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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」
16 貪欲に力を求めた末に
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――ラズラウディアは、ひたすら貪欲に力を求めた。
王都の学園で申し分のない成績を修め、内外で様々な伝手を利用し尽くして人脈を作り出し足場を固めた。
辺境に戻ってからは、少しずつ父の力を削ぎ落し数年をかけて伯爵の地位から退けさせ、母や盲目的に従う家臣もろとも辺境から遠く離れた土地に据えた別宅へと隠居させることに成功した。
もはや誰も、咎める者はいない。全てが新領主となった己が掌中にある。父の力に怯えていた幼い少年の姿はどこにもないのだ。
二度と、辺境の地を踏むことのないよう監視の目を付けられて、罪人同然の扱いで送り出されることになった父は、年齢よりも遥かに老いて見えた。
去り際に「まさか、お前にこのような形で、伯爵の地位を継がせることになるとはな……」という、父の呟きに表情を変えることはなく、なにも応えることもなかった。
――そこに親子の情など、ありはしなかった。
「やっと……、やっとだ……」
やっと、シタンに会える。
会っても良いだけの力を得られたのだ。父を隠居させたその日のうちに、思い出の小川へと足を向けた。
良く晴れたその日、二人が釣りをした懐かしい大岩の上に一人の青年の姿があった。
後頭部でひっ詰めた長い銀髪を風になびかせながら、大きく背伸びをする後ろ姿に目が吸い寄せられる。長躯のラズラウディアと並ぶほどに背が高い。しなやかに引き締まった細身は、肉付きが良くないのは相変わらずが少年の頃のような頼りなさはない。
「――シタン」
釣竿を片手に岩から下りようとしている背中に、心を躍らせながら声を掛けた。
「うぉっ! だっ、誰だよっ」
驚きながら振り返りこちらを見たシタンは、大きく口を開けて目を丸くした。蜂蜜色の瞳が陽光を受けて眩く輝いている。あの頃と同じ、濁りのない美しい瞳に胸が高鳴る。
「え、あの、どちら様で」
――だが、次の瞬間に彼の口から出たのは、再会を喜ぶ声ではなかった。
「私が分らぬか、シタン」
「へっ? わ、分からぬかって、それはその」
「お前は、シタンではないのか」
再会の歓喜は、瞬く間に失望の色に染まっていく。
久しく感じていなかった胸を刺すような痛みが、ラズラウドを襲った。そして、他人行儀にされるほど自身が変わり果ててしまったのかと絶望した。もう、あの頃のようには、接しても触れても貰えないのかと。
「俺は確かに、シタンだけど、なんで俺が……」
「もう良い」
――これ以上、声を聞いていたくはなくて彼の言葉を遮った。
王都の学園で申し分のない成績を修め、内外で様々な伝手を利用し尽くして人脈を作り出し足場を固めた。
辺境に戻ってからは、少しずつ父の力を削ぎ落し数年をかけて伯爵の地位から退けさせ、母や盲目的に従う家臣もろとも辺境から遠く離れた土地に据えた別宅へと隠居させることに成功した。
もはや誰も、咎める者はいない。全てが新領主となった己が掌中にある。父の力に怯えていた幼い少年の姿はどこにもないのだ。
二度と、辺境の地を踏むことのないよう監視の目を付けられて、罪人同然の扱いで送り出されることになった父は、年齢よりも遥かに老いて見えた。
去り際に「まさか、お前にこのような形で、伯爵の地位を継がせることになるとはな……」という、父の呟きに表情を変えることはなく、なにも応えることもなかった。
――そこに親子の情など、ありはしなかった。
「やっと……、やっとだ……」
やっと、シタンに会える。
会っても良いだけの力を得られたのだ。父を隠居させたその日のうちに、思い出の小川へと足を向けた。
良く晴れたその日、二人が釣りをした懐かしい大岩の上に一人の青年の姿があった。
後頭部でひっ詰めた長い銀髪を風になびかせながら、大きく背伸びをする後ろ姿に目が吸い寄せられる。長躯のラズラウディアと並ぶほどに背が高い。しなやかに引き締まった細身は、肉付きが良くないのは相変わらずが少年の頃のような頼りなさはない。
「――シタン」
釣竿を片手に岩から下りようとしている背中に、心を躍らせながら声を掛けた。
「うぉっ! だっ、誰だよっ」
驚きながら振り返りこちらを見たシタンは、大きく口を開けて目を丸くした。蜂蜜色の瞳が陽光を受けて眩く輝いている。あの頃と同じ、濁りのない美しい瞳に胸が高鳴る。
「え、あの、どちら様で」
――だが、次の瞬間に彼の口から出たのは、再会を喜ぶ声ではなかった。
「私が分らぬか、シタン」
「へっ? わ、分からぬかって、それはその」
「お前は、シタンではないのか」
再会の歓喜は、瞬く間に失望の色に染まっていく。
久しく感じていなかった胸を刺すような痛みが、ラズラウドを襲った。そして、他人行儀にされるほど自身が変わり果ててしまったのかと絶望した。もう、あの頃のようには、接しても触れても貰えないのかと。
「俺は確かに、シタンだけど、なんで俺が……」
「もう良い」
――これ以上、声を聞いていたくはなくて彼の言葉を遮った。
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