紺青ラプソディー

蔵崎とら

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VS公爵令嬢付きの騎士

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 脱兎の如く走り去ったBの後姿をロゼと共に見送った直後、どこから見ていたのか赤い騎士さんに声を掛けられた。

「興味深い話がいくつか聞こえたけど、何の話?」

 と、言いながら首を傾げている。

「赤い騎士さんに関係あるような話ではないと思いますが」

 愚痴って食べてすっきりしてきたとは言え、今も機嫌が悪い事に変わりないので言葉の端々が刺々しくなる。

「まさかトリーナちゃんがローゼにアイツを紹介するとはね……」

 奴を紹介して何が悪い。

「何か文句でも? 悪い奴を紹介したわけじゃないんで。ロゼさえ良ければ私は全力で応援するよ」

 ロゼに声をかけてみると、彼女はふんわりと笑ってから口を開いた。

「そうね、ちょっと考えてみようかしら」

 わりと乗り気のようだ。
 それを見た赤い騎士さんは苦笑を漏らしている。
 ロゼの口ぶりだと赤い騎士さんには騙されただけみたいだったけど、他に何かあるんだろうか?
 変に引っ掻き回してドロドロ展開になったらどうしよう……Bは耐えられるかな……?
 さっきの反応見ても恋愛慣れしてないっていうか、とても残念なテンパり具合だったし。
 まぁその時は私もある程度フォローしてやれば大丈夫……かなぁ?

「……それと、公爵令嬢の騎士がなんとかって聞こえたけど」

 さては赤い騎士さん、全部聞いてやがったな。趣味の悪い。

「一昨日会ったんですよ、公爵令嬢と彼女が連れてきてたらしい騎士に。……あ、ロゼ、今日は誰も来なかった?」

 申し訳ないが今は赤い騎士さんの相手をしている場合ではないのだ。

「あぁ、公爵令嬢は来なかったけど、令嬢付きの使用人って人が来たわ。しつこくはなかったから大丈夫」

 迷惑掛けてごめんねと謝れば、ロゼは気にしないでと微笑んでくれる。
 令嬢付きの使用人とやらは私の居場所を探っていたが、誰も口を割らないと気付いたらすぐに帰って行ったらしい。
 明日も来るような口ぶりだったんだとか。
 楽譜の用意はほぼ出来ているのでさっさと来てくれたほうがこっちとしても好都合だ。

「トリー、夕飯はどうする?」

「あぁ、食べてきた。そういえばロゼ食事中だったよね、ごめん!」

「いいのよ。いい『お土産』を貰ったからね。じゃあ私は食堂に戻るわね。お風呂の時に呼びに行くわ。」

「解った、じゃあ『お土産』についてはお風呂で話そうか」

 と、私とロゼは不敵な笑みを浮かべたのだった。
 赤い騎士さんは若干引いていた。

 翌日。おそらく煌びやか令嬢関連の人物が来るだろうと警戒していた。
 その日の私の担当はお洗濯だったので、午前中のうちに洗濯を終わらせて午後は少し多めに練習時間を取らせてもらう予定だ。
 練習部屋は三階だし、どうせ楽譜を取りに来るなら階段を上がる前に来て欲しいものだが……
 そう思いながらキョロキョロしていると、赤い騎士さんがやってきた。またお前か……なんて、思ってない。思ってないよ。

「ファルケでも探してる? アイツなら今手が離せない仕事中だけど」

 ファルケ? それって確か青い騎士さんだっけ? 何故私が青い騎士さんを……あぁ、そういえば一昨日まで三階へ運んでくれてたんだった。
 そういえばいつも私の行動を把握しているかのように待ち構えていたはずの彼が、今日は居ない。

「いえ……もう捻挫は治りましたしね」

「……なぁトリーナちゃん、ファルケと何があった?」

 ふと赤い騎士さんの表情が変わった。
 いつもどこかへらへらしている気がしていたけど、今は珍しく真面目に見える。

「何が……」

 何があったのかと問われれば、多分煌びやか令嬢が連れてきてたあの騎士の発言だろう。
 ただ、それを私が口にして言いものではない気がする。

「アイツ一昨日からずっと何か考え込んでてな。仕事に支障が出てんだよ。俺の負担が増える増える」

 そう言って苦笑を漏らす赤い騎士さん。
 口ではそう言っているが、半分は本音で半分は心配している事を隠しているように見える。
 仕事仲間だもんな、凹んでいれば心配にもなるよな。
 とは言え私からは何も言えないし……

「……っていうか赤い騎士さん、青い騎士さんと仲良しなんですね。事ある毎にファルケファルケって……」

「は!? そうじゃなくて! トリーナちゃんはアイツの本性を知らないから」

 何やら焦った様子の赤い騎士さんを観察していると、人の足音が聞こえてきた。

「……お前だったな、ピアノ講師」

 なんとやってきたのは渦中の人物、煌びやか令嬢のとこの騎士だった。
 改めてみると赤い騎士さんよりも若干背が低いんだな。顔はまぁまぁ整ってるけど。

「はい、私です。楽譜ですよね?」

 用意していた楽譜を差し出す。

「あるならさっさと送ってこい」

 いや態度デカいなおい。それが人に物を頼む態度かと問いたい。
 しかしヤバめの人間らしいと聞いたし、極力関わらないようにしよう。

「申し訳ありま…っ」

 頭を下げようとしていたら、何故かガッツリ顎を掴まれた。
 痛いし、意味が解らない。

「今日はファルケ・ヴァッサーを連れていないのだな」

 そう言った彼はチラリと赤い騎士さんを見る。

「事の真相を調べてこっちに乗り換えたか?」

「何のことでしょう?」

 彼が何を言っているのか解らなかったので首を傾げると、彼の爪が顎に刺さった。

「ファルケ・ヴァッサーが伯爵令嬢に手を出してクビになった話だ。俺が教えてやっただろう。そんな男が側に居たら恐ろしいだろう?」

 その話か。確かにその話は聞いたが、別に真相を調べようとも思わなかった。
 青い騎士さんも傷付いたような顔してたし触れられたくなさそうなのは一目瞭然だったし。

「おい」

 私と彼のただならぬ空気を感じ取った赤い騎士さんが私と彼を引き剥がそうとしたけれど、私は赤い騎士さんを睨むことでそれを止めさせた。
 この状態なら多少暴言を吐いたところで正当防衛だと思われる可能性があるかもしれない。いや、ないかもしれないけれども。

「別に。そもそも調べてませんし」

 目の前の彼を睨みつけながらそう言うと彼は小さな声で「生意気な女だ」と呟いて私の顎を掴む手の力を強めた。
 この男は何が気に入らないんだろう。
 もう楽譜渡したんだからさっさと帰ればいいのに。
 ちょっとイライラしてきた。

「しかし仕方がない、お嬢様がお前を所望しているんでな。あんな気味の悪い男が居る屋敷ではなくクライスお嬢様専属楽師になれ」

 は? 突然何を言い出すのだろうこの人は。
 そもそも一昨日からそうだが、何故この人は青い騎士さんをこんなに目の敵にしているんだろう。彼が言う伯爵令嬢云々の話よりそっちの方が気になる。
 あれか? 自分より背が高くて顔の良い男が嫌いなのか? いや、それなら赤い騎士さんだってそうか。
 そんな事を考えていると、顎を掴む手の力が強くなった。あぁ、返答を待たせてたからか。

「お断りします」

 ストレートに告げると、彼はクツクツと喉の奥で笑う。

「お前に拒否権などあるものか。孤児ごときが、本来ならクライスお嬢様と言葉を交わす事も許されない分際のくせに」

 何故何も知らないこんな奴にそこまで言われなければならないのか、さっぱり解らなかった。
 別に煌びやか令嬢とは喋りたくて喋ったわけでもないし、私が無理矢理声をかけたわけではない。
 っつーかそもそも楽譜寄越せとか言い出して、絡んできたのはそっちだろうが。

 その時、私は自然と拳に力を込めていた。
 目の前の相手は騎士服を着ているので、隙は少ない。
 この場合一番ダメージを与えられる場所は顎だろう。アッパーだアッパー。
 殴ったら終りだな、そう思いつつ握った拳を構えた。

「葉鳥!」

 聞き慣れた声が耳に飛び込んできて、私は我に返る。

「おや、キーファー伯」

 そう言った煌びやか令嬢付きの騎士が、私の顎から手を離して赤松に会釈していた。
 が、赤松はそんなことお構いなしで私の方へ歩み寄ってきて、

 ベチン

 と、小気味いい音を立てて私の頭頂部を叩いた。
 赤松のこの行動には、今まで黙り込んでいた赤い騎士さんも「え!」と声を漏らす。
 私は、痛い! 何すんのよ! という言葉を全力で飲み込んだ。ここに居る人達に聞かれるわけにはいかない。

「…コンニチハ、ハクシャクサマ」

 辛うじて出てきた言葉がこれである。
 見事な棒読みだったが。

「ちょっと来い」

 赤松はそう言って私の頭を掴み、そのまま歩き始めた。
 階段を上がろうとしているので、私の部屋か練習部屋にでも行くつもりだろうか。

「おい待て、まだ話は終わっていないだろうピアノ講師」

 煌びやか令嬢付きの騎士が止めているようだったが、赤松の睨みで怯んだらしく追っては来なかった。
 ただ後ろから足音がするので、赤い騎士さんは付いてきているらしい。

「見とるだけやったくせに、付いてくんねんな」

 赤松がそう声を掛けている。

「…あぁ、まぁ」

 赤い騎士さんが見てるだけの状態だったのは私が睨みつけたせいなんだけど、まぁそのことについては言わなくてもいいだろう。

「キキョウ様!」

 ……今度は青い騎士さんがやってきたようだ。
 バタバタと音がするので走って階段を上がってきているらしい。
 赤松に頭を掴まれたままなのでその様子は確認出来ないが。

「先ほど公爵令嬢付きの騎士とすれ違ったのですが……と、伯爵、その手を離してください何をしているんですか」

 今気付いたのかよ、というツッコミを堪えていると赤松が口を開く。

「今から説教や。とりあえずピアノ練習部屋行くで。話はそれからや」

 行き先は練習部屋だそうだ。


 練習部屋に着くと、赤松によるお説教が始まった。
 部屋に入って即説教が始まったので、全員座るタイミングを逃し、立ちっぱなしである。
 私と赤松はピアノの側、騎士さん二人はドア付近で立ち止まっている。

「お前、さっきの騎士殴ろうとしとったやろ。してないとは言わせへんからな、俺の方からは丸見えやった。あの男殴ったらどうなるか解っとるんか? 一応公爵家の関係者やねんで? 公爵令嬢が公爵にあることないこと吹き込めばそれが嘘やったとしてもお前の事なんか平気で処刑出来んねんで? 昨日俺等が色々情報教えたったやろ? 俺等がどんだけ心配したか解ってんのかこのドアホ!」

 息継ぎもなくそう言われた。

「……う、うるさい! うるさい! 私だってそのくらい解ってるわよ!! ……いや……その、ごめん、あと、ありがと……」

 止めてくれて、ありがとう。
 私はそう言って俯く。

「……お、おう。まぁ……なんや、間に合って良かったわ」

 俯いたまま、まさか赤松に説教される日がくるなんて……と謎の感傷に浸っていると、背後で物凄い音が響いた。
 何事かと思って顔を上げ、音がした方向を見れば、少し離れた場所で赤い騎士さんが倒れていた。

「えーっと……青い騎士さん……?」

「あぁキキョウ様、話はあれに全て聞きました。役立たずは俺が始末しておきましたからね」

 ……恐らく青い騎士さんが赤い騎士さん殴り飛ばしたんだろうと思う。
 にっこりと笑っている青い騎士さんがどことなく恐ろしくて、詳しく聞く気にはなれなかった。




 
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