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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」

12 抱擁と口付け

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「絶対、また会いに来るからな。僕のこと、忘れるなよ」

 悲しみと幸せが溢れて、涙となって瞳から零れ落ちてしまう。シタンはその涙を目にしておろおろと慌てた顔をして両手で頬を包み込み、親指の腹で涙を何度も拭ってきた。

「なっ、泣くなよ! 俺まで、な、泣いちゃうだろっ!」

 そう叫ぶシタンの瞳からも、涙が大粒の雨のように零れた。人に泣くなと言いながら、自分が泣いてしまっている様子がおかしくて、思わず声を上げて笑ってしまった。

「あはは! お前まで泣くなよ!」
「だ、だって、お前が……っ、泣く、からっ……ひっ、く……!」

 泣きじゃくる姿が愛おしくて、たまらない。

 身を伸び上がらせて頬に唇を押し付けると、シタンがその蜂蜜色の瞳を丸く見開いて「お、お前……なにすんだよ……っ」と、怒りとも驚きとも取れる声を上げた。

 ――やはり男の自分では、嫌なのだろうか。

「嫌だったか?」 

 拒絶される恐怖に苛まれながらも問い掛けると、彼はうっと声を詰まらせて目を泳がせる。

 そこには嫌悪の色はなく、もしかしたら、という期待が生まれる。固唾を飲んで答えを待っていると、少しの間をおいて「――い、嫌じゃなかった」と、頬を赤くしながら小さな声でシタンは言った。

「こういうこと言うと怒るかもしんないけど、ラズが女の子なら、お嫁さんになってくれって言たと思う。お前より可愛くて、一緒にいて楽しい奴なんていないし」

 抱き締める腕の力は弱まらず、深くため息をつき恍惚とした面持ちで彼は告げる。「女の子なら」という前置きには落胆したものの、シタンにとってラズラウディアが特別だということは間違いないのだと分かる言葉に胸が熱くなった。

「お前の方こそ女の子なら良かったんだ! なんか鈍くさくて心配だから、僕が嫁に貰って守る!」
「そうかも。でもそれでも良いかなぁ。一緒に居られるのは同じだし」

 嬉しさ反面、照れ臭くなってしまい、きつい言葉を返してしまった。だが、シタンはこれ以上ないほどに顔を緩めて嬉しそうに笑ってくれている。一緒にいたいと思っているのは自分だけではなく、同じ願いを持ってくれているのだ。

 甘やかな幸せが胸の中を満たして、シタンに対する強い愛情の念がラズラウディアの中に宿った瞬間だった。今は別れなければならないが、いつか父を超える立派な領主になったとき、必ずシタンに会いに来る。ラズラウディアは自身の心に強く誓った。

「またな、シタン!」
「うん!」

 温かいシタンの腕から抜け出して、振り返らずに駆け出す。小川を遠く離れたころに、悲痛な泣き声が聞こえた気がしたが、歯を食いしばり涙を堪えて城までの小道をひたすら走り続けたのだった。
 
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