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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」
24 城に着くのが惜しくて
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――戸締りを終えて出てきた彼に、馬上から「私の前に乗れ」と、命じる。
「ちょっと待ってくれよ。俺、馬なんて乗ったことない」
「ここに……、鐙に足を掛けろ」
「無茶いうなよ……」
「黙って言う通りにしろ。脚が短いのか」
「なっ、短いって! あ、あんたほんとに」
「早くしろ」
眉根を寄せて不満を露わにしながらも、足を掛けたのを見計らって「私の手を掴め」と促して鞍へと引き上げた。
「落ちそうだ……」と、上体をぐらつかせた彼の胴を片腕で抱えて支える。胸板に背中が触れ、布越しに感じた体温に胸がときめいた。ふわ、と酒精の香りが鼻腔をくすぐる。甘い癖のあるこの香りは蜜酒だろう。辺境地で盛んに造られている特産の品だ。
「落としはしない。そう怯えるな」
「お、怯えてなんか、……うわっ!」
軽く馬を歩き出させると悲鳴を上げて身を強張らせたが、すぐに落ち着きを取り戻す。そして、しきりと周囲を見回して「おぉ……」と、感嘆の声を上げた。
馬上から見る景色は人の目線とは全く違うものだ。ラズラウディア自身も初めて騎乗した際には、同じように感嘆したものだった。「馬に乗るのも、悪くはなかろう」と、問えば、「う、うん」と、少年のような口調の返事が返ってくる。そして徐々に体の緊張は解れ、背中をゆったりと預けてくれるようになった。
乗馬を心から楽しんでいるのが全身から伝わってくる。そんな彼の変化に、強い喜びを感じた。王都を離れて以来、忘れかけていた類の純粋な喜びだ。なんという幸福だろうか。城に着くのが惜しくて、でき得る限りゆっくりと馬を進めさせた。
陽が没する直前に、ようやく城の門を潜り抜けた。薄闇に包まれた中庭で馬を止めると、手綱を離して両手で縋り付くようにシタンを抱き締める。
「な、なにすんだよ」
動揺した声とともに体が震えたが、逃れようとはしない。肩口に顔を埋めるようにして抱擁を深めると、肌の匂いと甘い蜜酒の香りが強く感じられた。
――なんとも香しい。こうして抱き締められるのが嬉しいが、一方でまた怯えられるのではないのかという不安が、その嬉しさを萎ませてしまう。
「私がまだ怖いか?」
今の今まで不遜な言葉をぶつけていた唇から、頼りなくか細いまでに弱まった声が零れた。不安に力を削がれたこの声は、シタンにどう聞こえるだろうか
「今日は……、なんか、怖くないな。アンタ、どうしたんだよ……」
戸惑いを含みながらも返された答えは、意外にも喜ばしいものだった。
「……怖くはないならいい」
「いいって、なにが、あっ……!」
抱き締めたまま、指先を下腹へと下ろしていく。途端に「ん、あ……」と、艶やかな声が上がり、催促でもするかのように尻が揺れる。例え、彼自身がそれを望んでいなかったとしても、奥まで拓かれた体は快楽の味を覚えている。この艶めかしい反応はその証拠だ。
「今夜は、手荒な真似などしない」
「ひいっ! あっ、う、や、やめろよ……っ! あうっ……!」
もっと触れて、感じさせたい。そんな気持ちばかりが次々と溢れて、身も心も熱く高ぶっていくのを止められない。下腹に触れる指先から、体内へと魔力を注ぐ。
「あ、あっ……」
「私の注いだ熱は、ここにまだ燻っている」
「ん……っ! あぅ、はぁっ……」
下腹部に触れた指先に力を込めて刺激を強めると、過剰なまでに腰が跳ねた。その拍子に上半身をぐらつかせて倒れそうになり、彼は馬の首筋に縋り付く。
「うぅ……っ、こ、こんなとこで、変な真似するなよぉっ……!……お、落ちるっ!」
「降ろすぞ。私に掴まれ」
先に馬から下り、落馬の恐怖と魔力の熱に煽られて瞳を潤ませているシタンを鞍から引きずり下ろした。
「うわああっ!」
叫び声を上げて落ちてきた彼を、しっかりと抱きとめる。
腕の中に収まった長躯は少し震えていた。潤んだ蜂蜜色の瞳と上気した頬が煽情的で、酷く雄を刺激される。
……ああ、喰らいたい。
血肉に飢えた獣のように本能的な感情が、腹の底で牙を剥き出して吠えている。腰砕けになってしまったらしいシタンを横抱きにして、そのまま足早に寝室へと向かった。
「ちょっと待ってくれよ。俺、馬なんて乗ったことない」
「ここに……、鐙に足を掛けろ」
「無茶いうなよ……」
「黙って言う通りにしろ。脚が短いのか」
「なっ、短いって! あ、あんたほんとに」
「早くしろ」
眉根を寄せて不満を露わにしながらも、足を掛けたのを見計らって「私の手を掴め」と促して鞍へと引き上げた。
「落ちそうだ……」と、上体をぐらつかせた彼の胴を片腕で抱えて支える。胸板に背中が触れ、布越しに感じた体温に胸がときめいた。ふわ、と酒精の香りが鼻腔をくすぐる。甘い癖のあるこの香りは蜜酒だろう。辺境地で盛んに造られている特産の品だ。
「落としはしない。そう怯えるな」
「お、怯えてなんか、……うわっ!」
軽く馬を歩き出させると悲鳴を上げて身を強張らせたが、すぐに落ち着きを取り戻す。そして、しきりと周囲を見回して「おぉ……」と、感嘆の声を上げた。
馬上から見る景色は人の目線とは全く違うものだ。ラズラウディア自身も初めて騎乗した際には、同じように感嘆したものだった。「馬に乗るのも、悪くはなかろう」と、問えば、「う、うん」と、少年のような口調の返事が返ってくる。そして徐々に体の緊張は解れ、背中をゆったりと預けてくれるようになった。
乗馬を心から楽しんでいるのが全身から伝わってくる。そんな彼の変化に、強い喜びを感じた。王都を離れて以来、忘れかけていた類の純粋な喜びだ。なんという幸福だろうか。城に着くのが惜しくて、でき得る限りゆっくりと馬を進めさせた。
陽が没する直前に、ようやく城の門を潜り抜けた。薄闇に包まれた中庭で馬を止めると、手綱を離して両手で縋り付くようにシタンを抱き締める。
「な、なにすんだよ」
動揺した声とともに体が震えたが、逃れようとはしない。肩口に顔を埋めるようにして抱擁を深めると、肌の匂いと甘い蜜酒の香りが強く感じられた。
――なんとも香しい。こうして抱き締められるのが嬉しいが、一方でまた怯えられるのではないのかという不安が、その嬉しさを萎ませてしまう。
「私がまだ怖いか?」
今の今まで不遜な言葉をぶつけていた唇から、頼りなくか細いまでに弱まった声が零れた。不安に力を削がれたこの声は、シタンにどう聞こえるだろうか
「今日は……、なんか、怖くないな。アンタ、どうしたんだよ……」
戸惑いを含みながらも返された答えは、意外にも喜ばしいものだった。
「……怖くはないならいい」
「いいって、なにが、あっ……!」
抱き締めたまま、指先を下腹へと下ろしていく。途端に「ん、あ……」と、艶やかな声が上がり、催促でもするかのように尻が揺れる。例え、彼自身がそれを望んでいなかったとしても、奥まで拓かれた体は快楽の味を覚えている。この艶めかしい反応はその証拠だ。
「今夜は、手荒な真似などしない」
「ひいっ! あっ、う、や、やめろよ……っ! あうっ……!」
もっと触れて、感じさせたい。そんな気持ちばかりが次々と溢れて、身も心も熱く高ぶっていくのを止められない。下腹に触れる指先から、体内へと魔力を注ぐ。
「あ、あっ……」
「私の注いだ熱は、ここにまだ燻っている」
「ん……っ! あぅ、はぁっ……」
下腹部に触れた指先に力を込めて刺激を強めると、過剰なまでに腰が跳ねた。その拍子に上半身をぐらつかせて倒れそうになり、彼は馬の首筋に縋り付く。
「うぅ……っ、こ、こんなとこで、変な真似するなよぉっ……!……お、落ちるっ!」
「降ろすぞ。私に掴まれ」
先に馬から下り、落馬の恐怖と魔力の熱に煽られて瞳を潤ませているシタンを鞍から引きずり下ろした。
「うわああっ!」
叫び声を上げて落ちてきた彼を、しっかりと抱きとめる。
腕の中に収まった長躯は少し震えていた。潤んだ蜂蜜色の瞳と上気した頬が煽情的で、酷く雄を刺激される。
……ああ、喰らいたい。
血肉に飢えた獣のように本能的な感情が、腹の底で牙を剥き出して吠えている。腰砕けになってしまったらしいシタンを横抱きにして、そのまま足早に寝室へと向かった。
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