元歌い手悪役令嬢、うっかりラスボスに懐かれる

蔵崎とら

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鉢合わせ

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「えーっと……観光、ですか?」

 オーバル家にとってはとんでもねぇ客人であるクリストハルト様を、とりあえず応接室にお通しした。
 現在応接室にはクリストハルト様、弟、私、そしてマリカさんの四名がいる。
 そんな中、誰も喋り出さなかったので私が口を開き第一声を放ったのだ。
 ちなみにクリストハルト様は黙っているわけではなくて、口の中いっぱいに唐揚げを頬張っているから言葉を発せないだけである。
 応接室には唐揚げとポテトのいい匂いが充満していて今にもお腹が鳴りそうだ。

「かんこう……んぐ」

 口の中の物がなくなってから喋りなよ。まぁ話しかけたのは私なんだけども。

「観光ではなくて、ルーシャがここにいるって聞いたから興味本位で来たらどこからどう見ても観光してる人みたいになっただけかな」

 ……ということは、私に会うためにここに来たってこと?

「私が?」
「そう。ルーシャに見せたい物があってマキオン家に行ったらここにいるって言われたから」
「見せたい物?」
「うん。でもここではちょっと……」

 もしやまたマキオンパールマラカスを進化させたのか? と首を傾げていたところ、ふと弟が口を開いた。

「折角ですし、お二人でこの領地内を見て回ってはどうでしょう?」
「そうしよう!」

 その見せたい物とやらが、ここでは見せにくい物だったのだろうか? クリストハルト様は弟の提案に食い気味で乗った。

「行こうルーシャ。あ、このポテトはジョイル君たちにあげるね。こっちは俺の食べかけだから」

 クリストハルト様はそう言って残っていた唐揚げを頬張りながら応接室を出ようとしている。私もポテト食べたかった。

「あっちに噴水広場みたいなところがあったからそっちに行こう」

 ルンルンのクリストハルト様に連れられて歩く。
 オーバン家のお屋敷から外に出たところで、人だかりが視界に入った。
 あれはマリカさんのつまみ細工が置いてある店舗の入り口だ。どうやら大盛況過ぎて店にも入れないらしい。お店に入れないからと諦めて帰っている人もいるようだ。
 つまみ細工がもう少し量産出来たら、と思わないこともないけれど、弟に言わせてみればあまり量産すると希少価値が下がるから今はこれでいいのだとか。
 そんな弟はこの流行が落ち着いてきた頃合いを見てあのカラーマキオンパールを世に出すつもりなのか。やり手だなぁ。

「ところでクリストハルト様、その背中に背負ってる荷物は……?」
「あぁ、これが見せたい物」

 デカいマキオンパールマラカス……ではなさそうだな。

「あのベンチに座ろう」

 オーバン家のお屋敷からそう遠くないところに、クリストハルト様の言っていた噴水広場らしき場所があった。
 私たちはその噴水広場らしき場所にあったベンチに腰掛ける。

「よいしょ」

 クリストハルト様は背負っていた荷物を膝の上に乗せて、満面の笑みを浮かべながら中身を取り出した。

「え、ギター……?」
「そう!」

 なんと、クリストハルト様が背負っていたのはギターだった。

「日本にあったギターとは多少違うけど、ほぼほぼギター。こないだの夜会の時にいた楽団の人が持ってたんだよね」

 そういえば、あの夜会の日、クリストハルト様は何かを見て目を輝かせていた。
 何を見たのだろうと思っていたが、まさかギターだったとは。

「そんでギターの入手先を聞いて探し回って練習して、ルーシャに見せようと思ってマキオン家に行ったらここにいるって教えてもらって、っていう流れで」
「その流れで唐揚げとポテトを」
「ははは、匂いにつられていつの間にか買ってた」

 確かにいい匂いするもんね。

「あとおにぎりもあったから後で一緒に食べよう」
「あ、はい」
「それで、本題はこっち。ギターだよ」

 クリストハルト様はそう言ってギターをジャーンと鳴らす。
 応接室でギターを出し渋っていたのはこの音のせいだったのかもしれない。人の家の中でこんなデカい音は出しづらいだろうし。
 しかし日本にあったギターとは違うと言っていたけれど、音は完全にギターそのものだった。
 その音に感動していたら、クリストハルト様が私の好きだった歌のイントロを奏で始める。
 音が鳴れば体は自然と動き出してしまうもの。本当に本当に自然な流れで、私は歌い出す。
 クリストハルト様の伴奏と、己の手拍子と歌。それに合わせて揺れる二人の体。たったそれだけでこんなにも楽しく幸せなのだと実感した。
 だがしかし、そんな幸せも束の間のものだった。

「アクセサリー、買えなかったな。ほしかったのに」
「売り切れというなら仕方がないだろう。でも俺が早く用意するように言っておいたから、すぐにでも出来上がるだろう」

 背後から、そんな声が聞こえた。女の声と男の声。
 女の声に聞き覚えはなかったが、この妙に偉そうな男の声には聞き覚えがあった。
 それなのに、この幸せの時間が楽しすぎて、その聞き覚えがある声の主を思い出すのに少し時間がかかってしまった。
 それが私の失敗だった。

「ルーシャ……?」

 名前を呼ばれたので、反射的に振り返った。
 満面の笑みで歌いながら。
 それでも、声の主の顔を見た瞬間、私の顔面から笑顔が消えた。

「ルーシャ、こんなところで何をしてるんだ?」

 常に半ギレの男、フランシス・ヴィージンガーだ。最悪だ。




  
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