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第10話

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 何年かぶりに待ち遠しく感じていた夏休みは、案外早く来た。

「おーい! おおおおぉぉぉぉい!」

 赤いリボンのついた麦藁帽子をかぶってはしゃぎまくる八千代が、こちらに大きく手を振っている。海をバックに、えらくご機嫌だ。
 最近買ったらしいワンピース型の水着がお気に入りらしい。本人いわく「ねえ見て、超ラブリーでしょ?」だそうだ。ラブリーかどうかは置いておくとして、確かにオレンジ色の水着は、元気すぎる八千代に似合っている。
 ただし、だ。どう頑張っても高校生には見えない。妹がいいところだ。その要因は、なだらかすぎる胸だろうか? 小さすぎる背だろうか? おそらく両方だろう。

「元気よのぉ……」

 俺もひらひらと手を振り返す。店番をしながらだ。店番は交代制にしようと言い出した張本人の八千代はいっこうに帰ってきやしない。

「頑張ってるね」

「い、いい壱草さん!」

「はい、差し入れ」

 にこりと微笑んで、ペットボトルのジュースを差し出す壱草さん。
 黒一色で、何の装飾もないビキニは彼女によく似合っている。似合いすぎている。セクシー水着賞を一生分差し上げても惜しくない。これが見れただけで大満足だ。店番くらい、いくらでもやってやらぁ。
 おまけにーーと、その髪型に視線を向ける。壱草さんが髪の毛をくくっているのだ。見事なポニーテールだ。学校では基本的に髪をくくらないスタイルなので、これはレア度☆☆☆☆☆☆なのではないだろうか。
 というわけで、頭のてっぺんから足の先まで、彼女のどこを見てもドキッとしてしまう事態に陥っている。このままだと幸せで窒息するぞおい。

「ねぇ、お願いがあるんだけど」

「俺に?」

「もちろん」

 壱草さんのお願いなら何でも叶えてあげたいが、果たして俺にできることなのであろうか。

「壱草さんじゃなくていいから」

「へ?」

「呼び方よ。壱草さんはやめて」

「えっ、じゃあ壱草様とか?」

「本気で言ってる?」

 にこり、という微笑みが逆に怖い。わりと本気で言ったなんて口が裂けても言えそうにない。

「い・ち・く・さ、でいいから」

 呼び捨てで呼んで、ということか?

「いちくさ……。でも、」

「変な感じがするのよ。須賀野君って高坂さんには『八千代』なのに私には『壱草さん』でしょ。だから、お願い」

 なるほど?

「お安いご用さ」

 なんなら優梨子でも良いよ、なんて口に出来るほど度胸のある人間じゃないんだな、俺は。

 

 海に入ることなく終わってしまった初日。近くて遠いとはこういうことを言うのだろうか。

 一日働いて思ったことは、いくつか海の家が並ぶ中、ここはかなり忙しい部類に入るのではないだろうか、ということだ。壱草いわく「特に特徴もないのになんだか結構人気があって」とのことだが、その要因は壱草本人ではなかろうか。

 こぞって男たちが来るのだ。高校生や大学生、おまけに社会人まで「お姉さーん」「名前なんて言うの?」「一緒に泳ごうよ」などと気安く呼びかけやがる。
 そのたびに「お客様~」と飛んでいく俺。にっこにこの笑顔の下で「おい気軽に喋ってんじゃねえ」と思いながら。

 そんなこんなで予定ではあと一週間は海で過ごすはずだったのだ。しかし、予測していない事態になってしまった。

「ごめんね。急に帰らなきゃいけなくなっちゃった」

 Why!? 働き方がまずかったのか!? にっこにこスマイルが気持ち悪いという苦情でも入ったのだろうか、と不安に駆られる。

「スーパーでハイパーなうえに強烈な台風が来るんですって。だから今から帰らなきゃいけないの」

 俺は台風より、そんなお茶目な言い方をする壱草に驚いた。壱草優梨子の珍しい発言を聞けたってことだけで、何でもホイホイ頷いてしまう。
 ただ俺はそれで良かったが、八千代は機嫌を壊すかもしれない。そんな心配をしたわけだが、それはまったくもって無用だった。

「あらあら、じゃあしょうがないわ。今日いっぱい遊んだからもう十分よ。優梨子、ありがとね。いい思い出が作れたわ」

 そうだったな。お前は一人で遊んでたもんな。まったく、羨ましいぜ。

 優梨子、と呼ばれた壱草は、なぜだろう、幸せそうな笑みを浮かべていた。

 

 こうして俺の、十七歳の夏は終わった。
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