勘違い女の日常

第3話

「やぁやぁ」

　勘違い女は、俺にそういって微笑んだ。まるで悪魔の笑みだと思った。

「ど、どうして」

　状況が理解できなかった。するといきなり、頭に鋭い衝撃が走った。

「いってぇ……」

　二、三秒後に、目の前でイタズラに微笑む勘違い女を見て、やっとわかった。彼女に殴られたのだと。やだ、暴力反対。

「あのね、何でわかんないかな？　あなたの隣にあたしがいることが、そんなにおかしいの？　たった今した席替えで全部説明がつくんじゃない？」

　おっしゃる通り。返す言葉がなく、黙り込んだ。確かに今、席替えをした。だから同じクラスである彼女と隣の席になることは、ありえないことではない。

しかし、どうもおかしい。やっぱり嫌な予感がするのだ。とてつもなく、嫌な予感が。

「もっと喜んだらいいじゃない。あたしと隣の席になれたんだから」

「はぁ……」

「あなたの、あ・こ・が・れのあたしのね」

　やっぱりか！？　やっぱりそうきたか！？

　やはりだ。勘違い女は勘違い女だけあってわかっていなかった。俺の憧れの人が自分なのだと思い込んでいる。完全に。

　どうやら、勘違い女には何を言っても無駄なようだ。

　ならば、なるべく関わりを持たないようにして、次の席替えの日までやり過ごそう。そう自分に誓った俺だったが、そんな誓いはすぐに破れてしまった。

「ねぇねぇ、須賀野君」

「なんだよ」

「もぉー、態度が悪い。あたしは今日、宿題忘れちゃったの。見せなさい」

　は？

「嫌だ」

　当然の返事だ。しかも、態度が悪いのはそっちだろ。
　彼女は態度を改めるでもなく、それどころかふくれっ面になる。

「いいじゃない。減るもんじゃないでしょ。何でそんなにケチなのよ」

「お前のためにいってるんだ。今から自力でやれば間に合う」

「ふんっ」

　頬を膨らませてそっぽを向く高坂は、ねだってねだってねだり尽くしたのに目当ての物を買ってもらうことができなかった子供が機嫌を損ねているように見えた。世話は焼けるが、無責任に放っておけないところもそっくりだ。