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代理人、学園生活で浮く
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学園に通い始めてから、一つだけ気が付いたことがある。
それは、あの例の遊び部屋にいたやつらがどいつもこいつもめっちゃモテるってこと。
つらく厳しい……というよりクソめんどくせぇ王妃教育とやらを受け続け、あんなに嫌だったあの遊び部屋がマジクソぬるいと思うくらいになったりして、やっと学園に通う歳になっていた。長かった。
学園は社交の練習という括りだそうで、学園に通う間は王妃教育から解放されるらしい。
学園に通うことなど楽しみでもなんでもなかったけれど、王妃教育から離れられるのならもうなんでもいい。
そんな解放感を抱えて学園に通い始めたわけだけど、それはそれで居心地が悪かった。なぜなら、私の周囲にいるやつらがどいつもこいつもモテるから。
モテる男の近くにいると、女子からの視線が突き刺さる。それはもう視線だけで人が殺せるんじゃないかってくらい突き刺さる。
単純にやつらの近くにいるだけで視線が刺さるわけだけど、それに加えて私は世間から嫌われている侯爵家の令嬢である。
だからもうほんのちょっとでもやつらの中の誰かといただけで「なんであんな奴が彼の側にいるの?」と聞こえるように言われたりする。
おいおいおい私は高位貴族だぞ? 高位貴族か? 高位貴族だったはずだけどな……? と思いつつも女同士の喧嘩が苦手過ぎて口出しは出来ない。
相手が男なら「上等だてめぇ表出ろ」っつって拳でなんとかするんだけれども、女相手だと適当に手なんか出そうものならめそめそ泣くだとか徒党を組んで陰湿な嫌がらせをしてくるだとか、なんか地味に嫌な思いをすることになる。
私はそういう面倒臭いことが何よりも嫌いなのである。
それはともかくとして、あの遊び部屋にいたやつらがモテる理由はというと、シンプルに顔がいいのと身分が高いから。
王子殿下を筆頭に公爵家だの侯爵家だの、確かに高いわな。あの部屋では身分が低い扱いを受けていたノアだって伯爵家なのだから、学園全体で見れば高いほうである。父親は騎士団長様だしね。
顔のほうは、まあ皆元々キレイではあった。知り合った当初は皆ただのクソガキだったのに、あれから三年ちょい経った今は立派に成長している。
皆背も伸びたし声変わりもしたしな。私はあんまり伸びなかったけど。悔しい。
ちなみに一番背が伸びたのは断トツでノアだった。クソガキの頃は私とそんなに変わらなかったのに、今ではもう180cmを超えようとしているらしい。まだ十四歳とかそんなもんなのに。
まだ伸びてるって言ってたし、どんだけ伸びるつもりだよって話なわけだけど、確かノアのお父様も大きかったしな。伸びるんだろうな……。
あと、あの頃は私を見かけたらすぐに駆け寄ってきていたけれど、最近はそんなことしない。のしのし近付いてくる。まぁ足が長いから駆け寄る必要がないんだろうけど、なんというか……可愛がっていたチワワがいつのまにかセントバーナードに成長したみたいな感慨深さと、あまりの足の長さにちょっとした腹立たしさを感じる。いや別に大きくなったノアが悪いわけではないし伸びなかった私の足が悪いだけなんだけれども。
そしてその高身長にふわふわ金髪とキラキラ碧眼は相変わらず健在で、身分も伯爵家という下位貴族の人たちも頑張れば手が届きそうな位置にいるってことでノアはガチでモテている。
ただノアは躱しかたが上手いのか、群がられていることはない。まぁ一定の距離を保った位置に常に肉食獣みたいな顔をした女の子がちらほらいたりはする、って感じかな。狙われてはいる。明らかに。
王子殿下は絵に描いたようなキラッキラの王子様に変容していた。
ノアほどではないけど身長も伸びたしすらっとしていて、常ににっこりと笑顔を湛えていて、それはさながらアイドルのようだった。
女の子たちからの扱いもアイドルっぽい。キャーキャー言われてて。ノアと違って身分が高すぎるうえに一応婚約者がいるので、観賞用イケメンって感じなんだろうな。ただその婚約者が私なので狙われていないわけではなさそうだ。私なら出し抜けると思っていそうな女がちらほらいる。
ま、実際近い将来出し抜かれて婚約破棄される予定ではあるのだけれども。
中でも一番やべぇのは銀髪兄弟の兄だ。
アイツはキャーキャー言われることを完全に楽しんでいる。そしておそらくものすごい女好きだと思う。
群がられてる……というか、ハーレムを作っている。めちゃくちゃ楽しんで。
この学園に入学して以降、毎日毎日必ず一度は「キャー! ドナート様ー!」という女の子たちの声がどこからともなく聞こえてくるのだ。
私はその声を聞いて初めてあの銀髪兄の名を知った。
そう、元々喧嘩から始まった銀髪兄弟と私は、あの遊び部屋で長いこと一緒に過ごしていたにもかかわらず、ついぞ仲良くなることはなかった。なのでお互い名を名乗り合うことすらなかったわけだ。
ただあのハーレムを見るたびに思う。あんなの最初の喧嘩がどうこうというよりも初めから気が合うわけがなかったんだな、と。
世界で一番苦手なタイプだもの。
私と同い年なのはこの四人……あれ? あ、忘れてた、私と同い年なのはもう一人いた。アルムガルトの弟ベルクだ。
ベルクは銀髪兄とは真逆で、女の子がめちゃくちゃ苦手らしい。あの部屋でアルムガルトが言っていた。
アルムガルトはベルクの女嫌いを克服させるために私に接触させようとしたりしていたのだが、結局は失敗に終わった。
なぜなら私があまり女っぽくなかったから。残念だよな。女嫌い克服失敗も私の性格も……。
そんな女の子が苦手なベルクも例にもれず顔はいいし身分も高いということで女の子に狙われている。
しかし、群がられているところを見ることはない。なぜなら逃げ隠れしているから。
ノアの場合は軽やかに躱している感じなのだけど、ベルクの場合は完全に隠密だ。あいつの前世は忍者だったのかもしれないってレベルで隠密行動をとっている。
あの隠密技術、ちょっと教えてほしいくらいだよな。私も逃げ隠れしたいもん。モテるあいつらとは別の方向で目立ってるからな、この嫌われ侯爵令嬢……。私は別に何もしていないのに。
おっと、こんなことを考えている場合じゃない。
私はこのお昼休みの間に読んでしまいたい本があったのだ。図書室に行かねば。
「アルムガルト様!」
……ああ、そうそう。この学園に入って一番意外だったことがある。
今目の前に出来上がっている群れの中心にいるアルムガルトのことだ。
あの遊び部屋にいるときは一人だけ年上だからって妙に上から目線で偉そうだったけれど、学園内ではそうでもなかった。
あいつ、弟のベルクは女の子が苦手で、って話をしていたけれど、アルムガルト自身も女の子が得意ではないらしい。
好きだの嫌いだのではなく、躱せない。要するにめちゃくちゃ押しに弱い。
アルムガルトが適当にあしらわないから、群れはどんどん大きくなって、ついに廊下を塞いでしまうほどになっていた。クソ邪魔。
群れの中にアルムガルトという公爵家の長男がいるせいで群れ以外の通行人たちはその廊下が通れずに困っている。そもそも私もここを通りたいので今すぐどいてほしい。
こんな時は私の嫌われ侯爵令嬢力で蹴散らすしかないのだ。
「あーらアルムガルト様、ごきげんよう。今日も随分とたくさんのお嬢様たちをお連れですのね。まったく、見ていて暑苦しいですわ」
あの遊び部屋であればたった一言「どけよ」と言うだけで済むものを、わざわざ大きな声を出さなければならないんだから面倒臭い。
しかも私の声を聞いた瞬間周囲の女どもの目の色の変わりかたがエグすぎて気味が悪い。
しかめっ面でそんなことを考えていると、アルムガルトがあからさまにため息を吐く。
そして私の制服の襟を掴みながら短く言うのだ。
「ちょっと来い」
と。
群れを成していた女の子たちをその場に置いたまま、私とアルムガルトは並んで歩き出す。
そんな私の背中に、どこぞのご令嬢の小さな声が飛んでくる。
「悪役令嬢……」
ぽそりと、呟いたような声だった。
人を悪役レスラーみたいに言いやがって。と、文句を言いたい気持ちとさっさとこの場を去りたい気持ちが一瞬だけせめぎ合ったが、私はさっさとこの場を去ることを選んだ。
「……助かった」
と、人の気配が完全になくなったところで、アルムガルトが口を開いた。
「あのくらい適当にあしらったらどうなんすか」
人の気配が完全にないとはいえ、誰がどこで聞いているか分からないので、私はタメ口を使えない。あの遊び部屋でなら普通にタメ口で話すところだけど。
「……いや、なんか、出来ない」
ノアを見習えよ。あいつはにこーっと笑ってさらーっとどっか行くんだぞ。
「なんで出来ないんですかねえ」
「俺は優しくて素敵な男だと思われているんだ……だからあの子たちの期待を裏切るわけにはいかない……失望されるわけには……」
期待に応えたいとかがっかりされたくないとか、そういう気持ちが分からないわけではない。
こいつは昔から三兄弟の兄としてしっかりしなければ、みたいな意識が強かったから。
ただお前のその心理のために私が悪役レスラーみたいな言いかたされてるんだけどそれはどうなんだい? いいけど、別に。
「あんなに堂々と群がってくる女たちがそう簡単に失望するとは思えないんですけど」
「そうだろうか……」
まぁあんたがどんなにクソ野郎だったとしても玉の輿に目が眩んだ女は何が何でも群がってくるでしょうよ。
銀髪兄がいい例じゃん。女と見れば見境なくデレデレしてハーレムまで作り上げてるクソ野郎だってのに女は次から次に寄って来てて。まぁ言わないけど、そんなこと。言っちゃったらただの悪口だし。
「……もとはと言えば高位貴族に女子がいないのが悪いんだ」
「は?」
「俺はこんな、大勢の女の子に群がられるんじゃなく、家柄の合う乙女と婚約をして二人でゆっくりと愛を育んでいきたかった」
この学園に来て一番意外だったこと。それはアルムガルトがめちゃくちゃロマンチストだったこと。
「きも」
「何か言ったか?」
「いえ何も。まぁ、そうっすね。うんうん。高位貴族に女がいないから私が王子殿下の婚約者になったわけですしね。私も出来ることなら王妃教育とか受けずにぼけっと生きていきたかったです」
そう、高位貴族に同年代の女の子がいないから、アルムガルトやノアたちが玉の輿狙いの肉食獣たちに包囲されているのだ。
基本的には高位貴族は高位貴族と結婚するものだけど、私たちの代は女が私しかいない。だから下位貴族の者も高位貴族の男を狙えるっつって。
だからこいつらがやたらとモテているわけだ。
「王妃教育か。大変なのか?」
「いやもう大変とかそう言う問題じゃなくて。貴族の顔と名前を覚えろだとかこの国の地名は全て把握しろだとか、王妃らしい振舞いかたがどうの、仕草がどうの、所作がどうの、挙句の果てにはヒールを履いてのダンスの練習……体力がいくらあっても足りない」
「へー」
クソほど興味なさそう。
「あぁ、ただピアノは楽しかったな。なんかピアノ発祥の地からわざわざ先生を呼んでくれたんだけど私が想定よりも弾けたらしくて大喜び。最終的に『神に愛されたピアニストだ!』ってもてはやされちゃって」
「へー」
「褒められるのは悪い気しないですね」
「ところでお前は今どこに向かってるんだ?」
相槌すらもサボりやがった。
「図書室です。治癒魔法の本を探してて」
「ああ、そういえば治癒魔法試したさに怪我人探してたんだったな、お前」
「うっす」
なかなかいないんすよね、怪我人。
前世で喧嘩ばっかりしてた頃はその辺にゴロゴロいたのになぁ。
喧嘩売って来たやつを適当に殴れば一瞬で怪我人になるしな。怪我人は作れる。
「怪我人を探してまで治癒魔法を会得したいのか?」
「会得したいっていうか……これが本当に治癒魔法なのかを知りたいっていうか……? あの、萎れた花を元気にするのって治癒魔法なんすかね?」
「はぁ? そんなことしたことないな」
「そっか。じゃあ萎れた花を見かけたら治癒魔法かけてみてくださいよ」
「治癒魔法を試すために花を萎れさせるなんて俺には無理だ」
あ、ロマンチストだったもんな!
役立たずめ!
と、内心腹を立てながら図書室に到着すると、その図書室前に見知った人物がいることに気が付いた。
「やっぱり来たか」
「待ち伏せですか、王子殿下」
そう、そこにいたのは王子殿下だった。
「まあそんなとこ」
まさかの待ち伏せ否定せず。クラスメイトなんだからこんなとこじゃなく教室で言ってくれればいいものを。
「教室で声かけようと思ったんだけど、トリーナが休み時間になった瞬間即姿を消すから」
あ、待ち伏せは私のせいだったの。
「あぁ、すみません」
「いや、いいよ。丁度良くアルムガルトもいたことだし。二人とも、放課後ちょっと残っててもらっていいかな?」
放課後に呼び出しか、なるほど。
「校舎裏とかに?」
「普通に教室に残ってていいよ」
なーんだ、面白くねぇの。
それは、あの例の遊び部屋にいたやつらがどいつもこいつもめっちゃモテるってこと。
つらく厳しい……というよりクソめんどくせぇ王妃教育とやらを受け続け、あんなに嫌だったあの遊び部屋がマジクソぬるいと思うくらいになったりして、やっと学園に通う歳になっていた。長かった。
学園は社交の練習という括りだそうで、学園に通う間は王妃教育から解放されるらしい。
学園に通うことなど楽しみでもなんでもなかったけれど、王妃教育から離れられるのならもうなんでもいい。
そんな解放感を抱えて学園に通い始めたわけだけど、それはそれで居心地が悪かった。なぜなら、私の周囲にいるやつらがどいつもこいつもモテるから。
モテる男の近くにいると、女子からの視線が突き刺さる。それはもう視線だけで人が殺せるんじゃないかってくらい突き刺さる。
単純にやつらの近くにいるだけで視線が刺さるわけだけど、それに加えて私は世間から嫌われている侯爵家の令嬢である。
だからもうほんのちょっとでもやつらの中の誰かといただけで「なんであんな奴が彼の側にいるの?」と聞こえるように言われたりする。
おいおいおい私は高位貴族だぞ? 高位貴族か? 高位貴族だったはずだけどな……? と思いつつも女同士の喧嘩が苦手過ぎて口出しは出来ない。
相手が男なら「上等だてめぇ表出ろ」っつって拳でなんとかするんだけれども、女相手だと適当に手なんか出そうものならめそめそ泣くだとか徒党を組んで陰湿な嫌がらせをしてくるだとか、なんか地味に嫌な思いをすることになる。
私はそういう面倒臭いことが何よりも嫌いなのである。
それはともかくとして、あの遊び部屋にいたやつらがモテる理由はというと、シンプルに顔がいいのと身分が高いから。
王子殿下を筆頭に公爵家だの侯爵家だの、確かに高いわな。あの部屋では身分が低い扱いを受けていたノアだって伯爵家なのだから、学園全体で見れば高いほうである。父親は騎士団長様だしね。
顔のほうは、まあ皆元々キレイではあった。知り合った当初は皆ただのクソガキだったのに、あれから三年ちょい経った今は立派に成長している。
皆背も伸びたし声変わりもしたしな。私はあんまり伸びなかったけど。悔しい。
ちなみに一番背が伸びたのは断トツでノアだった。クソガキの頃は私とそんなに変わらなかったのに、今ではもう180cmを超えようとしているらしい。まだ十四歳とかそんなもんなのに。
まだ伸びてるって言ってたし、どんだけ伸びるつもりだよって話なわけだけど、確かノアのお父様も大きかったしな。伸びるんだろうな……。
あと、あの頃は私を見かけたらすぐに駆け寄ってきていたけれど、最近はそんなことしない。のしのし近付いてくる。まぁ足が長いから駆け寄る必要がないんだろうけど、なんというか……可愛がっていたチワワがいつのまにかセントバーナードに成長したみたいな感慨深さと、あまりの足の長さにちょっとした腹立たしさを感じる。いや別に大きくなったノアが悪いわけではないし伸びなかった私の足が悪いだけなんだけれども。
そしてその高身長にふわふわ金髪とキラキラ碧眼は相変わらず健在で、身分も伯爵家という下位貴族の人たちも頑張れば手が届きそうな位置にいるってことでノアはガチでモテている。
ただノアは躱しかたが上手いのか、群がられていることはない。まぁ一定の距離を保った位置に常に肉食獣みたいな顔をした女の子がちらほらいたりはする、って感じかな。狙われてはいる。明らかに。
王子殿下は絵に描いたようなキラッキラの王子様に変容していた。
ノアほどではないけど身長も伸びたしすらっとしていて、常ににっこりと笑顔を湛えていて、それはさながらアイドルのようだった。
女の子たちからの扱いもアイドルっぽい。キャーキャー言われてて。ノアと違って身分が高すぎるうえに一応婚約者がいるので、観賞用イケメンって感じなんだろうな。ただその婚約者が私なので狙われていないわけではなさそうだ。私なら出し抜けると思っていそうな女がちらほらいる。
ま、実際近い将来出し抜かれて婚約破棄される予定ではあるのだけれども。
中でも一番やべぇのは銀髪兄弟の兄だ。
アイツはキャーキャー言われることを完全に楽しんでいる。そしておそらくものすごい女好きだと思う。
群がられてる……というか、ハーレムを作っている。めちゃくちゃ楽しんで。
この学園に入学して以降、毎日毎日必ず一度は「キャー! ドナート様ー!」という女の子たちの声がどこからともなく聞こえてくるのだ。
私はその声を聞いて初めてあの銀髪兄の名を知った。
そう、元々喧嘩から始まった銀髪兄弟と私は、あの遊び部屋で長いこと一緒に過ごしていたにもかかわらず、ついぞ仲良くなることはなかった。なのでお互い名を名乗り合うことすらなかったわけだ。
ただあのハーレムを見るたびに思う。あんなの最初の喧嘩がどうこうというよりも初めから気が合うわけがなかったんだな、と。
世界で一番苦手なタイプだもの。
私と同い年なのはこの四人……あれ? あ、忘れてた、私と同い年なのはもう一人いた。アルムガルトの弟ベルクだ。
ベルクは銀髪兄とは真逆で、女の子がめちゃくちゃ苦手らしい。あの部屋でアルムガルトが言っていた。
アルムガルトはベルクの女嫌いを克服させるために私に接触させようとしたりしていたのだが、結局は失敗に終わった。
なぜなら私があまり女っぽくなかったから。残念だよな。女嫌い克服失敗も私の性格も……。
そんな女の子が苦手なベルクも例にもれず顔はいいし身分も高いということで女の子に狙われている。
しかし、群がられているところを見ることはない。なぜなら逃げ隠れしているから。
ノアの場合は軽やかに躱している感じなのだけど、ベルクの場合は完全に隠密だ。あいつの前世は忍者だったのかもしれないってレベルで隠密行動をとっている。
あの隠密技術、ちょっと教えてほしいくらいだよな。私も逃げ隠れしたいもん。モテるあいつらとは別の方向で目立ってるからな、この嫌われ侯爵令嬢……。私は別に何もしていないのに。
おっと、こんなことを考えている場合じゃない。
私はこのお昼休みの間に読んでしまいたい本があったのだ。図書室に行かねば。
「アルムガルト様!」
……ああ、そうそう。この学園に入って一番意外だったことがある。
今目の前に出来上がっている群れの中心にいるアルムガルトのことだ。
あの遊び部屋にいるときは一人だけ年上だからって妙に上から目線で偉そうだったけれど、学園内ではそうでもなかった。
あいつ、弟のベルクは女の子が苦手で、って話をしていたけれど、アルムガルト自身も女の子が得意ではないらしい。
好きだの嫌いだのではなく、躱せない。要するにめちゃくちゃ押しに弱い。
アルムガルトが適当にあしらわないから、群れはどんどん大きくなって、ついに廊下を塞いでしまうほどになっていた。クソ邪魔。
群れの中にアルムガルトという公爵家の長男がいるせいで群れ以外の通行人たちはその廊下が通れずに困っている。そもそも私もここを通りたいので今すぐどいてほしい。
こんな時は私の嫌われ侯爵令嬢力で蹴散らすしかないのだ。
「あーらアルムガルト様、ごきげんよう。今日も随分とたくさんのお嬢様たちをお連れですのね。まったく、見ていて暑苦しいですわ」
あの遊び部屋であればたった一言「どけよ」と言うだけで済むものを、わざわざ大きな声を出さなければならないんだから面倒臭い。
しかも私の声を聞いた瞬間周囲の女どもの目の色の変わりかたがエグすぎて気味が悪い。
しかめっ面でそんなことを考えていると、アルムガルトがあからさまにため息を吐く。
そして私の制服の襟を掴みながら短く言うのだ。
「ちょっと来い」
と。
群れを成していた女の子たちをその場に置いたまま、私とアルムガルトは並んで歩き出す。
そんな私の背中に、どこぞのご令嬢の小さな声が飛んでくる。
「悪役令嬢……」
ぽそりと、呟いたような声だった。
人を悪役レスラーみたいに言いやがって。と、文句を言いたい気持ちとさっさとこの場を去りたい気持ちが一瞬だけせめぎ合ったが、私はさっさとこの場を去ることを選んだ。
「……助かった」
と、人の気配が完全になくなったところで、アルムガルトが口を開いた。
「あのくらい適当にあしらったらどうなんすか」
人の気配が完全にないとはいえ、誰がどこで聞いているか分からないので、私はタメ口を使えない。あの遊び部屋でなら普通にタメ口で話すところだけど。
「……いや、なんか、出来ない」
ノアを見習えよ。あいつはにこーっと笑ってさらーっとどっか行くんだぞ。
「なんで出来ないんですかねえ」
「俺は優しくて素敵な男だと思われているんだ……だからあの子たちの期待を裏切るわけにはいかない……失望されるわけには……」
期待に応えたいとかがっかりされたくないとか、そういう気持ちが分からないわけではない。
こいつは昔から三兄弟の兄としてしっかりしなければ、みたいな意識が強かったから。
ただお前のその心理のために私が悪役レスラーみたいな言いかたされてるんだけどそれはどうなんだい? いいけど、別に。
「あんなに堂々と群がってくる女たちがそう簡単に失望するとは思えないんですけど」
「そうだろうか……」
まぁあんたがどんなにクソ野郎だったとしても玉の輿に目が眩んだ女は何が何でも群がってくるでしょうよ。
銀髪兄がいい例じゃん。女と見れば見境なくデレデレしてハーレムまで作り上げてるクソ野郎だってのに女は次から次に寄って来てて。まぁ言わないけど、そんなこと。言っちゃったらただの悪口だし。
「……もとはと言えば高位貴族に女子がいないのが悪いんだ」
「は?」
「俺はこんな、大勢の女の子に群がられるんじゃなく、家柄の合う乙女と婚約をして二人でゆっくりと愛を育んでいきたかった」
この学園に来て一番意外だったこと。それはアルムガルトがめちゃくちゃロマンチストだったこと。
「きも」
「何か言ったか?」
「いえ何も。まぁ、そうっすね。うんうん。高位貴族に女がいないから私が王子殿下の婚約者になったわけですしね。私も出来ることなら王妃教育とか受けずにぼけっと生きていきたかったです」
そう、高位貴族に同年代の女の子がいないから、アルムガルトやノアたちが玉の輿狙いの肉食獣たちに包囲されているのだ。
基本的には高位貴族は高位貴族と結婚するものだけど、私たちの代は女が私しかいない。だから下位貴族の者も高位貴族の男を狙えるっつって。
だからこいつらがやたらとモテているわけだ。
「王妃教育か。大変なのか?」
「いやもう大変とかそう言う問題じゃなくて。貴族の顔と名前を覚えろだとかこの国の地名は全て把握しろだとか、王妃らしい振舞いかたがどうの、仕草がどうの、所作がどうの、挙句の果てにはヒールを履いてのダンスの練習……体力がいくらあっても足りない」
「へー」
クソほど興味なさそう。
「あぁ、ただピアノは楽しかったな。なんかピアノ発祥の地からわざわざ先生を呼んでくれたんだけど私が想定よりも弾けたらしくて大喜び。最終的に『神に愛されたピアニストだ!』ってもてはやされちゃって」
「へー」
「褒められるのは悪い気しないですね」
「ところでお前は今どこに向かってるんだ?」
相槌すらもサボりやがった。
「図書室です。治癒魔法の本を探してて」
「ああ、そういえば治癒魔法試したさに怪我人探してたんだったな、お前」
「うっす」
なかなかいないんすよね、怪我人。
前世で喧嘩ばっかりしてた頃はその辺にゴロゴロいたのになぁ。
喧嘩売って来たやつを適当に殴れば一瞬で怪我人になるしな。怪我人は作れる。
「怪我人を探してまで治癒魔法を会得したいのか?」
「会得したいっていうか……これが本当に治癒魔法なのかを知りたいっていうか……? あの、萎れた花を元気にするのって治癒魔法なんすかね?」
「はぁ? そんなことしたことないな」
「そっか。じゃあ萎れた花を見かけたら治癒魔法かけてみてくださいよ」
「治癒魔法を試すために花を萎れさせるなんて俺には無理だ」
あ、ロマンチストだったもんな!
役立たずめ!
と、内心腹を立てながら図書室に到着すると、その図書室前に見知った人物がいることに気が付いた。
「やっぱり来たか」
「待ち伏せですか、王子殿下」
そう、そこにいたのは王子殿下だった。
「まあそんなとこ」
まさかの待ち伏せ否定せず。クラスメイトなんだからこんなとこじゃなく教室で言ってくれればいいものを。
「教室で声かけようと思ったんだけど、トリーナが休み時間になった瞬間即姿を消すから」
あ、待ち伏せは私のせいだったの。
「あぁ、すみません」
「いや、いいよ。丁度良くアルムガルトもいたことだし。二人とも、放課後ちょっと残っててもらっていいかな?」
放課後に呼び出しか、なるほど。
「校舎裏とかに?」
「普通に教室に残ってていいよ」
なーんだ、面白くねぇの。
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