紺青ラプソディー

蔵崎とら

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紫色の花

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 今日、私はお休みだ。
 青い騎士さんに『くれ』と言われた休日だ。
 私は数少ない私服に身を包み、身だしなみを整えてから部屋を出る。
 青い騎士さんに時間を指定されたわけではなかったので、いつも朝食を摂っている時間に食堂へ入った。
 そこには私服姿の青い騎士さんが居た。
 どうやら青い騎士さんも今日はお休みみたいだな。じゃあもうちょっとゆっくり出てくるんだった、と思ったのは内緒。

「おはようございます、キキョウ様」

 入り口で立ち止まっていた私に、青い騎士さんは柔らかな笑顔で声を掛けてくれた。

「おはようございます」

 話があると呼ばれたわけだし、私は彼の正面の席に着く。
 目の前の彼は楽しそうに笑顔を零している。
 機嫌がいいのだろうか。
 何を考えているのかはイマイチ解らない。
 解らないが、ふと過ぎるのはロゼの言葉。

『好意に気付いてないなんて言わないわよね?』

 やはり傍から見ても、なんというか、そういう風に見えてるのか。
 そんな事を考えつつも、お互い言葉を交わさずに朝食の準備をしている。
 わざと黙っているわけではないのだが、これと言って話題が無い。
 朝食を摂り終えたタイミングで、私は口を開いた。

「青い騎士さん、話って何ですか?」

 話があるといって呼び出されたわけだから、さっさと用事を済ませてしまおうかと。
 自分が変に意識してしまっているせいだろうけど、若干気まずいのだ。

「あぁ、ここでは誰かに聞かれてしまうかもしれません。なので、出掛けませんか?」

 ……聞かれちゃマズい話なのか。
 まぁ赤松と色々あった後に話があるって言われたし、アイツ関連の話だと私も他の人に聞かれたくない。


 そんなわけで、私と青い騎士さんは屋敷から出る。
 赤い騎士さんに頼まれた買い物があるらしいので、目的地まで歩いていく事になった。

 歩きながら青い騎士さんを見ると、騎士服ではなくラフな格好。だけど剣だけは手離さないようだ。
 そういえばロゼが彼も良い筋肉をしていると言っていたが、どうなんだろう?
 ラフとは言え長袖なので腕の筋肉は拝めない。腹筋など見えるわけもない。
 しかしまぁ言われて見ればいい身体をしている気がする。
 背はおそらく180cm以上あるし、騎士様らしく背筋はピンと伸びてるし、手足は長くて太すぎず細すぎず適度だし。
 さらにはイケメンと来た。さぞモテることだろう。
 彼を見上げながらそんな事を考えていると、どうしました? と首を傾げられた。

「青い騎士さんはさぞモテることだろう、と思ってたところです」

 素直にそう言うと、さらに首を傾げられる。

「キキョウ様も、さぞモテることでしょう」

 どうしてそうなった。

「モテた事なんてありませんよ」

 前世はともかく、この世界で恋人が出来たことはない。孤児院で男の子達が寄ってきていたが、あれは姉として慕っていたようなもんだろう。多分。
 っていうか青い騎士さん、モテる事否定しなかった上に『キキョウ様"も"』って言ったよな。
 今までどんな風にモテてきたんだろうこの人。

「好きでもない人にモテたところで、無意味なだけですよ」

 彼はそう言って苦笑を漏らした。

「ごもっともですね」

「…キキョウ様は、俺をどう思いますか?」

 どう思うかと問われても、さっき言った通りモテるだろうなとしか思わないわけで。

「カッコイイな、と思いますよ」

 顔面は。と心の中で付け加える。

「キキョウ様は顔の良い男が苦手だそうですね?」

 その話青い騎士さんにもしたっけな? と思いつつも肯定する。
 平凡な私がイケメンと親しくしていれば、女の嫉妬の標的になるものだし、前世でそれに晒されていたのだから苦手にもなるわ。

「では……この顔を潰せば振り向いてもらえますか?」

 ……ん?
 ……え?
 ……はい?
 
 たっぷり五秒以上固まった私を見た青い騎士さんが笑い出した。

「冗談ですよ」

 と。
 いやアンタ今本気の顔してましたけど!? 完全に真顔でしたけど!?
 とは思ったのがだ、冗談だと言ってくれるならそうであってほしい。怖いわ。

 そんな話をしていると、目的の店に着いたようだった。
 彼が買い物をしている間、私は店の外で待っていた。
 何を買うのかは教えてもらえないらしい。まぁ赤い騎士さんの物だって言ってたし興味などないんだけど。
 ただぼんやりと街の雑踏を眺めていたら、青い騎士さんがすぐに「お待たせしました」と言って店から出てきた。
 時間を見ると丁度お昼頃だったので、近くにあったお店で昼食を摂ることになった。
 可愛い感じのカフェで、女性客が多め。
 ということは、だ。
 イケメンを連れて入店したもんだから女子の視線が刺さる刺さる……
 まぁ彼女達の視線に込められた思いは嫉妬ではなく好奇心に近いようなので耐えられるけど。

「キキョウ様は……」

 ざわついたカフェの中で、青い騎士さんが口を開いた。
 朝の食堂とは違い、どことなく真剣な顔をしているのでここで唐突に本題に入られるのだろうか。

「ん?」

 先を促すように首を傾げて待つ。

「キキョウ様は、あの伯爵と仲がよろしいのでしょうか?」

 やっぱり赤松関連の話だったか。

「どうでしょうかね。良くも悪くもないけど、ただ繋がってる感じです。兄弟みたいなもんですね。"伯爵様"だけじゃなく、豪商一家の次男も不審者呼ばわりの元騎士も」

 別に一緒に居なくても日常生活を送れるくせに、ただなんとなく一緒に居る。
 だからと言って離れたいかと問われれば、離れたら離れたで寂しくなってしまう。
 そんな、不思議な関係。
 今より近くなっても、遠くなっても私達の関係は崩れてしまいそうで、本当は脆い。
 なんて、本当はそんなに小難しくなく、ただ一緒に居ると居心地が良いってだけかもしれないけど。
 それに前世と思われる記憶を共有しているから、それを絆か何かと勘違いしている可能性だってある。
 本当に不思議な関係である。

「本来伯爵と話す時は、あの講習の後のような口調なのですか?」

 ……あれガッツリ聞かれたもんな。今更誤魔化せまい。

「……はい。元々知り合ったのが、アイツが伯爵になる前の事なので」

 あはは、と苦笑を漏らしながら答えるが、青い騎士さんは何かを考えているようで表情も変えないし口も開かない。

「あの、他の人には知られたくないので内密にしておいていただけますか?」

 何か言われる前に発言すると、彼は驚いたように目を瞠って私を見た。何に驚かれたのかはわからない。

「……解りました。何故知られたくないのかは、お聞きしても?」

「別に深い意味はないんですけど、やはり使用人が伯爵相手にあんな喋り方してると驚かれますしね。その度にアイツとの関係説明するのも面倒ですし」

 素直にそう言えば、なるほど、と頷いてくれた。
 その頃にはテーブルの上の昼食も、綺麗に片付いていたので店から出る事になった。
 店を出ようと言ったのも、話を切り上げたのも青い騎士さんだったので、彼が言っていた『話したい事』はやはりこれだったのだろう。

「キキョウ様、キキョウ様にお見せしたいものがあるのですが、もう少し付き合っていただけますか?」

 お店の外に出るなりそう言われた。
 今後の予定はピアノの練習くらいしかないので、私は何も考えずに頷いた。
 その数十分後には頷くんじゃなかった、と思ったわけだが。

「キキョウ様、大丈夫ですか?」

「…は、はい」

 正直あんまり大丈夫ではない。だってなんか、獣道を歩いているんですけど。しかも若干上り坂なんですけど。
 どこに連れて行かれてるんだろう……
 まさかこんな鬱蒼と生い茂る木々の中、道と呼べるかどうかも解らない獣道を歩かされる事になるとは思わなかった。
 体力的な問題は別にないのだが……虫がいる……

 私、葉鳥梗子の最大の弱点である虫が……。

 この弱点だけは前世から引き摺っている。
 虫だけは本当にダメなんだよゴキブリ見ただけで震え上がっていたんだよホント無理。
 全力でビクビクしながら歩いてる事、青い騎士さんに気付かれませんように……

「ひっ」

「キキョウ様? もう少しで着きますよ」

 解った、という意味を込めてこくこくと頷いて見せる。
 それから数分歩いたところで青い騎士さんの足が止まった。
 ほら、と彼が指差す先にあったのは、紫色の花が咲き乱れた、花畑…?
 森の中に、ぽっかりと開けた空間があって、そこに紫色の花が群生している。

「キキョウ様に、これが見せたくて」

 彼はそう言って私の隣で微笑んでいるのだろう。
 だけど、私は目の前の光景から目が離せなかった。

「この花の名は……?」

「野生の花で、ここにしか咲かないようです。だから、名はありません」

 いいや、私は知ってる。
 紫色で星の形のような花弁、風船のような蕾、これは桔梗の花だ。
 なんという偶然か、私のミドルネームと同じ名の花がこの世界にも咲いているとは。

「名前、ないんですね……」

「はい。近隣の住人に聞いたことがあるのですが、この花は20年近く前に急に咲き始めたそうですよ」

「急に咲き始めた……? 不思議な花ですね」

 新種の花かなにかなのだろうか?

「キキョウ様のようです」

 あれ、私不思議ちゃんだと思われてるってこと?
 顔を顰めつつ青い騎士さんを見上げると、彼はにこりと笑いながら言うのだ。

「この花にキキョウと名付けましょうか」

 と。

「あはは……」

 なんとなく、はいとは言えずに乾いた笑いを零すことしか出来なかった。


「今更ですが、花は好きでしたか?」

「好きですよ」

 名前はないという、桔梗のような不思議な花が咲き乱れるその場所で、私達は暫く座り込んでいた。
 吹き抜ける風が心地良い。

 しかしその時、私は気付き始めていた。
 帰り道はまた虫の恐怖に苛まれるんだな、と。
 あの今にも虫が飛び出してきそうな獣道さえなければとても良い場所だ。
 虫さえいなければな!

「女性と関わらないように生きてきたので、女性の好みはまるでわかりません」

 青い騎士さんがぽつりと独り言のように零した。

「あの……、どうして女性が苦手なのか聞いても構いませんか?」

 そう問うと、少し間を空けて答えてくれた。

「すぐに媚を売る浅はかさ、守られて当然だと思っている浅ましさが嫌いです」

 とのこと。

「なるほどー」

 全ての女性がそうだとは思わないが、彼が出会ってきた女性はそんな人だったのだろう。
 青い騎士さんは騎士なのだから、騎士を付けるってことは守ってもらうってことだし、騎士向いてないんじゃない? と思ったが、それを言っちゃダメなんだろうな。

「誰にも媚を売らず、守らせてもくれない女性はキキョウ様が初めてです」

 その言葉と同時に、衣擦れの音がした。
 青い騎士さんが動いたのだろう。
 何だろうと彼の方を見ると、私の方に手が伸びてきていた。
 それに気が付いた私は、ふとその手を避けるように仰け反る。

「……どうして、避けるのですか?」

 不服そうな声がする。
 どうしてって言われれば、瞳に謎の熱がこもっているというか、まぁ正直に言えばなんか貞操の危機を感じたからなんだけど。

「……なんとなく?」

 そう答えると、伸びてきていた手は元の場所へと戻っていった。助かった。

「日が暮れる前に戻りましょうか」

 空を見上げていた青い騎士さんが言う。
 ああまた虫の恐怖と戦うのか……と多少げんなりしながら頷いた。




 
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