼんやりと青い騎士さんを見ていると、ばっちり目が合った。
「キキョウ様、あの男は俺が捻じ伏せますから、どうぞご心配なく」
そう言った彼があんまりにも清々しい笑顔を浮かべているので、逆にあの男の命が心配になりそうだった。
……いや、大丈夫だろうけどさ。多分。大丈夫なのか?
「……ファルケ、お前大丈夫か?」
赤い騎士さんが青い騎士さんに問う。
「俺はお前のように傍観を決め込むような事はしない。心配は要らない」
そう言って赤い騎士さんを睨みつけた。
睨まれた赤い騎士さんは、俺は事なかれ主義なんだよ、とぶつぶつ文句を言っている。
ちなみに私は睨みつけて動きを止めさせたくらいだし、そもそも赤い騎士さんに助けてもらおうなんて思ってなかったので特に気にしていない。
「それはそうとトリーナちゃん、さっき伯爵に思いっ切り叩かれてたみたいだが……大丈夫?」
あからさまに話を逸らそうとしたらしい赤い騎士さんに声を掛けられる。
「あ……あぁ、そういえば」
と、赤松を見ると、あー……と零しながら呟くように喋りだした。
「あれが一番簡単に止められるんちゃうかな、と……」
「伯爵が? キキョウ様を? 叩いた……?」
喋りだした赤松の言葉を遮るように青い騎士さんが口を開く。
余程驚いたのか、これでもかと言うほど目を見開いている。
「あの、叩いたって言っても軽くでしたし、結果的には叩かれたお陰で色々とマズい事にならずに済んだわけですし、ね?」
一応フォローしたつもりなのだが、青い騎士さんの目は見開かれたままだ。
何も言わない青い騎士さんの代わりに、赤い騎士さんが「軽くって言っても突然女の頭叩くかね」と、呆れたように言う。
「頭!?」
……青い騎士さんの目どころか口まで大きく開かれてしまったではないか。
「いや、いいんですよ! 私は別に気にしてないんで! ね!」
あの時、私も赤松も何も考えていなかったが、この世界ではたとえ冗談であっても男性が女性に手を上げるのはありえない事なのだ。
特に力の強い騎士の世界では、その考えが強いらしい。
「俺も弟叱る感覚やったしな……、なんかスマンな葉鳥」
「あぁ、はい大丈夫、大丈夫です」
赤松に謝られるとなんだかむずむずする。普段赤松に謝られることなんて滅多にないからだろうか。
「……伯爵に弟など居ましたか?」
「……あぁ、居てへんけど。感覚や、感覚」
青い騎士さんの問いかけに、赤松が適当に返している。
そう言ってしまうと私を弟として見てるみたいになるからやめなさいよ、と思ったけれど、それを今口に出すのはあまりよろしくないだろう。
喉まで出かかったが、私はそれを飲み込んだ。
実際は私を弟として見てるわけじゃなく、居たのだ。前世のコイツに、弟が。
「しかしまぁ、あの騎士が今後どう出るかは解らないが、今回の件は解決ってことでいいんだな?」
と、赤い騎士さんが言う。
「役立たずの分際で話を終わらせようとするな」
青い騎士さんにツッコミを食らっていた。
「赤い騎士さんは何故殴られてたんですか?」
ぽつりと問うと、赤い騎士さんよりも先に青い騎士さんが口を開く。
「あまりの役立たず具合に腹が立ったからですよ」
青い騎士さんの笑顔が眩しい。
「トリーナちゃんは知らないだろうけど、あれがファルケの本性で」
「余計な事を言うな役立たず」
……喧嘩するほど仲が良いってやつ……かな。そういうことにしておこう。
この件が解決したかどうかは今のところ謎だったが、私の「というか、皆さんお仕事の方は?」という問い掛けで皆我に返ったらしい。
仕事サボってたんだね、皆。
私は練習時間だったし特に問題はないけど。
椅子から立ち上がり、全員を見送ろうとしていると、赤松が何かを思い出したように口を開く。
「せや葉鳥、昨日Bがお前送って行った後死ぬほど動揺しながら帰って来てんけど、お前何かした?」
とのこと。
確実にロゼの件だろう。
「あぁ、あれ……ふはは、動揺してたんだ、ふふ」
紹介した時点で激しく動揺してたし、逃げるように帰っていったし、店に戻ってからも動揺し続けていたんだろう。容易に想像がつく。
そして想像しただけで笑いが止まらない。
「何や知っとるんやな?」
という問いに、私はこくこくと頷く。
うん、知ってると言いたいところだがまだ赤い騎士さん居るし自重した。ボロが出そうだ。
「そないオモロいん?」
未だにクスクスと笑い続けている私を不思議そうに見ながら首を傾げる赤松。
それにもう一度こくこくと頷いて見せる。
その時顔を上げて気付いたのだが、青い騎士さんが唖然とした表情でこちらを見ていた。
「キキョウ様の……笑顔……」
と、うわ言のように呟いている。
「そういや、そうやって楽しそうに笑うトリーナちゃん初めて見たな」
赤い騎士さんもそう零した。
「え? そんな事ないでしょう。……多分」
普通に笑ってるよ、と思ったが……お屋敷の中では仕事で手一杯だったからな。
笑ってなかったかも。
その後、騎士二人を仕事しろと追い出し、赤松にはBの件は次に会った時教えると告げ、私は一人で練習に励んだ。
そんな話し合いがあった日の夕方、旦那様に次の講習の日時が確定した知らせを受けた。
「三日後なんだが、大丈夫かね?」
と、旦那様は言う。
しかし旦那様の顔は浮かない表情で。
「準備はしていましたし私は大丈夫ですけど、何か不都合でも……?」
「いや、それがね……公爵令嬢とその関係者が講習を独占しようとしているんだが」
「うわぁ……」
公爵令嬢を中心に、他に彼女と仲の良い数名の令嬢が来るそうだ。
「あのご令嬢の騎士とトリーナが問題を起こした知らせは聞いた」
「あっ、その、申し訳ありません」
私は全力で頭を下げた。
もしかしたら旦那様にも迷惑を掛けたかもしれないのだから。
「いいんだよ、君は悪くないと聞いている。嫌な思いをさせて、こちらこそ申し訳ない」
旦那様は本当に申し訳なさそうな顔で私の頭を撫でた。
「あの騎士は出入禁止にしたから安心しておくれ、と言おうとしたんだよ」
「旦那様……それは、大丈夫なんですか?」
「もちろん大丈夫だよ。うちの大切なトリーナに危害を加えようとしたんだ、当然だろうとも」
と、旦那様は笑った。
ありがとうございますなのか、申し訳ありませんなのか、何と言っていいのか解らなくて、ただただ深々と頭を下げた。
次の講習は……地獄かな……?
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