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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」
33 最も愛した者を穢した罪への
しおりを挟む独り眠れぬ夜を過ごし、やがて夜が明けた。朝霧の立ち込める中を再び小屋へと馬を走らせたが、結果は同じだった。傍仕えになることを拒むために逃げたのだろう。
「――どこにいるんだ、シタン……」
騎士に行方を追わせ、嫌な予感が付きまとうのを振り払いながら狩りの装束に身を包む。宴のための天幕がいくつも設けられた城の中庭に出て、続々とやって来る諸侯を出迎えた。
「皆さま、ようこそおいでくださいました」
流れるように美しい礼をすれば、誰からともなく感嘆の声が上がる。容姿の良さに自覚があるだけにこういった反応には慣れているが、相手が相手だけになんとも居心地が悪い。
「久しいな伯爵。相変わらずの美しさ……いや、磨きが掛かったか。婚約者も持たずにいるのもそろそろ限界ではないか? 我が家の娘もまだ決まっていない。今度、見合いでもどうだ」
堂々たる体躯を誇る王都住まいの公爵が笑顔で言うが、「身に余る光栄ですが、そのような余裕などございませぬのでご辞退させて頂きます」と、素気無く切り捨てる。
「つれないことだ」と、高笑いをする公爵とは彼の子息でありラズラウディアの学友でもあるハイレリウスを通じて、少なからず親交がある。それだからこその馴れ合いのやり取りで、他の諸侯も気に留めた様子もなく笑っているだけだ。
そうしてしばらく歓談した後に諸侯を森の狩場へと案内したラズラウディアは、貴族らしく感情の揺らぎを微塵も見せずに奉納を終わらせ、狩りの後で開かれる宴で諸侯を十二分に持て成した。
奉納祭が終わり、夜更けを迎えた頃。捜索から戻った騎士からの報告を受ける。
「数日前に狩りに出て獲物を仕留め、素材を卸している店に姿を見せていたそうです。……ただ、それ以降の足取りが全く掴めませんでした」
「小屋に戻っていないのは、その時からか……」
「……恐らくは」
日が経ち過ぎている。
監視を付けていなかったのが悔やまれるが、今さらそんなことを言ったところで手遅れだ。何者かとの接触があったかどうかも定かでなく、意図的に消したかのように手掛かりが掴めないのがもどかしい。
「ご苦労だった。今夜はもう休め」
「はい。失礼致します」
奉納祭の日だけではなく、その後も捜索は継続して行われた。範囲は辺境外にも及んだが、手掛かりがまるでない中でのそれは、森の中で落とした木の実を探すようなものだった。
彼の銀髪と蜂蜜色の瞳は、平民の中では珍しい色ではない。少し姿を偽れば安易に身を隠せる。禁猟期が決められている辺境はさておき、森がある場所ならば狩りをしながら逃げることは彼にとってそう難しいことではないだろう。
シタンが消えたその日から、朝夕に小屋へと行くのがラズラウディアの日課となった。
「……シタン……」
寂しい。
恋しくてたまらない。
日を重ねるごとに眠りは浅くなっていく。肌を重ね続けた寝台で横になるたびに、彼が居ないことを痛感させられる。辛いばかりだが、それでも他の部屋で眠るよりも気が紛れるのだからどうしようもない。
シタンためにあつらえた衣と、伯爵家の家紋が入った弓矢に矢筒。寝室に飾ったそれを眺めながら、ラズラウディアは夜ごとに独り虚しく蜜酒を口に含むことで己を慰めた。
――快楽に溺れさせようとしていたが、溺れていたのはこちらの方だった。彼なしでは生きられないほど依存していたことに気付かず、都合のよい未来を思い描いて悦に入っていた。
愚かな男だ。こんな男が辺境伯などとは、滑稽で仕方がない。
……どこで間違えたのか。
そんなことはとうに知れている。最初からだ。誠意をもって愛を告げず、鬼畜にも劣る非道をもってして我がものにせんと手を出した。そのときから、何もかもが壊れてしまったのだ。
全てが欲しいと望みながら、得られたのは肉欲の関係だけ。最も欲しい心もやがて手に入れられると、なんの根拠もなく信じて権力の上にあぐらをかいていた己の傲慢さに、吐き気がした。
ラズラウディアの傲慢な様を、シタンはどんな思いで見ていたのか。……恐らく、欠片も心を寄せていなかったのに違いない。それどころか嫌悪さえしていただろう。
……もう二度と、シタンは辺境に帰ってこないかもしれない。
その現実が、徐々にラズラウディアの心身を蝕んでいく。
まず、食事の味を感じなくなった。慰めにと飲んでいた蜜酒の味さえもだ。微睡むことはできても、深く長くは眠れない。勤めに没頭している間はやり過ごせるが、夜になると寂しさのあまり胸を掻きむしって叫び出したくなる。
……罰が下るときがきたのだろう。
最も愛した者を穢した罪への罰だ。このまま彼が見つからなければ、この苦しみが死ぬまで続くのだろう。地獄のような時を過ごしながら、ひたすらに手を尽くして行方を捜し続けた。
――実はこのとき、ハイレリウスがシタンを王都へと連れ出していたということと、追跡を防ぐために、かの公子が細工を随所で施して足跡が煙のように掴みにくいものにされてしまっていたことを……、ラズラウディアは知る由もなかった。
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