ディア・ドロップ

あめいろ

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再会(偽)

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仕事終わり。
会社の制服である黒のポロシャツを脱ぎ捨て、陽太は白のTシャツでアパートまでの道を歩いていた。
夕暮れ時に黒シャツなど大学デビューした奴がノリで合コンするようなものだ。
ありえない。
ん、どう言うことかって?
要は事故りやすい。
ちなみに素人が思いつきで謎かけした場合も例外ではない。
さて、仕事終わりでウハウハしながら内心低レベルな謎かけを自慢げに考えていたこのときの自分は忘れていた。


本当の自分が何なのかを。


「日野陽太さん、ですよね?」

どこかで声がしたが、最初は気付かなかった。
自分の名前を知っている人間は数少ない。同じ名前の違う人かと思った。いやそんな可能性あるのかって話だけど、それくらい自分には友達がいない。

「え、日野陽太さんですよね?」

もう一度、声がした。
そこで、ようやく歩みを止めて振り返る。
見ると、50mほど後方に貧相な住宅街とは場違いのオーバーオールを着た20歳ほどの少女が立っていた。
「やっぱり!日野陽太さんだ!」
そう元気に言い優しく笑う彼女は、遠目から見てもめっちゃ美人だった。語彙力ないのかと言われそうだが、めっちゃ美人だからしょうがない。容姿端麗とかそんな難解な言葉よりも先に、めっちゃ美人と言いたくなる風貌なんですよ、マジで。
肩下まで伸びた鮮やかな黒髪を揺らしながら彼女は自分の前にやってきた。近くに来ると、よりその容姿の端正さがわかる。大きな瞳に形の整った鼻、ツヤのある唇。てか、このルックスでオーバーオール着ちゃダメでしょ。可愛すぎかい!
てか、え、何ですかこの天使は。
昼間の斜め20°から見た上司など足元にも及ばない美人だ。メンゴ上司!
そんな子が目の前で自分の顔を見ている。身長は10㎝ほど差があるだろうか。そこも丁度良い。何かの雑誌で言っていた理想の彼女は158㎝説は合っていたんだな、とふと思った。
て、いやいやそんなことより誰?
「あの、何ですか?」
彼女に問い返す。
素朴な疑問だった。
当たり前だが、自分は彼女のことを知らない。
紙面以外で、このレベルの美女に出会ったことはない。
彼女がニコッと笑う。天使ですか。
「日野陽太さんですよね?」
同じ質問を繰り返してきた。
どうやらこの質問に答えない限り、先に進めないらしい。
「ま、そーですけど、、、」
ボソッとそう答えると、彼女の顔がパァッと明るくなる。
「やっぱり!そう思ったんだ!」
急なタメ口!
ま、良いんだけど。
って、いやいやそんなことより。
恐る恐る聞いてみる。
「えっと、、、どこかでお会いしましたっけ?」
自分にはその記憶はない。
失礼かもしれないが事実だ。
まず、この子が誰かを知らないと。
しかし、彼女から返ってきた言葉は、より彼女の謎を深めるものになるだけだった。
彼女は大きく美しい瞳を自分に向けたまま、表情を変えず答える。


「会ってないよ。それがどうかした?」
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