19 / 28
勇者様より顔のいい男なんかこの世に存在しないし多分あの世にもその世にもどの世にも存在しない
しおりを挟む
「はい、綺麗になりましたよ」
「ありがとう」
「飾りは用意できなかったので、勇者様の髪色に合わせたリボンで我慢してくださいね」
「ありがとう」
アレに髪飾りを引っ張られてぐちゃぐちゃになっていた髪を、侍女が綺麗に整えてくれた。
「まだ涙目ですし、落ち着くまでここにいたらいいでしょう。それでは勇者様、セリーヌ様をどうぞよろしくお願いします」
侍女は勇者様に対して深く頭を下げて、静かに部屋の外へと出て行った。
ちなみにドアは少しだけ開けてある。婚約者とはいえ未婚の男女が密室で二人きりというのは問題があるから。……なのだが。
「大丈夫?」
「はい」
隣に座る勇者様との距離が近すぎて密室かどうかなんて関係なく問題がある気がする。主に私の心臓に。ハツカネズミの心拍数超えそうなんですけど。
しばし続く沈黙に、何か言うべきなのだろうかと考えていたところ、勇者様が自分の両膝に両肘を乗せ、そのまま前傾姿勢になっていく。
そして「はぁぁ」と少し長めのため息を零した。
「セリーヌさんに怖い思いと痛い思いをさせた上に泣かせてしまった……」
「タイキ様のせいではありません!」
全てはアレのせい!
あとは私が勝手に泣いただけ!
「いやぁ、もっとこう、スマートに助けたかった……」
「スマート、か、どうかは分かりませんが、音もなく近付いて来たのは見事だったと思います」
近付いてきたことに全く気付かなかったから。あれはすごかった。
「痛い思いをさせたし、なんかやたら怒鳴られてたよね」
「……怒鳴られましたね」
痛みのほうは髪飾りを壊された瞬間の胸の痛みが強かったくらいで、あとは特に気にしていない。
怒鳴られたのも髪飾りが壊れた事実のほうが一大事だったのであまり耳に入っていなかった。
だから勇者様が気に病むことなど本当に一つもないのだ。
「あの、タイキ様、私は本当に何も気にしていませんので、タイキ様も気になさらないで」
「本当に何も気にしてない?」
前傾姿勢のままだった勇者様の視線が、ふとこちらを向く。
それがどういうことかというと、ちょっと上目遣いだということ。要するに、ちょっとかわいくて困るということ。
「本当に、何も」
こくこくと数度頷いて見せる。その上目遣いがちょっと心臓に悪いし、あまりのかわいさに照れてしまいそうだし、ちょっと顔が赤くなりそうなので出来ればやめてほしい。でもやめないでほしい。写真を撮らせてほしい。
「俺、ずっと気になってたんだ。セリーヌさんは、あの男との婚約についてどう思ってたのかな……って」
あんな男との婚約なんてなんとも思ってない。どちらかというと勇者様の敬語がいつの間にかほとんどなくなっている嬉しさのほうが私にとってはとても重要だ。
「どうとも思っておりません」
私がそう答えると、勇者様はじっと私の瞳を見ながら、ゆっくりと口を開く。
「それは、本心?」
「はい。……いえ、本心……」
そんな私の煮え切らない返答に、勇者様の瞳が少しだけ悲し気に揺れた。
「あんな顔のいい男との婚約を逃して残念だな、とか思わなかった?」
勇者様の問いが想定外過ぎて、笑いが込み上げてくる。
「ふふ、妹たちも言っておりました。あの男、顔だけはいいって」
「でしょ? じゃあ、やっぱり……」
本心を、本音を言ってしまうのは少しだけ怖いけれど、勇者様には全て打ち明けたい。そう思った。だって、私はこの人と結婚するのだから。この人と夫婦になるのだから。そう、なりたいから。
「本当は、とってもとっても嫌でした」
「……い、嫌?」
「親同士が決めた縁談で、露骨に嫌がられて、嫌味を言われて、浮気をされて、挙句の果てには私だけが悪いと難癖をつけられて」
改めて考えてみれば、あの婚約は本当に嫌なことしかもたらさなかった。
……本当に嫌だったからこそ。
「でも、確かに私にも、悪いところはあったのだと思います」
「そうかな? 聞いてる限り悪いのはあっちだけじゃない?」
勇者様の言葉に、私は少しだけ微笑んで返す。
「いえ。表情には出さないようにしていましたが、やはり態度のどこかに嫌だなって気持ちが出てたんだと思うんです」
王族たるもの感情を表に出してはいけない、その教えの通りに生きていた。
しかし、アレにあれほど露骨に嫌がられていたからというだけでなく、アレの親の借金をどうにかするためになぜ私がアレと結婚しなければならないのだろうという疑問は態度の端々に出てしまっていたのだろう。
いやだってそうでしょ、アレの借金じゃなくアレの親の借金て。表立ってお父様に文句を言えるわけがないからと黙っていたけど、おかしいでしょ。
「……そっか、じゃあ感情がはみ出しちゃうほど我慢してたんだね、セリーヌさん」
「そう……ですね」
ふふ、と少しだけ笑いながら頷くと、勇者様の大きくて優しい手が私の頭に伸びてきた。
「今までよく頑張ったね、セリーヌさん」
頭をなでてもらった。
そう認識した瞬間、驚きやら嬉しい気持ちやら、あと尊い! 神! という気持ちやらが全部ごちゃまぜになって、堰を切ったように涙が溢れだした。
王命とはいえ、勇者様が、こんなに優しい人が私の婚約者になってくれて本当に良かった。
勇者様がどうせ王族ならこんな無能じゃなくてもっと他の王女が良かったと思ってしまわないように、出来る限り最高の伴侶になれるように頑張らなければ。
「でも……良かったぁ、セリーヌさんがアイツのことなんとも思ってなくて」
良かった、って、どういう意味だろう?
「俺が魔王討伐の褒美に貰えるならセリーヌさんが欲しいみたいなことを口走ったばっかりに無理矢理あの顔のいい男と引き離されたと思ってたらどうしようかってずっと思ってて」
「……え?」
「俺さえ何も言わなかったらあのイケメンと結婚出来たのにって恨まれてたらどうしようかと」
「え?」
「え?」
……え?
「ありがとう」
「飾りは用意できなかったので、勇者様の髪色に合わせたリボンで我慢してくださいね」
「ありがとう」
アレに髪飾りを引っ張られてぐちゃぐちゃになっていた髪を、侍女が綺麗に整えてくれた。
「まだ涙目ですし、落ち着くまでここにいたらいいでしょう。それでは勇者様、セリーヌ様をどうぞよろしくお願いします」
侍女は勇者様に対して深く頭を下げて、静かに部屋の外へと出て行った。
ちなみにドアは少しだけ開けてある。婚約者とはいえ未婚の男女が密室で二人きりというのは問題があるから。……なのだが。
「大丈夫?」
「はい」
隣に座る勇者様との距離が近すぎて密室かどうかなんて関係なく問題がある気がする。主に私の心臓に。ハツカネズミの心拍数超えそうなんですけど。
しばし続く沈黙に、何か言うべきなのだろうかと考えていたところ、勇者様が自分の両膝に両肘を乗せ、そのまま前傾姿勢になっていく。
そして「はぁぁ」と少し長めのため息を零した。
「セリーヌさんに怖い思いと痛い思いをさせた上に泣かせてしまった……」
「タイキ様のせいではありません!」
全てはアレのせい!
あとは私が勝手に泣いただけ!
「いやぁ、もっとこう、スマートに助けたかった……」
「スマート、か、どうかは分かりませんが、音もなく近付いて来たのは見事だったと思います」
近付いてきたことに全く気付かなかったから。あれはすごかった。
「痛い思いをさせたし、なんかやたら怒鳴られてたよね」
「……怒鳴られましたね」
痛みのほうは髪飾りを壊された瞬間の胸の痛みが強かったくらいで、あとは特に気にしていない。
怒鳴られたのも髪飾りが壊れた事実のほうが一大事だったのであまり耳に入っていなかった。
だから勇者様が気に病むことなど本当に一つもないのだ。
「あの、タイキ様、私は本当に何も気にしていませんので、タイキ様も気になさらないで」
「本当に何も気にしてない?」
前傾姿勢のままだった勇者様の視線が、ふとこちらを向く。
それがどういうことかというと、ちょっと上目遣いだということ。要するに、ちょっとかわいくて困るということ。
「本当に、何も」
こくこくと数度頷いて見せる。その上目遣いがちょっと心臓に悪いし、あまりのかわいさに照れてしまいそうだし、ちょっと顔が赤くなりそうなので出来ればやめてほしい。でもやめないでほしい。写真を撮らせてほしい。
「俺、ずっと気になってたんだ。セリーヌさんは、あの男との婚約についてどう思ってたのかな……って」
あんな男との婚約なんてなんとも思ってない。どちらかというと勇者様の敬語がいつの間にかほとんどなくなっている嬉しさのほうが私にとってはとても重要だ。
「どうとも思っておりません」
私がそう答えると、勇者様はじっと私の瞳を見ながら、ゆっくりと口を開く。
「それは、本心?」
「はい。……いえ、本心……」
そんな私の煮え切らない返答に、勇者様の瞳が少しだけ悲し気に揺れた。
「あんな顔のいい男との婚約を逃して残念だな、とか思わなかった?」
勇者様の問いが想定外過ぎて、笑いが込み上げてくる。
「ふふ、妹たちも言っておりました。あの男、顔だけはいいって」
「でしょ? じゃあ、やっぱり……」
本心を、本音を言ってしまうのは少しだけ怖いけれど、勇者様には全て打ち明けたい。そう思った。だって、私はこの人と結婚するのだから。この人と夫婦になるのだから。そう、なりたいから。
「本当は、とってもとっても嫌でした」
「……い、嫌?」
「親同士が決めた縁談で、露骨に嫌がられて、嫌味を言われて、浮気をされて、挙句の果てには私だけが悪いと難癖をつけられて」
改めて考えてみれば、あの婚約は本当に嫌なことしかもたらさなかった。
……本当に嫌だったからこそ。
「でも、確かに私にも、悪いところはあったのだと思います」
「そうかな? 聞いてる限り悪いのはあっちだけじゃない?」
勇者様の言葉に、私は少しだけ微笑んで返す。
「いえ。表情には出さないようにしていましたが、やはり態度のどこかに嫌だなって気持ちが出てたんだと思うんです」
王族たるもの感情を表に出してはいけない、その教えの通りに生きていた。
しかし、アレにあれほど露骨に嫌がられていたからというだけでなく、アレの親の借金をどうにかするためになぜ私がアレと結婚しなければならないのだろうという疑問は態度の端々に出てしまっていたのだろう。
いやだってそうでしょ、アレの借金じゃなくアレの親の借金て。表立ってお父様に文句を言えるわけがないからと黙っていたけど、おかしいでしょ。
「……そっか、じゃあ感情がはみ出しちゃうほど我慢してたんだね、セリーヌさん」
「そう……ですね」
ふふ、と少しだけ笑いながら頷くと、勇者様の大きくて優しい手が私の頭に伸びてきた。
「今までよく頑張ったね、セリーヌさん」
頭をなでてもらった。
そう認識した瞬間、驚きやら嬉しい気持ちやら、あと尊い! 神! という気持ちやらが全部ごちゃまぜになって、堰を切ったように涙が溢れだした。
王命とはいえ、勇者様が、こんなに優しい人が私の婚約者になってくれて本当に良かった。
勇者様がどうせ王族ならこんな無能じゃなくてもっと他の王女が良かったと思ってしまわないように、出来る限り最高の伴侶になれるように頑張らなければ。
「でも……良かったぁ、セリーヌさんがアイツのことなんとも思ってなくて」
良かった、って、どういう意味だろう?
「俺が魔王討伐の褒美に貰えるならセリーヌさんが欲しいみたいなことを口走ったばっかりに無理矢理あの顔のいい男と引き離されたと思ってたらどうしようかってずっと思ってて」
「……え?」
「俺さえ何も言わなかったらあのイケメンと結婚出来たのにって恨まれてたらどうしようかと」
「え?」
「え?」
……え?
13
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
逃げて、追われて、捕まって (元悪役令嬢編)
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で貴族令嬢として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
*****ご報告****
「逃げて、追われて、捕まって」連載版については、2020年 1月28日 レジーナブックス 様より書籍化しております。
****************
サクサクと読める、5000字程度の短編を書いてみました!
なろうでも同じ話を投稿しております。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
[完結]18禁乙女ゲームのモブに転生したら逆ハーのフラグを折ってくれと頼まれた。了解ですが、溺愛は望んでません。
紅月
恋愛
「なに此処、18禁乙女ゲームじゃない」
と前世を思い出したけど、モブだから気楽に好きな事しようって思ってたのに……。
攻略対象から逆ハーフラグを折ってくれと頼まれたので頑張りますが、なんか忙しいんですけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる