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重めの想い
しおりを挟む来た道である例の獣道を、青い騎士さんの後を追うように歩いていると、彼がふと振り返った。
「キキョウ様、今日話そうと思っていた本題なのですが……」
今更!?
っていうか赤松の件が本題じゃなかったのか!
っていうかここで!? 獣道の途中なんだけど!?
と、内心では全力でツッコミを並べているが、それを口に出せるほどの元気は残っていない。
あと虫が怖い。とにかく虫が怖い。ただただ虫が怖い。
「何ですか?」
極力恐怖を表に出さないように淡々と答える。
「少し前になりますが、イービスの部屋に入りましたよね? しかも、夜に」
イービス……イービスって、赤い騎士さんだっけ。
「あー、確かに入りましたね」
伯爵が人を殺したとか殺さないとか、そんな話の時に入った。入りたくて入ったわけではなく、ただ騙されて。
何故知っているのかと問えば、部屋が隣なので物音がしたんだとか。
「あの男はよく娼婦を連れ込んでいますし、その音だと思っていましたが」
へー、赤い騎士さんお盛んだな。っていうか確かに部屋には行ったがそんなに物音を立てた記憶はない。
「……まぁ、入ったけど別に何もしてませんよ? すぐに出ましたし」
「何をされましたか?」
何もしてねぇって言ってるのに。
だがしかし、何されたかと問われれば、答えは一つしかない。
「押し倒されて唇を触られましたね。まぁでもそこまでされたら正当防衛になるなと思ってこちらからも攻撃しましたけど」
「……!」
バカ正直に答えたら、青い騎士さんの顔が解りやすい程怒りで歪んだ。
しまった、何か地雷だったようだ、そう思っていると彼の手がまた私の方に伸びてきた。
だが、同時に大きめの虫がブブブと気持ち悪い羽音を立てながら飛んできたので、それを払うために腕を振りながら身を竦めた。
タイミングが悪かった。そう、色々とタイミングが悪かったんだと思う。
「……俺に触れられるのが、そんなに嫌なのですか?」
そうじゃなくて虫が! と言おうとしたのだが、青い騎士さんがもう一度伸ばしてきた手が私の肩に当り、私はバランスを崩す。
今立っている場所は獣道で、足元には腐葉土。
私はものの見事に滑ってしまった。
獣道の外側は緩やかな斜面になっていたので、思いっ切り転げ落ちる。
崖じゃなくて良かったな。……いや良くないわ、痛いわ。
左足の足首が痛い。捻挫かなぁ。受身を失敗してしまった。
そんなことを思いながら服に付いた泥や汚れを払っていると、青い騎士さんがズサーーと滑り降りてきた。私の無様な滑りっぷりとは違い、なかなかいい滑りっぷりである。
「キ、キキョウ様、申し訳ありません」
青い騎士さんの両手がおろおろと空中を彷徨っているところを見るに、彼はとても動揺しているらしい。
「いえ、私こそ、なんかごめんなさい」
別に青い騎士さんに触られるのが嫌だったんじゃないんです。虫が怖かったんです。……と、言うべきなのだろう。
でも虫怖いとか言って笑われないかな……。こんなガサツで男みたいな私が虫が怖いだなんて女の子みたいなこと、恥ずかしくてそう簡単には言えないのだ。
「立てますか?」
差し伸べられた手を取り、立ち上がってみたけど、猛烈に痛かったのでこれは完全に捻挫をしている。
歩けるだろうかと首を捻っていると、青い騎士さんが私の目の前でしゃがみ込んだ。
「乗ってください。全ては俺の責任ですから」
とのこと。
歩けそうになかったので素直に背負われることにした。
「腕を首に回してください」
「いや、大丈夫です」
「早く」
「……大丈夫」
軽い攻防戦が起きる。
腕を首に回したら密着してしまうではないか、と腕を突っ張っている私が気に入らないらしい。
「不安定なままここを下るのは危険ですから」
「これでも結構安定してると思います」
「……腕も怪我していれば良かったのに」
「今なんて?」
「別に何も」
いや今絶対なんか危ないこと言ったじゃん。聞こえてたからな! と思いながら腕を突っ張り続けているけれど、青い騎士さんはなかなか折れてはくれなかった。
「ほら、腕に傷を負いたくなければ早く」
趣旨変わってきてるし。
声色マジだしこのまま拒否してるとホントに怪我させられそうだったので仕方なく首に抱き付いた。
もうどうにでもなれ。
「キキョウ様……柔らかい……」
おいおいおい聞こえてるからなこの野郎!!
それ変態発言だからな!!
……くそー恥ずかしい。
背負われたまま屋敷に着くと、仕事を終えようとしていたロゼ達に驚かれた。
見事なまでに泥だらけだし、青い騎士さんに背負われているものだから。
青い騎士さんが、私が怪我をした旨を伝えるとロゼが医者を呼んでくれることになった。
別に屋敷に呼ばなくても、と思ったが病院に行くとなると青い騎士さんに背負われたままになりそうだったので素直に頷く。
「医者が来る前に汚れを落としましょうね、キキョウ様」
「はい。お風呂で落としてくるのでお風呂前で下ろしてください」
私はそう言った。確かにそう言った。
それなのに、青い騎士さんは下ろしてくれなかった。
それどころか彼は私を背負ったまま男湯の方に入ろうとしている。
「ちょ、待ってくださいそっちは」
「イービスはまだ仕事中ですし誰も入ってきませんよ」
そういう問題じゃないっつーか。
「……怪我をさせてしまったのは俺ですから。患部だけでも洗わせてください」
申し訳なさそうに言ってるけど、本当に申し訳ないと思ってるなら女湯前で下ろしてくれよ。
「というわけですので座ってください」
有無を言わせぬ鮮やかな立ち回りで男湯の湯船の縁に座らされた。
……もう好きにしてくれ。
それからしばらく彼の手によって足を洗われていた。擦り傷もあったようで地味にひりひりする。
洗われている間、私は手の汚れを落としていた。
何か自分の足を洗っている男の顔を見る勇気はなかった。
「痛いですか?」
「少しだけ」
彼の問いかけに、小さな声でそう答えた。彼の目は見れないままで。
「腫れてしまいましたね」
青い騎士さんはそう言って足首を撫でている。
「多分軽い捻挫でしょ。大丈夫ですよ」
はっきり覚えているわけではないが、日本に居た頃喧嘩に明け暮れていた時代もあったわけだし、今更軽い怪我など特に何とも思わない。痛いのは痛いけど。
そっちの傷より羞恥とかで抉られた心の傷の方が痛いわ……。
「腕にも傷が」
「あぁ、こっちは舐めときゃ治る程度の傷ですから」
気にしないでください、と言ったつもりだったのだが。
す、と青い騎士さんの手が伸びてきた。
何をしているんだろうとそれを目で追っていると、彼の大きな手が私の手首を掴んだ。
そしてそれを引き寄せようとしている。彼の口元へ向かって。
「なるほど。では失礼して」
「待て待てちょっと待って意味解んない」
何故お前が舐めようとしている。
私は慌てて自分の手を引いた。この野郎油断も隙もないな!
「舐めれば治ると」
「言葉の綾ですマジで舐めようとすんな」
動揺して敬語が崩れたがそんな事気にしていられない。危険だ。
「トリー! お医者様来たよー!」
リリの声だ、助かった。
「はーい!」
そう返事をして立ち上がろうとした。
が、青い騎士さんが私の足、しかも患部を握ろうとしているのが見えたので止まる。今握られたら絶対痛いっつーの。
何をしているんだろうと見ていると、彼は爪先にキスを落とした。
出来る事ならギャー! と叫び声を上げたい気持ちだった。
しかし今ここで叫んだりしたら何か負けな気がしたので全力で飲み込む。
目の前で起きているすべてのことが理解できず、完全に混乱していると、青い騎士さんに所謂お姫様抱っこ状態で医者の元まで運ばれた。
正直人生初のお姫様抱っこ体験なのだが……これはちょっとありかもしれない。恥ずかしいことに変わりはないけど、これはありかもしれない。
ちょっと青い騎士さんがかっこよく見え……いやいや落ち着け。落ち着け私。
と、私は必死で己の心を落ち着かせようとしていた。
足は私が思った通り、軽い捻挫だと診断された。
そこは包帯でぐるぐる巻きにされたし、そこ以外の膝や腕にも幾つか絆創膏が貼られる。
孤児院で暴れまわっていた時だってこんな傷だらけにならなかったというのに。
医者に診てもらった後、青い騎士さんと二人で食堂の椅子に座っていると、私が怪我をしたと聞きつけた旦那様がやってきた。
「大丈夫かい? トリーナ」
「軽い捻挫でした。幸い怪我したのは左足だけなのでピアノに支障は出ません」
にっこりと笑って見せる。
すると、座っていたはずの青い騎士さんがガタンと音を立てて立ち上がる。
何事かと彼の方を見ると、青い顔をして頭を下げていた。
「……申し訳ありません」
旦那様に向かって言っている。
「いくらトリーナが可愛いからといって、あまり無理をさせるんじゃないよ」
と、旦那様。何を言っているんだ旦那様……
クスクスと苦笑にも近い笑いを零し、旦那様は食堂を後にした。
だが、青い騎士さんはまだ頭を下げたままだ。
「俺は……俺は……、キキョウ様、ピアノ……」
青い騎士さんがぼそぼそと何かを呟いているが、声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れない。
一向に頭を上げないから、今青い騎士さんの頭は私の手の届く場所にある。
「もう、大丈夫ですよ」
私はそう言って彼の頭を撫でた。
「キキョウ様……」
やっと頭を上げてくれた青い騎士さんと目が合う。
なんというか、怒られた後の大型犬と目が合った気分である。
「キキョウ様、許してくださるのですか?」
「別に、そもそも怒ってもないですし。自分の不注意ですし」
腕も怪我すれば良かったのに的なこと言われた時は「あれ、この人わざと突き落としたのかな?」と思ったが。
……多分違う。多分違うはずだ。いや、でもあの時の目はマジだったような気がしないでもないけれども。
「……俺に触れられるのは、嫌ですか?」
ふと、そう問われた。
虫を避けた時にも同じことを問われていたな。
「あ、いや、そうじゃないんです。あの滑り落ちる直前は青い騎士さんを避けたわけじゃなくて、その……わ、私、虫が怖くて……それで……」
消え入りそうな声で言ったは良いが、恥ずかしくなって顔を逸らした。
青い騎士さんが何も言わないのでチラリと様子を伺ってみると、何故だか彼は真っ赤だった。
あ、あ、青くなったり赤くなったり忙しい人だな……、とりあえず笑われてはいないみたいで良かったけど。
「か…かわ…、キキョウ様」
何か呟いたと思ったら、急に真面目な声で私の名を呼んだ。
「は、はい?」
「怪我が治るまでは俺に世話をさせてください」
お断りしたい。
「別に世話をされる程の怪我では……」
「怪我をさせてしまったのは俺ですから」
「いや、あの」
「その足で三階の練習部屋まで上がるのは大変でしょう?」
俺の事は足とでも思ってください、だそうだ。
確かに運んでくれるならありがたい、そう思った私は頷いた。
「あぁ、一生治らない怪我なら良かったのに……」
頷くべきじゃなかったかもしれない。
え、この人やっぱり故意に落としたんじゃないの? 大丈夫?
この日の出来事で、彼が私に対し好意を抱いている事は確定なんだろうなと思った。ただその好意が若干重めなことにも気付いてしまった。
それに応える勇気は……今のところ持ち合わせていない。
余談だが、後日このトーン子爵家の次男様の部屋のドアに向かって声を掛けた。
「手の甲は敬愛で髪は思慕……爪先って何でしたっけ?」
と。
暫くするとひらりと紙が落ちてくる。
『爪先は崇拝』
あー、やっぱ何かヤバめ。
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