召喚された勇者様が前世の推しに激似だったので今世も推し活が捗ります

蔵崎とら

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推しとは素晴らしいものだ

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 ほんの少し前までは、こうして矢面に立たされるのが嫌だった。怖かったから。
 それでも私は皆のサンドバッグなのだからと我慢して、必死で耐えていた。
 けれど、これからは違う。
 私には勇者様という心強い味方がいる。
 そして、その勇者様の側に居続けるためには、耐えるだけではいけない。
 私がなめられていては、勇者様に迷惑がかかるのだから。

「ご結婚おめでとうございます、王女様」

 ニタニタと笑うアバランザ伯爵夫人を見ながら、私はこっそりと気合いを入れる。
 どんな精神攻撃が来ても狼狽えてはならない。

「下世話な話ですけれど、ご結婚となりますと、お世継ぎを産まねばなりませんねぇ」

 アバランザ伯爵夫人はニタニタと笑いながらも、少しだけ声を潜めた。
 声を潜めたって録音はされている。そして本当に下世話だなぁ。

「あなたがあの勇者様のお子を産めるのでしょうか?」
「それは、その時が来てみなければなんとも」
「あらぁ、そんな悠長なことを言っていて大丈夫なのですかぁ? 産めなかったらどうするのですか? あなたのせいでなんの能力もない子が生まれたらどうするのですか?」

 そんなこと言われたって今からじゃ何もわかんないじゃん。何が言いたいんだろう、この人。

「あなたのお母様は、早いうちに側妃様を集めていらっしゃいましたよねぇ。だから、あなたもそうしたほうがいいのではないかと思いましてね」

 アバランザ伯爵夫人はちらりと己の娘に視線をやった。
 なるほど、お前が産めなかったときのためにうちの娘を勇者様の妾にしろってか。

「見たところあなたにそれほどの色気は感じませんわ。その点うちの娘ならばそういった教育も施しておりますし、殿方のお相手ならお手の物ですの」

 マジで下世話だぁ……。おほほほほ、じゃねぇわ。っていうか『そういった教育』ってなんだろう? 話の流れ的に……多分、いや100億%下ネタなんだろうけど、よそのご家庭ではそういう教育を施されたりするのだろうか?

「それにそれに、うちの娘の魔力量は他の人よりも多いのですよ。ですからきっとうちの娘であれば強い魔力を持った子を産めると思いますの」
「魔力は遺伝するものではありません」

 私が思わず反論すると、アバランザ伯爵夫人はふん、と鼻で笑った。

「まぁ、遺伝するのなら、あなたが無能であるはずはありませんものねぇ」

 なんか知らんが急に馬鹿にされた。というか、馬鹿にするタイミングを見計らっていた、が正しいのか。
 無能だと馬鹿にされて怯んだ私を見て畳みかけるつもりだったのだろう。
 しかしそうはいかなかった。なぜなら勇者様が帰って来たから。なんの気配もなく。

「お待たせ、セリーヌ」
「あ、おかえりなさい、タイキ様」

 あまりにも気配を感じなかったからか、この場にいるアバランザ伯爵夫人やその娘、そしてその取り巻きたちが皆一様に肩をびくつかせて驚いている。
 勇者様はそんなビビり御一行様の様子を見ることなく私の膝の上のスマホに手を伸ばした。
 ぽちぽちとタップしている指を目で追っているわけだが、勇者様はどうやらこの場でさっきのを再生しようとしているらしい。しかも大音量で。ああ音量がMAXに……!
 まず流れ出したのは、私が呼んだこの場にいる人たちの名前。後に証拠にするためだったが、ここで流されるとは思わなかった。

『ご結婚おめでとうございます、王女様。下世話な話ですけれど、ご結婚となりますと、お世継ぎを産まねばなりませんねぇ』

 ああ、あの時声を潜めたはずが、今ではこの場の人たち皆に聞こえるレベルの音量に。

「な、なにを」

 アバランザ伯爵夫人はもちろん、急に声が聞こえ始めたことで周囲からの注目が集まる。
 そしてこの騒ぎの中心にいるのがアバランザ伯爵夫人だと分かると、なんとなく「またやってるよあの人」みたいな空気が漂い始めた。
 それから彼女の娘の『そういった教育』の話から私が無能だと馬鹿にされる話まで、今までの会話が全て垂れ流されたところで、勇者様が大きく息を吐いた。

「いやぁ、この祝いの席で、よくも俺の妻を馬鹿にしてくれたもんだよね」

 勇者様はスマホをテーブルの上に置いて喋り出した。ボイスレコーダーアプリはまだ開かれているけれど、もう録音はしていないようだ。

「っつーかマジで下世話。子どもを産むか産まないかなんて別にそんな重大な話じゃないし、俺が愛してるのはセリーヌただ一人だけだから他の女とかいらねーの。あぁあんたには分かんないかな、あんたの異名は社交界の男狂いらしいし? さっきの男爵が今夜の相手なんだって? 三日前はあっちの子爵だったとか」

 勇者様の言葉で、彼の視線の先にいた男がさっと顔を隠した。そんな図星ですって言ってるような動きしなくても。

「あとこの際だから言っておくけど、俺は王家の人たちほど優しくないから、妻を馬鹿にされたらただじゃおかない。あんたらは不敬罪に問われないからって高を括ってるみたいだけど、罪に問われないからって無事で済むと思うなよ」

 勇者様の声のトーンが今までで一番低くなった。初めて聞く低さだ。録音したい。……あ、ボイスレコーダーあるじゃん。
 そう思った瞬間私の右手がうっかり滑ってスマホ画面をタップしてしまったー! あーうっかりうっかり!

「それから、あんたらみたいな人たちが勝手に『王族が王女を勇者に無理矢理押し付けた』みたいな噂を流してるらしいけど、全部逆。俺が、魔王を討伐した褒美にセリーヌを望んだ。俺が勝手にセリーヌを好きになっただけ」

 最高の音声が録音されてしまった。

「まぁでも今では両想いみたいなもんだし? 妖精王の冠光らせるくらいには愛し合ってる二人だし? 邪魔出来るもんならやってみろよ」

 勇者様はそう言ってまた私の腰に手を回す。あんまりにも嬉しかったので、私も勇者様にぎゅっとしがみついた。
 すると頭上で、ソシアがやっているらしいあのキラキラの魔法がポンポンポンと軽快に弾ける。
 そして少し離れた場所から大きな声が響く。

「よ! さすが勇者! お似合いの夫婦じゃねえか!」

 と、これはおそらく騎士団長様の声だ。
 その声の後すぐに、割れんばかりの拍手の音が響き渡った。

 あぁ良かった。
 私は、私たちは祝福されているんだ。
 そう思いながら勇者様の顔を見上げると、にっこりと笑って、勇者様の顔がぐっとこちらに近付いてきた。
 唇に何か、と思った次の瞬間、私の意識が一瞬飛んだ。

「よくやった勇者ー!」

 騎士団長様の声で我に返ると、勇者様の顔が視界に入る。

「……あ、あの、タイキ様、口紅が」
「え、付いちゃった?」

 一瞬意識が飛んだせいで、あれはもしかしたらその一瞬が見せた私の都合のいい妄想かもしれないと思いかけたのだが、勇者様の唇に私の赤い口紅が付いているので、やはり現実だったようだ。

「結婚式に誓いのキスもなかったことだし、丁度いいよね。……嫌じゃなかった?」

 やっぱり現実だったー! という気持ちとあまりの嬉しさで口から魂が転げ落ちそうになっていたところ、勇者様が少し不安そうな顔で私の顔を覗き込んできた。

「いえ、いえ、私、幸せです」
「うん、俺も。この先一生、永遠に、来世でもずっと一緒に幸せでいよう」

 貧乏くじを引いて散々な人生だと思っていたけれど、頑張っていればいいこともある。そう思わせてくれる推しという存在は、本当に本当に素晴らしいものだ。
 キラキラの魔法と割れんばかりの祝福の拍手に包まれて、私は幸せを嚙み締めたのだった。




 
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