紺青ラプソディー

蔵崎とら

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伯爵のこと2

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 Aの店に着くと、Aの嬉しそうな笑顔と美味しそうな匂いに迎えられた。

「葉鳥や!」

 ただ私が来ただけなのに、何がそんなに嬉しいというのか。

「久しぶり。このいい匂い何?」

 私はなんとなく気恥ずかしくてAのように笑う事は出来ず、この店内に漂っている香ばしくていい匂いの出どころについて問う。

「おー今な、赤松が料理してんねん!」

 Aはそう言いながらカウンターの向こう側からこちらへ身を乗り出してきた。

「ええ匂いやなぁ」

 と、呑気な言葉を零すのはBだ。

「そういやコイツさっき不審者と間違われて大変だったんだよ」

 Aについさっきの出来事を教えてやると、ギャハハ、と笑っている。
 Bは憤慨しながら笑い事じゃない、と言っているが、まぁ100%笑い事だろう。

「なんやお前、葉鳥の孤児院行った時も不審がられとったっちゅー話やなかったか?」

 ついに腹を抱えて笑い出したAの頭をBがバシン、と叩く。

「気にしてんねん!」

 ……気にしてたのか。

「や、でも今日のは不審者と思われても文句言えないでしょ。コイツ私の仕事着姿見ようとして覗いてたんだから」

 カウンター席の一番隅っこ、Aの正面に座りそう言うと、Aは途端に表情を明るくする。

「せや! 葉鳥メイド服着てんねやろ! そら見たいわ! なんで今日着てこんかったんや!」

 そんなに私のメイド服姿が見たいのか。……そんなに見たいか?

「着てくるわけないじゃん……、それに似合ってないっつって笑われるの目に見えてるんだから絶対見られたくないわ」

 頬杖をついて溜め息を零す。
 自ら笑われにいくなんて高等技術、私には扱えない。

「メイド服ってミニスカメイド服なん?」

 Bがとんでもなくアホな質問をぶつけてくるので、私はもう一度盛大に溜め息を零す。

「お前な、日本ならまだしもこの世界の女の子が膝出してるの見た事ある?」

 この世界は基本的に女性の露出度が限りなく低い。
 肌を露出することがはしたないとされている世界だ。
 だから私が来ているメイド服もクラシックタイプで首も詰めてあるしスカートはもちろん膝下、靴下はハイソックスで、見える肌と言えば顔と手先だけ。
 その事を淡々と説明してやると、AもBもあからさまなブーイングを漏らす。

「ミニスカちゃうんかー」

「いや待てよ、でも葉鳥ならミニスカよりそっちのタイプの方が似合いそうやな……ちょい待ち、脳内で着せてみる……」

 残念そうなBを尻目に、Aが考え込みながらぶつぶつと呟く。

「案外似合っとったで、葉鳥のメイド服姿」

 Aがいるカウンターの向こうよりさらに奥にある厨房のほうからひょっこりと顔を出した赤松が余計なことを言い出した。

「てめぇ最初に見た時完全に笑ったくせに……」

「もちろんミニスカよりマシやったんちゃうか? ってだけやけどな」

 腹立たしいことに赤松はふふん、とバカにしたように笑う。

「ふーん、今度なんか用事作って子爵家乗り込もな、B」

「せやな」

 AもBも頷きあっているようだけど、別に来なくていいです。

「で? 赤松は何作ってたの? 美味しそうな匂いするんだけど」

 さっきから店の中にはなんとも香ばしい匂いが漂っているのだ。その香りの出所が気になるし、それよりなにより一刻も早くメイド服トークを終わらせたかった私は無理矢理赤松に話を振った。

「おぉ、これや。焼きおにぎり」

「伯爵様マジグッジョブ」

 サムズアップして見せると、案の定「せやからその伯爵様やめろっちゅーねん」という言葉が返って来る。伯爵様に伯爵様と言って何が悪いのか。
 だが今そんなことはどうでもいい。
 Bの不審者疑惑騒動のせいで朝ご飯も食べられなかった私のお腹はぐうぐうと大騒ぎだったのだ。
 ほら、と目の前に置かれた焼きおにぎりを遠慮なく食べ始める。
 鰹節と思われる何かが混ぜてあってとても美味しい。
 この地域の主食はパンで、お米はそこまで人気がなく案外安価で手に入る。
 孤児院ではパンよりお米の方が食べられていたし、私の作ったおにぎりは子供達にそこそこ人気があった……と思う。
 お給料を貰ったらまた子供達に食べさせたいなぁ、と思っていたりするんだけど、いかんせん暇がない。

「やっぱり日本の味はええなぁ」

 Aがぽつりと呟いた。

「いいよね。実にいいよね。ここで食べれるようにしたらもっといいよね」

 私はその呟きを拾い、反応を返す。

「あぁ、葉鳥はこの店を居酒屋にしたいらしいで」

 くくく、と笑いながら赤松がそう言ったのだが、Aは難しそうな顔をしている。

「せやけど作れる奴おらへんで?」

 Bの顔を見ると思いっ切り首を横に振られた。

「作れる奴がいないなら作れるようになるしかないんじゃない?」

 そんな話の流れから、赤松か私のどちらかが暇な時に料理教室を開く事が決まっていた。
 いつの間にか。
 それが決まれば急にAのやる気が湧いてきたようで、実家の力を使い様々な方面から材料を集めると言っている。
 ……本当に、乗せやすい奴で助かるな。
 ここが居酒屋になれば好きなときに日本の味が食べられるようになるんだ、と内心ほくそ笑んでいたそんな時、ふと赤い騎士さんが言っていた赤松の話を思い出した。
 そうだ、今日の本題はそっちだった。

「ねぇ赤松。アンタが人を殺したみたいな話聞いたんだけどあれの真相ってなんなの?」

 オブラートに包む事もせず、単刀直入に問う。
 すると赤松は、一度きょとんとしながらもすぐに口を開いた。

「あぁあれな。殺してへんで。確かに死人は出たけどな」

 思いのほかあっさりとした返答である。
 赤松はやってないだろう、と思っていたがそこまで淡々と返されたら逆に驚く。

「ん、葉鳥知らんかったん? 一年近く前の話やで?」

 Aに首を傾げられた。Bも首を傾げている。

「知らない。孤児院ってあんまり外の情報入ってこないし、私自身もそんなに外の世界に興味示してなかったし」

「結構有名な話やで。どっかの子爵が贅沢のし過ぎで領民キレさせて暴動が起きた、とか。その話やろ?」

 Bは赤松に向けて首を傾げる。

「おうそれや。要するに税金取りすぎて領民に殺されてん、領主である子爵が。正直目に余るもんもあったしどうにかせなアカンっつって俺と親父が丁度そこにおってな」

 自分達は贅沢三昧で、領民からは税金を奪い取る、そんな事を繰り返していたら裏切られて殺された、そんな話だったそうだ。

「そこにいただけでアンタが殺した事になってんの?」

 と、首を傾げると、赤松は特に表情を変えることなくこくりと頷く。

「んーまぁそんなとこやな。親父説と俺説あるけど。そもそも領民が領主殺したっちゅー話が広まると似たような事件が続く可能性も出てくるしそっちのほうが都合良くてな」

 領主に不満を抱く領民というのは結構よくある話らしい。
 気に入らなければ殺せ、みたいな風潮になれば貴族の大半が死ぬんじゃないかと思われているそうだ。
 まぁ平凡な庶民に比べて貴族は随分煌びやかだもんな。
 どの世に生きていても嫉妬とは怖いもので、庶民の中には嫉ましさだけで貴族を毛嫌いしている人もいると聞く。

「ふーん……」

「俺も親父も人殺しそうな顔しとるしな。俺等のどっちかが殺したっちゅー話になっても誰も疑わへんかったで」

 私の曖昧な相槌を聞いた赤松は苦笑を浮かべながらそう言った。

「アンタはそれで納得してんの?」

「それでええと思っとる。俺の事信じてくれる奴はちゃんとおるし気にしてへんで」

 家族はもちろん本当の話を知っている人は皆赤松の事を信じてくれているそうだ。

「もちろん俺等も赤松の事信じてんで、なぁ葉鳥」

「ん? あぁ、まぁ別に信じてあげないこともない」

 こくこく、と頷く。
 信じてるどころか疑いもしなかった、と思ったが、もちろん口にする事はない。
 ……なんか、恥ずかしいし。

「なんやねんそのツンデレ!」

 と、Aに笑われた。
 真相を知っている人達の中にはあのトーン子爵も含まれているらしい。

「子爵家の赤い騎士さんが詳しい話知ってるって言ってたんだけど」

「あぁ、知っとるやろな。これ関連の話はトーン子爵にもしたし確かそん時一緒におったはずや」

 知ってるのは知ってたのか。ただ騙されただけじゃなくて良かったわ。良くはないか。襲われかけてたわ。

「赤い騎士ってあれか、俺がおった道場の先輩」

 と、Bが会話に加わってきた。

「そうそう、さっきいた人」

「あの人葉鳥の事トリーナちゃんって呼んどったよな」

 あぁ、それか、と頷く。
 別に誰に何と呼ばれようと気にはしないのだが、昨日の呼び捨ては気持ち悪かったなぁ……。

「あの騎士三十路手前になっても女誑しで有名やからな。気ぃ付けとったほうがええで」

 と、赤松は言う。正直もうちょっと早く教えといてほしかった。
 っていうか赤い騎士さんって三十路手前だったんだ。

「女誑しってのは聞いてたけど……」

 そう零していると、今度はAが話に加わってくる。

「せやけど葉鳥って年上好きやったんとちゃう? 案外好みやったりして?」

 ニヤニヤと笑っていて若干腹立たしいんだけど。

「落ち着きのある年上が好きなんだよ。単に年齢が自分より上ってだけじゃ無意味」

 赤い騎士さんはチャラ過ぎて論外だろ。

「なるほどなー」

 メモっとこ、と何処からともなくメモ帳を取り出すBの頭頂部に一発ぱちん、と平手をお見舞いしておいた。
 そもそも赤い騎士さんのこと苦手だって本人にも言ったしあっちも私のこと苦手だって言ってたし今更気を付けることもないだろう。
 多少脱線したものの真相も聞けたことだし、この件にはもう触れないでおこう。
 赤松は気にしていないと言っていたが、あれだけ女子にビビられてたんじゃ凹むことだってあるだろうし。
 可哀想に。面白いけど。

「そうだ、ねぇアンタ等ちょっと私の仕事手伝ってくれない?」

 私はバッグから紙とペンを取り出した。
 講習のネタを彼等から貰おうと思っていたのだ。

「仕事? メイドの?」

「メイドじゃなくて使用人な。そんで手伝って欲しいのはそっちじゃなくてね、私今度講習でピアノの弾き語りするんだけどさ、何かいい曲ないかなぁと思って」

 彼等に講習の事を掻い摘んで説明する。
 ピアノを弾きながら歌って聴かせる講習を引き受けた事、ご令嬢向けの講習である事、そしてJ-POPをこっちの言葉に訳して歌おうとしている事なんかを。
 令嬢向けだから恋の歌がいいかな、と思ってる事も伝えた。
 すると一番に口を開いたのはBだった。

「へー。そういや子爵家の近く通る時たまにピアノの音聴こえるな。あれもしかして葉鳥なん?」

「うん、そう。遠回しな宣伝も兼ねてたまに弾いてる」

 人が集まるかどうかの瀬戸際だからね、と苦笑を零す。

「なんや葉鳥、なんでも弾けるん?」

 と、Aから問われた。

「完璧には無理だけど知ってる歌なら適当に伴奏つけて歌える……程度かな」

 日本にいた時はそんなこと出来てなかった気はするのだが、こっちではそれが可能だった。日本にいる時の身体と別だからかな、と勝手に思っているのだが。身体能力の違い、というか……。
 ちなみに声が出る範囲も日本にいた時より幅広い気もしている。

 それからは日が暮れるまで歌の話をしていた。
 懐かしの名曲から、当時では最新だった曲まで。
 人に意見を出してもらうとこんなにネタが増えるんだな、と地味に感激した。
 超助かった。

 盛り上がったJ-POP談義も終了し、私はお屋敷に戻る事にした。
 暗くなっていたのでBが送ってくれるそうだ。

「いくら葉鳥が強いっつってもこの辺を一人歩きさせるわけにはいかんからな」

 とのこと。
 今後、A達の店に行く時は毎回こうしてBが送ってくれると言ってくれる。
 休みさえ教えれば迎えにも来てくれるらしい。
 この辺の治安は然程悪くはないそうなのだが、やはり女の一人歩きは危険なんだとか。

「ほな頑張りや、メイドさん」

 お屋敷の門前でBは手を振りながらそう言う。完全に面白がっている顔だ。

「メイドじゃなくて使用人だっつーの。じゃあな」

 私はBからぷい、と視線を逸らしそのまま門の中へ入る。
 背中でBのくつくつという笑い声を聞きながら。

「お帰り、トリーナちゃん」

 出迎えてくれたのは意外にも赤い騎士さんだった。

「ただいま戻りました。……あ、伯爵本人に真相聞けましたんで」

 そう言うと、赤い騎士さんは驚きで目を瞠る。

「もう?」

 という問いに「ええ、丁度会ったので」と、淡々と答えた。変なリアクションで隙を作るわけにはいかないから。

「……なんだ、面白くない。殺してないって言った? それ信じる?」

 おいおい面白くないって何だよ。という疑問を浮かべている私をよそに、彼は矢継ぎ早に質問を投げつけてくる。

「殺してないって言ってましたし信じてあげない事もないって言っときました」

「……信じてあげない、こともない? ……まぁどちらにせよ残念だな。もうちょっと遊ぼうと思ってたのに」

 人を玩具みたいに言うのやめてほしいしチャラ男に遊ばれるなど勘弁してほしい。
 私は赤い騎士さんの言葉をスルーして歩を進めた。

「トリーナちゃん」

「私やることあるので部屋に戻りますね」


 もうマジで暫く赤い騎士さんとは関わり合いになりたくない。
 面倒臭い予感しかしない。




 
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