大切なこと

ましまろん〜自称・暇潰しに最適ラブコメ〜

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大切なこと

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「ケンくん、ケンくん」


ある朝のこと。


ぼくの名前を呼ぶ声で目が覚めた。目をこすりながら辺りを見回したけど、だれもいない。

あれ?

「ここ、ここ。ここだよ」

キョロキョロと見渡していると、ちょうど目があったイルカのぬいぐるみがニコッと笑った。

「えっ、ルカくん?」

「大正解!」

ルカくんがうれしそうに飛び跳ねた。そのすがたは本物のイルカのようだった。

ルカくんとは、ぼくが5才のときに出会った。水族館のおみやげコーナーで見て、くりっとしたまるい目がかわいいと思ったのだ。

ルカくんという名前は自分でつけた。

「わあ、ルカくん。ルカくんの声、想像していた通りきれいだね」

「えへへ」

ルカくんは照れくさそうに笑った。

「実はね、ケンくんの家に来て、今日で5年なんだ。あのときのケンくんと同じ年になったんだよ。そこで、今日は改めてケンくんに伝えたいことがあるんだ」

ドキっとした。伝えたいことってなんだろう。やっぱり怒られるのかな?

「伝えたいことって、なに?」

「あの日、水族館でぼくを選んでくれてありがとう。毎日いっしょに寝てくれてありがとう。ケンくんがふとんの中でしてくれるお話、とっても楽しかったよ」

ぼくは胸がキュッとしめつけられた。

「ルカくんは、怒らないの?」

「どうして怒るの?」

「だって……」

ぼくはあるときから、ルカくんをふとんに入れなくなった。おとなになりたくて、一人で寝ると決めたのだ。でも、その日はルカくんの顔が見れなくて、ふとんを頭までかぶって眠った。

勇気を出してそのことを話すと、ルカくんは「なあんだ、そんなこと」と笑った。

「そんなことって……」

「怒るなんてとんでもない。ぼくは、ケンくんから『大切にされる気持ち』をもらったんだよ。これは本当にすごいものなんだ。心がポカポカして、自分のことを好きになれるし、みんなのことも大切にしようって思えてくるんだ」

ルカくんの話を聞きながら、照れくさいような、誇らしいような、よくわからない気持ちになった。

そうか。心がポカポカするってこういうことなのかな?

「ありがとう、ルカくん」

ぼくは「ありがとう」や「大好き」の気持ちをこめて、ルカくんをぎゅーっと抱きしめた。ルカくんはくすぐったそうに「えへへ」と笑った。

「ケンくんのにおいだぁ」

ルカくんが言葉を話したのは、その一度きりだった。でも、水族館で初めて見たときより、やさしい顔になっている。

大切にされる気持ちを知ると、やさしい顔になるのかもしれない。

ぼくがルカくんから教わった、とても大切なことだ。
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