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ぼくが笑うと

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なっちゃんに元気がない。

なっちゃんに元気がないのは、色鉛筆に色がないくらい不自然なことだ。でも、本人に「そんなことないよ」と言われてしまった。

「今日は算数がなかったし、給食のプリンもおいしかったし、最高の一日だったよ」

「でも、なんか、ヘン」

なにがヘンなのかはわからないけど。


晩ごはんを食べながらその話をしたら、お母さんが信じられないことを言い出した。

「代わりに勇樹が笑えばいいでしょう?」

そんなの当然でしょ、という口ぶりだ。

「ぼくが笑ったってしょうがないじゃん」

お母さんは、チッチッチッと得意気に人差し指を左右に振った。

「勇樹はまだまだ子どもねえ。勇樹が笑うとなっちゃんにも笑顔がうつるはずだわ」

「そんなことあるわけないよ。ぼくが真剣に悩んでるのに、お母さんの嘘つき」

言ってから、あ、と思った。言い過ぎたかもしれない。

「あら、試してもないのにひどいんじゃない?」

お母さんはやっぱり不満そうだ。でも、ここで素直に謝れないのがぼくなのだ。

「じゃあ……試してみる!」


翌朝、お母さんに「これ持っておきなさい」とあるモノを手渡された。ぼくは首を傾げた。

「え? 持ってるよ」

「これも持っておくといいわ」

お母さんが片目をつぶった。全然上手じゃないけど、ウインクのつもりなのだ。


その日の帰り道。

いつもは弾むようなステップを踏んでいるのに、トボトボという音が聞こえてきそうな歩き方のなっちゃんに出会った。

その後ろ姿に「なっちゃん!」と元気よく声をかけた。

「わ、びっくりした……」

「なっちゃん、いつもこうやって声をかけてくれるじゃん」

へへっ、と笑ってみせた。

「にやにやしてどうしたの?」

確かにそうだ。一人で笑っていておかしい。でも、ぼくはやめなかった。

「ふふふ」

「ヘンなの」

「どうして笑ってるのか知りたい?」

「そうだなあ。あ、当ててあげる! きっと帰ってゲームするのが楽しみなんでしょう?」

どう?正解じゃない?となっちゃんが声を弾ませた。

ぼくのイメージはゲームなのかぁ、と肩を落とす気持ちもあったけど、それ以上に、久しぶりに大きな声を出したなっちゃんを見て、自然に笑いがこみ上げてきていた。

「ぶぶーっ! 正解は、なっちゃんと帰れるのが楽しいからでした!」

なっちゃんの代わりに笑おうという考えはどこかへいっていた。ぼくは単純に、なっちゃんと一緒に過ごす帰り道が好きなのだ。


ところが。


なっちゃんは笑ってくれるどころか、ぴたりと足を止め、黙ってしまった。

そして、大きくて丸い瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。

「ど、ど、どうしたの……?」

え!?笑顔がうつるんじゃなかったの!?

「うわああぁぁぁぁん」

なっちゃんが、大きな声をあげて泣き始めた。

ドキッとした。思い返せば、なっちゃんの泣き顔を見るのは初めてだった。

戸惑っていたら、ふと、今朝お母さんに渡されたモノを思い出した。

「これ、どうぞ」

小さな花がプリントされたハンカチだ。

なっちゃんはそれを受け取ると、涙を拭きながら、小さな声で呟いた。

「あのね……わたし、転校するの」

「えっ」

「毎日算数があっても、給食にプリンが出なくなっても、それでもいいから、ここにいたかったんだ。それに……」

なっちゃんはそう言って、ぼくを見た。

ぼくも一緒に泣きたかったけど、体に力を入れて踏ん張った。なっちゃんは転んだときだって「大丈夫!」と笑うから、真似をした。

「なっちゃんなら絶対に大丈夫! それに遊びに行くよ。うん、いっぱい行くよ!」

「どこに転校するか知らないのに?」

適当なこと言うんだから、と不服そうだった。

「まさか……海外とか?」

適当なことを言ったつもりはない。けれど、海外ならすぐには行けない。ゴクリと唾を飲んだ。

「いや、となり町だよ」

「なあんだ。じゃあたくさん行くね」

ホッとしたぼくを見て、なっちゃんはにっこり笑った。それを見て、ぼくも笑った。


やっぱり笑顔はうつるんだ。


帰ったらお母さんに謝ろう、と心に決めたのだった。
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