109 / 112
番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」
38 偽りの幸福と、贖罪の日々を越えて
しおりを挟む
――ハイレリウスが立ち去ると、その場はしんと静まり返った。
腕に抱いたシタンに、ラズラウディアは「……私が、どうしてお前を犯したか、知りたいのか」と、訊いた。シタンにとっては忌まわしい記憶だろう。
それは自らの罪を掘り起こす作業でもある。苦痛は伴うが、それでも訊かずに済ませることは許されないのだ。この先へ、シタンとの未来へと進むためには、この苦痛を乗り越えなければならない。
「う、うん……」
そろりと、シタンが腹に回した腕に触れてくる。たったそれだけのことで、勇気づけられる己を感じて、ラズラウディアは小さく嘆息した。
「……お前は、私が女であったのなら嫁にしたかったと言っていた。男の私など……、まして、こんな無骨な姿になった男など、到底受け入れてはくれないと思ったからだ」
「えっと、ラズを嫁にはできないだろ。女の子だったらって、お前だって俺に言ってたし」
「お前は私をそういう目では見ていなかったのは理解している。だが、私は違った」
「へっ?」
「男女のそれのように、お前が欲しいと思ってしまった……」
背中ごしだというのに、シタンの心臓が高鳴っているのを感じる。……果たしてどのような感情に起因するものなのかが、判然としない。不安に心を揺らされながら、さらに言葉を繋いでいく。
「どう足掻いても、お前が私を望んでくれないのならば、体だけでも手に入れてしまおうとした。お前を犯し、快楽に溺れさせて……、男である私に抱かれずにはいられない体にして、誰にも触れさせないように閉じ込めておきたかった」
「そ、そんな……」
「お前が嫁を貰っていたのなら諦めもついたが、今だに独り身だと知って手を出さずにいられなかった」
「だっ、だからって、強姦することないだろぉ……。こ、怖くて、苦しかったんだぞ……!」
痛みを覚える程に強く腕を掴まれた。その痛みなど無きに等しいほどに、引き絞られるような激痛が胸に走る。
「すまなかった……。お前が辺境から姿を消して、やっと目が醒めた」
失ってから気付くとは真に愚かだ。情けのない小さな声で謝罪をしながら、静かに腕を解いて距離を取る。
「私を好きなように裁け。腕を斬り落とせと言うのなら、この場で斬り落として見せよう」
本気だった。腕ひとつで許されるかどうかは判らないが、それで済むのなら斬り落とすのも否はない。そんな思いを込めて告げると、シタンは蜂蜜色の瞳を大きく見開いて「ばっ、ばかっ! そんなことして欲しくないよっ!」と、声高に叫んだ。
「それ程のことをしていた自覚はある。何もかも……私が悪い。どうすれば、お前に許しを得ることができるのか、わからない」
「ゆ、許すも何もないよ。もうとっくにお前のこと、き、嫌じゃ…ないから。ただ……、か……、体だけなのが嫌だったんだよ」
「本当にいいのか。こんな私を、許してくれるのなら、なんでもする」
「ほんとだよ。だから、そんなふうに言うなよ。なにもしなくていいったら……!」
頬に彼の片手が触れる。温かい。不相応に許され、優しさを与えられた嬉しさに思わず擦り寄ると、「ラズ、可愛い……」と、言われた。むず痒くも胸の温かくなるこの気分は懐かしい。
幼い頃。初めてシタンと出会った、あの日と同じ温かさだった。大樹の下で「可愛い……」と、彼に言われたあの時に、戻ったような心地だ。
誰に美しさをほめたたえられようとも、心など動かされなかった己が、たった一人の狩人には、心を射止められたのだ。今にしてみれば、出会ったそのとき既に、ラズラウディアのシタンに対する恋情は芽生え、育ち始めていたのだろう。長い時間を掛けてその情は体の隅々にまで根を張り、今こうして蕾を綻ばせようとしているのだ。
「ふ……。お前に言われると、悪い気はしないな……」
「泣いてる顔も綺麗だけど、ラズは笑ってる方がずっと良いよ。俺、もうそれだけで十分だから」
「そうか……。ありがとうシタン」
もう片方の手も頬に触れてきて、両手で包み込まれる。眩暈のするような多幸感が急激に湧き上がり、それを逃がすまいと彼の手に己のそれを重ねた。
「今更こんなことを言うのは遅いが、お前を愛している。ずっと一緒に、この辺境でお前と生きていきたい」
ラズラウディアが万感の思いを込めて告白をすると、シタンは、頬を染めて照れ臭そうに笑った。こんなにも、幸福を感じたことはかつてないことだ。無理矢理とはいえ体を重ねたときでさえも、ここまで満たされはしなかった。
偽りの幸福と、贖罪の日々を越えて、今ようやくにしてラズラウディアは本当に伝えたかった言葉を、最愛の狩人に告げることが出来たのだった。
腕に抱いたシタンに、ラズラウディアは「……私が、どうしてお前を犯したか、知りたいのか」と、訊いた。シタンにとっては忌まわしい記憶だろう。
それは自らの罪を掘り起こす作業でもある。苦痛は伴うが、それでも訊かずに済ませることは許されないのだ。この先へ、シタンとの未来へと進むためには、この苦痛を乗り越えなければならない。
「う、うん……」
そろりと、シタンが腹に回した腕に触れてくる。たったそれだけのことで、勇気づけられる己を感じて、ラズラウディアは小さく嘆息した。
「……お前は、私が女であったのなら嫁にしたかったと言っていた。男の私など……、まして、こんな無骨な姿になった男など、到底受け入れてはくれないと思ったからだ」
「えっと、ラズを嫁にはできないだろ。女の子だったらって、お前だって俺に言ってたし」
「お前は私をそういう目では見ていなかったのは理解している。だが、私は違った」
「へっ?」
「男女のそれのように、お前が欲しいと思ってしまった……」
背中ごしだというのに、シタンの心臓が高鳴っているのを感じる。……果たしてどのような感情に起因するものなのかが、判然としない。不安に心を揺らされながら、さらに言葉を繋いでいく。
「どう足掻いても、お前が私を望んでくれないのならば、体だけでも手に入れてしまおうとした。お前を犯し、快楽に溺れさせて……、男である私に抱かれずにはいられない体にして、誰にも触れさせないように閉じ込めておきたかった」
「そ、そんな……」
「お前が嫁を貰っていたのなら諦めもついたが、今だに独り身だと知って手を出さずにいられなかった」
「だっ、だからって、強姦することないだろぉ……。こ、怖くて、苦しかったんだぞ……!」
痛みを覚える程に強く腕を掴まれた。その痛みなど無きに等しいほどに、引き絞られるような激痛が胸に走る。
「すまなかった……。お前が辺境から姿を消して、やっと目が醒めた」
失ってから気付くとは真に愚かだ。情けのない小さな声で謝罪をしながら、静かに腕を解いて距離を取る。
「私を好きなように裁け。腕を斬り落とせと言うのなら、この場で斬り落として見せよう」
本気だった。腕ひとつで許されるかどうかは判らないが、それで済むのなら斬り落とすのも否はない。そんな思いを込めて告げると、シタンは蜂蜜色の瞳を大きく見開いて「ばっ、ばかっ! そんなことして欲しくないよっ!」と、声高に叫んだ。
「それ程のことをしていた自覚はある。何もかも……私が悪い。どうすれば、お前に許しを得ることができるのか、わからない」
「ゆ、許すも何もないよ。もうとっくにお前のこと、き、嫌じゃ…ないから。ただ……、か……、体だけなのが嫌だったんだよ」
「本当にいいのか。こんな私を、許してくれるのなら、なんでもする」
「ほんとだよ。だから、そんなふうに言うなよ。なにもしなくていいったら……!」
頬に彼の片手が触れる。温かい。不相応に許され、優しさを与えられた嬉しさに思わず擦り寄ると、「ラズ、可愛い……」と、言われた。むず痒くも胸の温かくなるこの気分は懐かしい。
幼い頃。初めてシタンと出会った、あの日と同じ温かさだった。大樹の下で「可愛い……」と、彼に言われたあの時に、戻ったような心地だ。
誰に美しさをほめたたえられようとも、心など動かされなかった己が、たった一人の狩人には、心を射止められたのだ。今にしてみれば、出会ったそのとき既に、ラズラウディアのシタンに対する恋情は芽生え、育ち始めていたのだろう。長い時間を掛けてその情は体の隅々にまで根を張り、今こうして蕾を綻ばせようとしているのだ。
「ふ……。お前に言われると、悪い気はしないな……」
「泣いてる顔も綺麗だけど、ラズは笑ってる方がずっと良いよ。俺、もうそれだけで十分だから」
「そうか……。ありがとうシタン」
もう片方の手も頬に触れてきて、両手で包み込まれる。眩暈のするような多幸感が急激に湧き上がり、それを逃がすまいと彼の手に己のそれを重ねた。
「今更こんなことを言うのは遅いが、お前を愛している。ずっと一緒に、この辺境でお前と生きていきたい」
ラズラウディアが万感の思いを込めて告白をすると、シタンは、頬を染めて照れ臭そうに笑った。こんなにも、幸福を感じたことはかつてないことだ。無理矢理とはいえ体を重ねたときでさえも、ここまで満たされはしなかった。
偽りの幸福と、贖罪の日々を越えて、今ようやくにしてラズラウディアは本当に伝えたかった言葉を、最愛の狩人に告げることが出来たのだった。
0
お気に入りに追加
271
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる