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勇者のちょっと前の話
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Side:勇者・仁志太樹
そもそも、俺には元の世界に帰りたくない理由もある。
もちろん今帰ったところで死んだことになっているから帰れないのだけれど、それを一旦置いておくとして。
帰れない、ではなく、帰りたくないのだ。
なぜなら、俺はこの世界に来て初めて恋をしたから。
元の世界では友達の彼女を見て、彼女がいるって羨ましいなと思う程度で、実際には好きな人すら出来なかった。
大学に入れば彼女くらい出来るのではないかと思ったこともあるのだが、地味に消防士や救急救命士が諦められなかった俺は、就職した後に金を貯めて改めて勉強すればいいのでは、と思い立った。
成人した後、自分の金で学校に行くのであれば親に許可をとる必要もないし、と。
しかしまぁ救急救命士になるというのはなかなかにハードルが高い。
就職した後に勉強を始めたところで間に合わないのでは? と思った俺は大学での勉強と重ねてあれこれ情報収集をしたり勉強をしたりと多忙を極めていた。
さらにどちらも体力仕事だし、過程によっては体力検査もあるって話だったので体力づくりにも励んでいたっけ。ちなみに体力づくりのほうはこの勇者って職業でも役に立ったので無駄にはならなかった。
そんな感じで大学時代は勉強と体力づくりとバイトに追われて人間関係はおろそかになって、恋どころか友達もいなかったわけだ。
そこからなかなかのブラック企業に入社したもんだから人間関係どころか人間生活さえもおろそかになっていって、なんのために生きてるのか分からなくなったところで地元が大惨事で、いつの間にか何もかもを失っていて。
そんな俺が、この世界に来て初めて恋をした。まぁ、恋をした瞬間失恋が確定したわけだけど、それでも誰かを好きになるのはとても楽しかった。
俺の一目惚れで、きちんと会ったこともなければ当然話したこともないけれど、見かけるだけで嬉しかった。
今日も元気そうだな、とか、今日も可愛いな、とか。ただそれだけで。
初めて見たのは、この王城にある薔薇園だった。薔薇の世話をしているとてつもなく可愛い子を見かけたのが最初。
次に見かけたのは、王城の近くにある孤児院で。孤児たちと戯れている姿が可愛かった。
さらに次に見かけたのは色とりどりの小鳥たちが飼われている庭園だった。軍事会議が行われている会議室の窓から見かけたんだったな。もうすでに懐かしい。
それから、この気持ちが恋なのかもしれないと気が付いたのは、魔王を討伐するまでもう一息、って時だった。
魔王討伐部隊の疲労も溜まっていたので、英気を養おうと騎士団長が王城近くの美味しいお店に連れて行ってくれた時のこと。
「今日の店は俺が一番気に入ってる店でなぁ」
という、上機嫌な騎士団長の隣を歩いていた道中で、いつものとてつもなく可愛い子を見付けたのだ。
彼女は店ではなく、施設のようなところにいた。
大きな窓があって、中には猫がたくさんいるのが見える。
いやしかしあのとてつもなく可愛い子と猫が一緒にいるのめちゃくちゃ可愛いな。
「騎士団長、あれは?」
「あれは行き場のなくなった猫を保護する施設だ」
こっちの世界にも保護猫がいるんだなぁ。
「あと、あの子は……」
施設内にいるとてつもなく可愛い子を見ながら呟けば、騎士団長がにんまりとした顔でそれを拾った。
「ああ、あれはうちの不遇の王女殿下だ」
「不遇?」
「そう。先天性の魔力欠乏症で、貴族たちからは無能だと陰口を叩かれてる」
「そんな……」
先天性の魔力欠乏症とやらは、なぜか王族にだけ出現する奇病らしい。治療法もないのだとか。
王族相手に陰口なんか叩いても大丈夫なのかと問えば、大昔同じ奇病を患った王子が、無能だと言ったやつを全員不敬罪で裁き散らかしてえらいことになったから、今では聞こえないふりをするのが当たり前らしい。酷い話だ。陰口のほうをやめろよ。
「そういや結局バタバタしてて王族の皆さんとの挨拶も出来てないんだったなぁ」
「そうなんすよね。この国の王城にはよく来るけど転移魔法使ってるから滞在時間は少ないし。だからどの人が王族でどの人が貴族なのかもさっぱり」
「だろうなぁ。……それで? お前さんはああいう子が好みなのか?」
さっきよりもさらににんまりと笑った騎士団長と目が合って、俺は妙な汗をかいた。図星だったから。
「あ、いや、別にそういう」
「美人だもんなぁ、王女殿下」
「それは、まぁ」
「魔王を倒せば褒美なんか貰い放題だろうし、あの子が欲しいって言ってみればいいんじゃないか?」
「あぁ……そういうことも出来るのか……」
魔王を倒してくれれば褒美はいくらでも用意する、そんな話をこの国の王様からされた時は、特に物欲もないしなぁと思っていたけれど、褒美=物じゃなくてもいいのか。
「ただまぁ、王女殿下には婚約者がいるんだけどなぁ」
「えっ……」
そう。この瞬間、俺の失恋は確定した。恋を自覚して間もなく玉砕するとは。
ものの見事に凹んでいると、俺たちの会話を聞いていたらしい魔術師が口を挟んできた。
「婚約してるだけで結婚してるわけじゃないんだし、褒美として求めれば貰えるでしょ!」
と。
「貰えるって、そんな、あの子を物みたいに……」
「まぁでも言うだけ言ってみればいいじゃない。私、言っといてあげるー!」
「え!」
その後すぐに別の話に変わったから、魔術師の「言っといてあげる」発言は冗談なのだと思っていた。
しかし、冗談ではなかった。
魔王討伐後のパーティーで、本当にあのとてつもなく可愛い子が俺の婚約者になってしまったのだから。
そのパーティーの中で、魔術師に「あれが王女の元婚約者よ!」と教えられたのだが、それがもうめちゃくちゃイケメンで、俺はもしかしたらとてつもなく可愛い王女様にとんでもなく嫌われたのではないかと内心ビクビクしている。
だって俺が何も言わなければ王女様はあのイケメンと結婚してたのに。
俺が無理矢理あのイケメンと引き剥がしたことになってるわけだから……恨まれてる可能性もあるよなぁ……。
せめてもの救いは王女様がそれほど悲しんでいる様子を見せていないことだが、王族はそう簡単に感情を表に出したりはしないはずなので、心の中で何を思っているのかなんて誰にも分からないのだ。
王女様は、本当に俺なんかと結婚していいのかな……。
そもそも、俺には元の世界に帰りたくない理由もある。
もちろん今帰ったところで死んだことになっているから帰れないのだけれど、それを一旦置いておくとして。
帰れない、ではなく、帰りたくないのだ。
なぜなら、俺はこの世界に来て初めて恋をしたから。
元の世界では友達の彼女を見て、彼女がいるって羨ましいなと思う程度で、実際には好きな人すら出来なかった。
大学に入れば彼女くらい出来るのではないかと思ったこともあるのだが、地味に消防士や救急救命士が諦められなかった俺は、就職した後に金を貯めて改めて勉強すればいいのでは、と思い立った。
成人した後、自分の金で学校に行くのであれば親に許可をとる必要もないし、と。
しかしまぁ救急救命士になるというのはなかなかにハードルが高い。
就職した後に勉強を始めたところで間に合わないのでは? と思った俺は大学での勉強と重ねてあれこれ情報収集をしたり勉強をしたりと多忙を極めていた。
さらにどちらも体力仕事だし、過程によっては体力検査もあるって話だったので体力づくりにも励んでいたっけ。ちなみに体力づくりのほうはこの勇者って職業でも役に立ったので無駄にはならなかった。
そんな感じで大学時代は勉強と体力づくりとバイトに追われて人間関係はおろそかになって、恋どころか友達もいなかったわけだ。
そこからなかなかのブラック企業に入社したもんだから人間関係どころか人間生活さえもおろそかになっていって、なんのために生きてるのか分からなくなったところで地元が大惨事で、いつの間にか何もかもを失っていて。
そんな俺が、この世界に来て初めて恋をした。まぁ、恋をした瞬間失恋が確定したわけだけど、それでも誰かを好きになるのはとても楽しかった。
俺の一目惚れで、きちんと会ったこともなければ当然話したこともないけれど、見かけるだけで嬉しかった。
今日も元気そうだな、とか、今日も可愛いな、とか。ただそれだけで。
初めて見たのは、この王城にある薔薇園だった。薔薇の世話をしているとてつもなく可愛い子を見かけたのが最初。
次に見かけたのは、王城の近くにある孤児院で。孤児たちと戯れている姿が可愛かった。
さらに次に見かけたのは色とりどりの小鳥たちが飼われている庭園だった。軍事会議が行われている会議室の窓から見かけたんだったな。もうすでに懐かしい。
それから、この気持ちが恋なのかもしれないと気が付いたのは、魔王を討伐するまでもう一息、って時だった。
魔王討伐部隊の疲労も溜まっていたので、英気を養おうと騎士団長が王城近くの美味しいお店に連れて行ってくれた時のこと。
「今日の店は俺が一番気に入ってる店でなぁ」
という、上機嫌な騎士団長の隣を歩いていた道中で、いつものとてつもなく可愛い子を見付けたのだ。
彼女は店ではなく、施設のようなところにいた。
大きな窓があって、中には猫がたくさんいるのが見える。
いやしかしあのとてつもなく可愛い子と猫が一緒にいるのめちゃくちゃ可愛いな。
「騎士団長、あれは?」
「あれは行き場のなくなった猫を保護する施設だ」
こっちの世界にも保護猫がいるんだなぁ。
「あと、あの子は……」
施設内にいるとてつもなく可愛い子を見ながら呟けば、騎士団長がにんまりとした顔でそれを拾った。
「ああ、あれはうちの不遇の王女殿下だ」
「不遇?」
「そう。先天性の魔力欠乏症で、貴族たちからは無能だと陰口を叩かれてる」
「そんな……」
先天性の魔力欠乏症とやらは、なぜか王族にだけ出現する奇病らしい。治療法もないのだとか。
王族相手に陰口なんか叩いても大丈夫なのかと問えば、大昔同じ奇病を患った王子が、無能だと言ったやつを全員不敬罪で裁き散らかしてえらいことになったから、今では聞こえないふりをするのが当たり前らしい。酷い話だ。陰口のほうをやめろよ。
「そういや結局バタバタしてて王族の皆さんとの挨拶も出来てないんだったなぁ」
「そうなんすよね。この国の王城にはよく来るけど転移魔法使ってるから滞在時間は少ないし。だからどの人が王族でどの人が貴族なのかもさっぱり」
「だろうなぁ。……それで? お前さんはああいう子が好みなのか?」
さっきよりもさらににんまりと笑った騎士団長と目が合って、俺は妙な汗をかいた。図星だったから。
「あ、いや、別にそういう」
「美人だもんなぁ、王女殿下」
「それは、まぁ」
「魔王を倒せば褒美なんか貰い放題だろうし、あの子が欲しいって言ってみればいいんじゃないか?」
「あぁ……そういうことも出来るのか……」
魔王を倒してくれれば褒美はいくらでも用意する、そんな話をこの国の王様からされた時は、特に物欲もないしなぁと思っていたけれど、褒美=物じゃなくてもいいのか。
「ただまぁ、王女殿下には婚約者がいるんだけどなぁ」
「えっ……」
そう。この瞬間、俺の失恋は確定した。恋を自覚して間もなく玉砕するとは。
ものの見事に凹んでいると、俺たちの会話を聞いていたらしい魔術師が口を挟んできた。
「婚約してるだけで結婚してるわけじゃないんだし、褒美として求めれば貰えるでしょ!」
と。
「貰えるって、そんな、あの子を物みたいに……」
「まぁでも言うだけ言ってみればいいじゃない。私、言っといてあげるー!」
「え!」
その後すぐに別の話に変わったから、魔術師の「言っといてあげる」発言は冗談なのだと思っていた。
しかし、冗談ではなかった。
魔王討伐後のパーティーで、本当にあのとてつもなく可愛い子が俺の婚約者になってしまったのだから。
そのパーティーの中で、魔術師に「あれが王女の元婚約者よ!」と教えられたのだが、それがもうめちゃくちゃイケメンで、俺はもしかしたらとてつもなく可愛い王女様にとんでもなく嫌われたのではないかと内心ビクビクしている。
だって俺が何も言わなければ王女様はあのイケメンと結婚してたのに。
俺が無理矢理あのイケメンと引き剥がしたことになってるわけだから……恨まれてる可能性もあるよなぁ……。
せめてもの救いは王女様がそれほど悲しんでいる様子を見せていないことだが、王族はそう簡単に感情を表に出したりはしないはずなので、心の中で何を思っているのかなんて誰にも分からないのだ。
王女様は、本当に俺なんかと結婚していいのかな……。
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