【完結】横暴領主に捕まった、とある狩人の話

ゆらり

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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」

23 拒絶されないだけで十分だ

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 ――翌朝、シタンを見送ることはしなかった。

 立ち去る姿を目の前にすれば、口約束を覆して部屋に閉じ込めてしまいそうだったからだ。……彼がいなくなった寝室は、灯りが消えたように薄暗く感じた。

 直ぐにでも会いに行って、抱き締めたい思いに駆られる。だが、怯えられて吐き捨てるように怖いと言われたときの痛みを思い出すと、ひとりよがりの欲を安易に満たすのはためらわれた。

 そういうふうに想いを持て余しながら日々を過ごし、黒毛の愛馬に跨り彼の住処へと向かったのは、結局のところ十日後のことだった。我ながら十日もよく耐えたものだ。逸る気持ちを抑えずに馬を急かし、林の中の道を襲歩で駆け抜けていく。

 ふと昔、貴族達が馬に乗る姿を見て、シタンが無邪気な笑みを見せて「凄い」だの「乗ってみたい」だのと、無邪気に言っていたのを思い出した。

 ……彼は覚えているだろうか。いつか馬に乗れるようになったら一緒に乗ろうと、ラズラウディアが言ったことを。大した約束ではない。会話の合間に挟まれた小さなそれを覚えていなかったとしても、馬に乗せてやれば喜ぶ顔が見られるかもしれない。

 ――怯えた顔や泣き顔よりも、笑顔が見たい。

 彼に対する欲は、尽きない。物思いに耽りながら馬を走らせ続けて、気付けばシタンの住む小さなあばら家の前に着いていた。硝子窓でなく、粗末な戸板窓だけが付いた粗末な家の一枚扉を叩く。

 「どちら様で……」という声がして扉の陰に隠れるようにして姿を見せたシタンは、ラズラウディアの姿を見て顔を強張らせた。

「なにしにきたんだよ、アンタ……」
「対価を払ってもらうぞ」

 多少なり言葉を選ぶべきだと思いはしたが、どうせ結果は同じだ。

「やっぱりか! こっ、ここでする気か!」毛を逆立てんばかりに警戒して叫ぶ彼に、「城へ行く。そこから出て来い」と、応えると妙にほっとした顔をされた。家に押し込まれると思ったらしい。ここでなければいいということでもないだろうが、拒絶されないだけで十分だ。

 小さく嘶き甘えてくる黒馬の鼻面を撫でながらじっと見据えていると、「わかったよ……。今行くから……」と、なんとも諦め切った投げやりな口調で応えてから、家の戸締りを始めた。

 渋々といった態だが、それでも彼を城へ連れて行ける嬉しさに心が浮き立った。
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