【完結】横暴領主に捕まった、とある狩人の話

ゆらり

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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」

36 極めて僅かではあるが憎らしい

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 ――今このときが、本当の償いの始まりなのだ。

 ただくだに許しを乞い願うのは、己が楽になるための行為でしかない。償いとはそういうものではないのだ。全てを曝け出し、投げ打って、許されずとも誠意を見せ続けなければ、成し遂げられない。

 果たして、自分にそれができるだろうか。かつて感じたことのない緊張と、恐怖とに苛まれながら、強張る口を無理矢理に開いて言葉を紡ぐ。

「慰みなどでは……、ない」

 ようやくにして発した言葉は、力なく掠れて僅かに震えてさえいた。なんということだ。こんなにまで力なく、意志の弱さが滲む声しか出せないのか。

 じっとこちらを見据えるシタンの蜂蜜色の目が、そんな弱さと、今までの行いの醜さを映し出してしまいそうな錯覚に陥る。顔を見ていられずに、視線を床に落とした。
 
「そんな風に思ったことなど、一度もない」

 本当にそうだろうか。どこかで見下していたからこそ、彼の尊厳を踏みにじるような行為に及んだのではないのか? お前の行動のどこに、それを否定できる部分があると言うのか。愛してなどいなかったのではないのか?


 ――自分ではない何者かの、嘲笑う声が聞こえた気がした。


 違う! 

 この首を賭けて違うと、愛していると言える!

 欲望のままに体を拓いたが、決して一時の愉しみのためにシタンを貪ったのではない。それだけは確かだ。最も信じて欲しい存在に、それを否定されようとも。

「だ、だったら、なんであんなことしたんだよ……。なんで……、俺なんかを……」

 泣き出しそうな声だ。抱きしめてしまいたい。だが、体が動かない。今の自分が、シタンに触れてはならないのだ。お前だからだ。お前が、お前が欲しくて、だから……と、みっともなく恥もかなぐり捨てて叫びたい。だというのに、体どころか声ひとつさえも自由にならない。まるで、全身が凍り付いてしまっているように……。

 なんという不甲斐なさだ。これが、私なのか。


 愛しい者に真実を告げる勇気すらもない、醜く愚かな卑怯者が! 


 ――血を吐くような呪詛を込めて、己を罵ったその刹那。

「俺は、俺は……っ、対価だなんて言われて抱かれるのは、もう嫌だ! なんで……、俺がこんな、苦しい思いをしなくちゃいけないんだ! 俺がなにをしたっていうんだよ! さっさと捨ててくれ! もうたくさんだ!」

 部屋中に響き渡る苦しみと痛みに満ちた鋭い叫び。どちらかといえば温厚な彼の激昂に、ラズラウディアははっと息を飲んだ。

 今ここで全てを語らなければ、彼の心は永久にラズラウディアから離れてしまう。そんな予感がした。強張る唇を震わせ拳を握り締めて、大きく声を張り上げる。

「捨てはしないっ! シタン、ずっと昔から……、お前だけが欲しかった!」

 あらん限りの声を振り絞り、恐怖も緊張も忘れて必死の思いで、叫んだ。

「ず、ずっと昔からって、なんだよ……。あんたのことなんか、俺は知らないのに!」

 ……ああ、やはり、私がラズであることには未だに気付けないのか。「まだわからないのか」と、言って小さく頭を振る。この期に及んで、まだ、己がラズであることを知られることを恐れている自分にも呆れるが、だが、気付かれないこと自体が、ラズラウドとシタンの繋がりが希薄であった証のようにも思えた。

「……やはりこんな姿になった私など、お前には受け入れられないのだな」
「どういう意味だよ……」
「憎んでも構わない。私から、逃げないでくれ」

 今の私を、どうか受け入れて欲しい。知らず涙があふれて、頬を伝った。

「な、泣くことないだろ……」

 シタンが、頬に触れてくれた。嬉しい。これだけのことで、満たされる。幼い頃にそうしたように、そっと涙を親指の腹で拭う仕草が愛おしくてたまらない。悪党そのものであろう領主にすら、情けを向けるこの男の優しさに、涙は止まるどころか更に多くが雫となって頬を伝うことになった。

 ……ああ、こんな男だからこそ惚れたのだ。

 泣き濡れたラズラウドの頬を両手で包み込んだまま、シタンは遠くを見据えるように視線をさ迷わせ、僅かに眉根を寄せた。まるで、何か違和感を感じたかのように。

「……あんたは……」

 蜂蜜色の瞳が、真っすぐに見詰めてくる。そこには怒りも恐れもない。やがて瞳が大きく見開かれ、小さな声で彼は……「ラズなのか?」と、問い掛けて来た。

 不意に訪れた気付き。歓喜よりも焦燥に駆られ、体が逃げを打つ。

「ラズ!」

 少年の頃に耳馴染んだ懐かしい呼び声と共に、強く抱き締められた。彼の腕の中で、己が震えているのに気付く。羞恥を覚えながらも、それでも逃れようなどという気にはなれない。髪を撫でられ、頬を摺り寄せられれば多幸感に満たされ、溺れるようにそれに身をゆだねる他はなかった。

「……会いたかった。お前がいなくなって、寂しかった。なんで、言ってくれなかったんだよぉ……。こんな立派になってるなんて」

 私もだと言う声すらも出せず、満たされながら強く抱き締め返して頬を摺り寄せる。嬉しい。愛おしい。ただそればかりが感情を支配していた。

「……なんで、無理矢理したんだよ……。俺が気付けなかったから、怒ったのか?」

 ――鈍臭いというか、鈍いところも変わっていなかった。

 ……いささか鈍くあり過ぎるのが玉に瑕ではある……。今までの苦しみと打って変って、奇妙な脱力と呆れを感じてしまった。……これでこそ彼らしいと言うべきなのだろうが……。

「そんな下らない仕返しのような理由で、私がお前を抱いたと思っているのか。何年経っても、お前はやはり鈍臭いというか、なんというか……」

 ため息をつくようにして告げた言葉に、少し目を丸くして不思議そうな顔をするシタンが、ほんの僅かに……極めて僅かだけだが……、憎らしいとラズラウディアは思ったのだった。
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