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勇者様より顔のいい男なんかこの世に存在しないし多分あの世にもその世にもどの世にも存在しない

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「はい、綺麗になりましたよ」
「ありがとう」
「飾りは用意できなかったので、勇者様の髪色に合わせたリボンで我慢してくださいね」
「ありがとう」

 アレに髪飾りを引っ張られてぐちゃぐちゃになっていた髪を、侍女が綺麗に整えてくれた。

「まだ涙目ですし、落ち着くまでここにいたらいいでしょう。それでは勇者様、セリーヌ様をどうぞよろしくお願いします」

 侍女は勇者様に対して深く頭を下げて、静かに部屋の外へと出て行った。
 ちなみにドアは少しだけ開けてある。婚約者とはいえ未婚の男女が密室で二人きりというのは問題があるから。……なのだが。

「大丈夫?」
「はい」

 隣に座る勇者様との距離が近すぎて密室かどうかなんて関係なく問題がある気がする。主に私の心臓に。ハツカネズミの心拍数超えそうなんですけど。
 しばし続く沈黙に、何か言うべきなのだろうかと考えていたところ、勇者様が自分の両膝に両肘を乗せ、そのまま前傾姿勢になっていく。
 そして「はぁぁ」と少し長めのため息を零した。

「セリーヌさんに怖い思いと痛い思いをさせた上に泣かせてしまった……」
「タイキ様のせいではありません!」

 全てはアレのせい!
 あとは私が勝手に泣いただけ!

「いやぁ、もっとこう、スマートに助けたかった……」
「スマート、か、どうかは分かりませんが、音もなく近付いて来たのは見事だったと思います」

 近付いてきたことに全く気付かなかったから。あれはすごかった。

「痛い思いをさせたし、なんかやたら怒鳴られてたよね」
「……怒鳴られましたね」

 痛みのほうは髪飾りを壊された瞬間の胸の痛みが強かったくらいで、あとは特に気にしていない。
 怒鳴られたのも髪飾りが壊れた事実のほうが一大事だったのであまり耳に入っていなかった。
 だから勇者様が気に病むことなど本当に一つもないのだ。

「あの、タイキ様、私は本当に何も気にしていませんので、タイキ様も気になさらないで」
「本当に何も気にしてない?」

 前傾姿勢のままだった勇者様の視線が、ふとこちらを向く。
 それがどういうことかというと、ちょっと上目遣いだということ。要するに、ちょっとかわいくて困るということ。

「本当に、何も」

 こくこくと数度頷いて見せる。その上目遣いがちょっと心臓に悪いし、あまりのかわいさに照れてしまいそうだし、ちょっと顔が赤くなりそうなので出来ればやめてほしい。でもやめないでほしい。写真を撮らせてほしい。

「俺、ずっと気になってたんだ。セリーヌさんは、あの男との婚約についてどう思ってたのかな……って」

 あんな男との婚約なんてなんとも思ってない。どちらかというと勇者様の敬語がいつの間にかほとんどなくなっている嬉しさのほうが私にとってはとても重要だ。

「どうとも思っておりません」

 私がそう答えると、勇者様はじっと私の瞳を見ながら、ゆっくりと口を開く。

「それは、本心?」
「はい。……いえ、本心……」

 そんな私の煮え切らない返答に、勇者様の瞳が少しだけ悲し気に揺れた。

「あんな顔のいい男との婚約を逃して残念だな、とか思わなかった?」

 勇者様の問いが想定外過ぎて、笑いが込み上げてくる。

「ふふ、妹たちも言っておりました。あの男、顔だけはいいって」
「でしょ? じゃあ、やっぱり……」

 本心を、本音を言ってしまうのは少しだけ怖いけれど、勇者様には全て打ち明けたい。そう思った。だって、私はこの人と結婚するのだから。この人と夫婦になるのだから。そう、なりたいから。

「本当は、とってもとっても嫌でした」
「……い、嫌?」
「親同士が決めた縁談で、露骨に嫌がられて、嫌味を言われて、浮気をされて、挙句の果てには私だけが悪いと難癖をつけられて」

 改めて考えてみれば、あの婚約は本当に嫌なことしかもたらさなかった。
 ……本当に嫌だったからこそ。

「でも、確かに私にも、悪いところはあったのだと思います」
「そうかな? 聞いてる限り悪いのはあっちだけじゃない?」

 勇者様の言葉に、私は少しだけ微笑んで返す。

「いえ。表情には出さないようにしていましたが、やはり態度のどこかに嫌だなって気持ちが出てたんだと思うんです」

 王族たるもの感情を表に出してはいけない、その教えの通りに生きていた。
 しかし、アレにあれほど露骨に嫌がられていたからというだけでなく、アレの親の借金をどうにかするためになぜ私がアレと結婚しなければならないのだろうという疑問は態度の端々に出てしまっていたのだろう。
 いやだってそうでしょ、アレの借金じゃなくアレの親の借金て。表立ってお父様に文句を言えるわけがないからと黙っていたけど、おかしいでしょ。

「……そっか、じゃあ感情がはみ出しちゃうほど我慢してたんだね、セリーヌさん」
「そう……ですね」

 ふふ、と少しだけ笑いながら頷くと、勇者様の大きくて優しい手が私の頭に伸びてきた。

「今までよく頑張ったね、セリーヌさん」

 頭をなでてもらった。

 そう認識した瞬間、驚きやら嬉しい気持ちやら、あと尊い! 神! という気持ちやらが全部ごちゃまぜになって、堰を切ったように涙が溢れだした。
 王命とはいえ、勇者様が、こんなに優しい人が私の婚約者になってくれて本当に良かった。
 勇者様がどうせ王族ならこんな無能じゃなくてもっと他の王女が良かったと思ってしまわないように、出来る限り最高の伴侶になれるように頑張らなければ。

「でも……良かったぁ、セリーヌさんがアイツのことなんとも思ってなくて」

 良かった、って、どういう意味だろう?

「俺が魔王討伐の褒美に貰えるならセリーヌさんが欲しいみたいなことを口走ったばっかりに無理矢理あの顔のいい男と引き離されたと思ってたらどうしようかってずっと思ってて」
「……え?」
「俺さえ何も言わなかったらあのイケメンと結婚出来たのにって恨まれてたらどうしようかと」
「え?」
「え?」

 ……え?




 
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