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ガールズトーク
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サロモンとイヴォンが近くの森にアブルの止まり木を探しに行った時のこと。
家に残された私とティーモは優雅にティータイムを楽しんでいた。
「本当にあの家を出ちゃったんですねぇ」
徐々に家具が整っていく家の中を眺めながら、ティーモが感慨深げに呟いた。
「そうねぇ」
ゆるく返事をしながら、私はイヴォンが用意してくれていたクッキーを口に入れる。甘くて美味しい。
「私、ずっと気になってたことがあるんですが、聞いてもいいですか?」
そんなティーモの問いかけに、私はこくりと一つ頷く。
「サロモン様が言っていた、リゼット様があのままあの家にいたら殺される……みたいな話、本当に信じてます?」
露骨ではないけれど、どこか怪訝そうな顔をしている。
サロモンが言っていたあの話は、未来予知のようななんとも言えない不思議な話だったから、ティーモはきっと半信半疑だったのだろう。
当事者である私だって正直に言ってしまえば半信半疑だもの。
「正直なところ、全てを信じたわけではないの」
私がそう答えれば、ティーモは目を丸くしたけれど、すぐにどこかほっとしたような笑顔を見せた。
「不思議な話でしたもんね! リゼット様はサロモン様の話を盲信しちゃったのかと思ってました」
あの不思議な話を盲信したヤバい奴かもしれないと思われていたのだろうか……。
「盲信するほど信じてはいないけれど、あの父親だった人物なら、私を駒にして金を手に入れようとするだろうなとは思ったわ」
そう。完全に信じたわけではない。
だがしかし、可能性は0ではないなと思ったのだ。
だってあの男だもの。やりかねない。
「……一応あれでもお二人の父親なので、今まで我慢していましたが、酷い人間でしたよね」
「そうね。酷い人間だった。どうやったらあんな人間が育つのか、祖父母に聞いてみたかったわ。どんな育て方したのかって」
「ですよね。私がもし今後結婚して息子を産んで、将来あんな化け物みたいなクソ野郎に育ったらどうしようかって日々ぞわぞわしてました」
「分かるわ。化け物みたいなクソ野郎は気付いていないのよ。自分のせいで周囲の人間の大多数が不幸になっていることに」
「おおおぞわぞわします」
鳥肌が立つわね、と言って二人して己の両腕を擦る。
そして今後はあれと一生関わらなくていいと思うと心底ほっとする。
「で、リゼット様、じゃああの化け物の話以外は信じてないんですか?」
「そうねぇ……半信半疑、かしらねぇ」
なんとも言えない、というのが正しいのかもしれない。
出てきた人物の一人に王族がいるというのも、難しい話だ。
私たちが高位貴族であったなら、政略結婚の相手に王族が出て来てもおかしくはなかったのだろうが、私たちは元伯爵家だ。
現在あの国には王家を守護する四公爵八侯爵という存在があって、それだけでも公爵家は四家、侯爵家は八家。
その他にもそのへんの分家がどうとか、そこに入っていない侯爵家がいくつか、とか、王族のお相手といえばそのあたりから出るのが通例だ。
そもそも四公爵八侯爵の中にも結婚適齢期の女性はうじゃうじゃいたはず。
四公爵八侯爵どの家も全て第一王子派とか? いや確か中立派の公爵はいたはずだし、どちらにしても体裁的な意味で高位貴族から誰かを娶るのが当たり前の話だろう。
何がどうなって伯爵家が出したであろう話に第二王子が乗ってくるのか。
別に第二王子との接点なんかなかったはず……。あったとしたら王家主催の夜会で顔くらいは見た……ような……?
まぁその程度だし、父親だった奴が王家の人に近づいている様子も見たことはない。
……と、そこまで考えると半信半疑かどうかも怪しいし、どちらかというと疑のほうが大きいのだが。
「正直なところ冷静に考えれば信じる気持ちより疑う気持ちのほうが大きいような気もするけれど……でもあの子の話って、昔から妙に説得力があるのよね」
「昔から、ですか?」
「そう。不思議なんだけど、本当に昔、私自身も小さくて記憶が曖昧な頃から……」
「そんなに昔……」
「あの子が5歳くらいの時からかな、時々大人と話しているみたいな、妙な感覚になることがあって。まぁ私とあの子は2歳差だから、あの頃の私は7歳で、私の勘違いもあるかもしれないけれど」
とにかく言語化するには難しい、不思議な雰囲気を持っていたのは確かだった。
「そういえば、イヴォンさんもサロモン様は不思議な人だと言ってましたね。たまに人には見えないなにかを見てるような、って」
「そうそう。同じ方向を見てるのに、サロモンだけは違うものを見てるみたいな時があるのよ」
「不思議な人なんですね、サロモン様って」
「そうなの。だからサロモンの言う通りにしていれば間違いはないんじゃないかなと思って家を出た。ま、あの父親だった人間と縁を切りたい気持ちもあったし。いえ、むしろその気持ちのほうが大きかったわね。あれと離れられるなら何でも良かった」
そんな私の言葉に、ティーモも渋い顔をした。
「私はそんな感じだけれど、ティーモは本当に良かったの?」
「はい?」
「私たちに付いてきて本当に良かったの?」
前に聞いたときはサロモンもイヴォンもいたから本音が言えなかったのかもしれないと思って聞いたのだが。
「私は喜んで付いてきましたからね。私一人でリゼット様専属侍女ですよ? 要するにリゼット様独り占め状態。新しい家はサロモン様とリゼット様のものだから、私の仕事が全てリゼット様のためになる」
「そんなことで」
「そんなことじゃなくて大切なことです。私そもそもリゼット様のお顔がとても好きなんです。働き始めた最初の日、こんなに綺麗な人がこの世にいるんだって感動したくらいで」
まさかの顔面。
「今ではもちろん優しいところも穏やかなところも、時々おっちょこちょいなところも全部好きですけど、当初はこの顔を見ていられるなら多少性格が悪くても我慢出来るなって思ってました」
ティーモはあははと笑っている。
私のほうは多少呆気にとられているけれど。
「サロモン様にはきっと見抜かれてたんでしょうね。付いてきたらリゼット様を着せ替え人形みたいに出来るよって言われましたし」
「サロモンったら!」
「えへへ、それで見事に一本釣りされて来ましたのでたまに着せ替え人形になってもらえたら嬉しいなと思ってます」
冗談では、と思ったけれど、ティーモが満面の笑みを浮かべていたので……本気かもしれない。
「ええと、考えておくわね」
「やったー!」
本気で喜んじゃってる……!
家に残された私とティーモは優雅にティータイムを楽しんでいた。
「本当にあの家を出ちゃったんですねぇ」
徐々に家具が整っていく家の中を眺めながら、ティーモが感慨深げに呟いた。
「そうねぇ」
ゆるく返事をしながら、私はイヴォンが用意してくれていたクッキーを口に入れる。甘くて美味しい。
「私、ずっと気になってたことがあるんですが、聞いてもいいですか?」
そんなティーモの問いかけに、私はこくりと一つ頷く。
「サロモン様が言っていた、リゼット様があのままあの家にいたら殺される……みたいな話、本当に信じてます?」
露骨ではないけれど、どこか怪訝そうな顔をしている。
サロモンが言っていたあの話は、未来予知のようななんとも言えない不思議な話だったから、ティーモはきっと半信半疑だったのだろう。
当事者である私だって正直に言ってしまえば半信半疑だもの。
「正直なところ、全てを信じたわけではないの」
私がそう答えれば、ティーモは目を丸くしたけれど、すぐにどこかほっとしたような笑顔を見せた。
「不思議な話でしたもんね! リゼット様はサロモン様の話を盲信しちゃったのかと思ってました」
あの不思議な話を盲信したヤバい奴かもしれないと思われていたのだろうか……。
「盲信するほど信じてはいないけれど、あの父親だった人物なら、私を駒にして金を手に入れようとするだろうなとは思ったわ」
そう。完全に信じたわけではない。
だがしかし、可能性は0ではないなと思ったのだ。
だってあの男だもの。やりかねない。
「……一応あれでもお二人の父親なので、今まで我慢していましたが、酷い人間でしたよね」
「そうね。酷い人間だった。どうやったらあんな人間が育つのか、祖父母に聞いてみたかったわ。どんな育て方したのかって」
「ですよね。私がもし今後結婚して息子を産んで、将来あんな化け物みたいなクソ野郎に育ったらどうしようかって日々ぞわぞわしてました」
「分かるわ。化け物みたいなクソ野郎は気付いていないのよ。自分のせいで周囲の人間の大多数が不幸になっていることに」
「おおおぞわぞわします」
鳥肌が立つわね、と言って二人して己の両腕を擦る。
そして今後はあれと一生関わらなくていいと思うと心底ほっとする。
「で、リゼット様、じゃああの化け物の話以外は信じてないんですか?」
「そうねぇ……半信半疑、かしらねぇ」
なんとも言えない、というのが正しいのかもしれない。
出てきた人物の一人に王族がいるというのも、難しい話だ。
私たちが高位貴族であったなら、政略結婚の相手に王族が出て来てもおかしくはなかったのだろうが、私たちは元伯爵家だ。
現在あの国には王家を守護する四公爵八侯爵という存在があって、それだけでも公爵家は四家、侯爵家は八家。
その他にもそのへんの分家がどうとか、そこに入っていない侯爵家がいくつか、とか、王族のお相手といえばそのあたりから出るのが通例だ。
そもそも四公爵八侯爵の中にも結婚適齢期の女性はうじゃうじゃいたはず。
四公爵八侯爵どの家も全て第一王子派とか? いや確か中立派の公爵はいたはずだし、どちらにしても体裁的な意味で高位貴族から誰かを娶るのが当たり前の話だろう。
何がどうなって伯爵家が出したであろう話に第二王子が乗ってくるのか。
別に第二王子との接点なんかなかったはず……。あったとしたら王家主催の夜会で顔くらいは見た……ような……?
まぁその程度だし、父親だった奴が王家の人に近づいている様子も見たことはない。
……と、そこまで考えると半信半疑かどうかも怪しいし、どちらかというと疑のほうが大きいのだが。
「正直なところ冷静に考えれば信じる気持ちより疑う気持ちのほうが大きいような気もするけれど……でもあの子の話って、昔から妙に説得力があるのよね」
「昔から、ですか?」
「そう。不思議なんだけど、本当に昔、私自身も小さくて記憶が曖昧な頃から……」
「そんなに昔……」
「あの子が5歳くらいの時からかな、時々大人と話しているみたいな、妙な感覚になることがあって。まぁ私とあの子は2歳差だから、あの頃の私は7歳で、私の勘違いもあるかもしれないけれど」
とにかく言語化するには難しい、不思議な雰囲気を持っていたのは確かだった。
「そういえば、イヴォンさんもサロモン様は不思議な人だと言ってましたね。たまに人には見えないなにかを見てるような、って」
「そうそう。同じ方向を見てるのに、サロモンだけは違うものを見てるみたいな時があるのよ」
「不思議な人なんですね、サロモン様って」
「そうなの。だからサロモンの言う通りにしていれば間違いはないんじゃないかなと思って家を出た。ま、あの父親だった人間と縁を切りたい気持ちもあったし。いえ、むしろその気持ちのほうが大きかったわね。あれと離れられるなら何でも良かった」
そんな私の言葉に、ティーモも渋い顔をした。
「私はそんな感じだけれど、ティーモは本当に良かったの?」
「はい?」
「私たちに付いてきて本当に良かったの?」
前に聞いたときはサロモンもイヴォンもいたから本音が言えなかったのかもしれないと思って聞いたのだが。
「私は喜んで付いてきましたからね。私一人でリゼット様専属侍女ですよ? 要するにリゼット様独り占め状態。新しい家はサロモン様とリゼット様のものだから、私の仕事が全てリゼット様のためになる」
「そんなことで」
「そんなことじゃなくて大切なことです。私そもそもリゼット様のお顔がとても好きなんです。働き始めた最初の日、こんなに綺麗な人がこの世にいるんだって感動したくらいで」
まさかの顔面。
「今ではもちろん優しいところも穏やかなところも、時々おっちょこちょいなところも全部好きですけど、当初はこの顔を見ていられるなら多少性格が悪くても我慢出来るなって思ってました」
ティーモはあははと笑っている。
私のほうは多少呆気にとられているけれど。
「サロモン様にはきっと見抜かれてたんでしょうね。付いてきたらリゼット様を着せ替え人形みたいに出来るよって言われましたし」
「サロモンったら!」
「えへへ、それで見事に一本釣りされて来ましたのでたまに着せ替え人形になってもらえたら嬉しいなと思ってます」
冗談では、と思ったけれど、ティーモが満面の笑みを浮かべていたので……本気かもしれない。
「ええと、考えておくわね」
「やったー!」
本気で喜んじゃってる……!
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