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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」
4 ひび割れた心
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艶やかな黒髪を切り刻まれた無残な姿で、痛む手の平を胸に押し抱いて泣きじゃくりながらラズラウディアは母の元へと逃げた。
「母上……、父上が……父上が……」
母に訴えればまた、父からの厳しい躾が与えられるだろう。しかし、このときはその恐怖よりも母の愛情が欲しいという気持ちが勝った。嫋やかな腕で抱き締めて、慰めて貰いたかった。
だが彼女は、震える我が子を抱き締めるでもなく、黒髪をひと房手に取ってこう呟いた。
「――酷いわ……。こんなに短くなってしまうなんて。淑女にとって髪は大切なものなのよ」
泣きじゃくる息子に対する労わりなどではなく、娘としての姿が損なわれたことへの嘆きばかりがあった。ラズラウディア自身を見てはいないのだ。
「こんなに泣くなんて、まぶたが腫れる前に冷やさなければいけないわね」
「は、母上……」
抱きしめては、くれなかった。
「父上には、髪を切らないように言っておきましょう」
――心に、ひびが入る鋭い音を、ラズラウディアは確かに聞いた。
「サフィ、これでまた綺麗に髪を結えるわ」
その後。母は黒髪の鬘をあつらえて、以前と同じように我が子を美しく着飾らせた。
――母が優しいのは、自分が死んだ姉に似ているからなのだろう。
少女の姿でいなければ、彼女もまた、自分を虐げるのではないだろうのか。「とても可愛いくて綺麗よ」と、優しく微笑みながら自分を抱き締める母の腕が、恐ろしいと感じるようになっていった。
それから月日は過ぎて行って、十歳の誕生日を迎えた頃。
幼さゆえに今だまろやかではあるが少女めいた柔和な輪郭はやや薄れて、鋭利な眼差しと美しさを兼ね備えた凛々しい少年へと成長していた。
「母上、もう僕は姉上の代わりはできません」
父がラズラウディアの髪を切り刻んだように、密かに手に入れた短剣でもってドレスを切り刻んだ。誂えられた鬘も打ち捨てて、踏みにじる。
「どうして、こんな酷い事ことをするの! サフィ!」
その行動に驚き衝撃を受けて涙ぐむ母を冷めた目で見据えた。
「僕は、ラズラウディアです。姉上とは……、サフィアリアとは違います」
「そんなこと、ないわ。貴方はサフィアリアと同じよ。私の可愛い娘……」
「いつまでそんなことを言っているのですか。気が触れているのでしょうね。……療養でもなさればよろしいかと」
「母に対してなんということを言うのですか! わたくしは気など触れていません!」
既に継子たる男児の風格を漂わせ始めた我が子を前に、母は狂ったように叫び「いつもの可愛い貴女にもどってちょうだい。お願いだから……」と、縋り付こうとしてくる手を振り払い、「本物の人形を相手にしてください。僕はもう母上の遊びには付き合いきれませんので」と、鋭い目つきで睨み付ける。
「サフィ……! ああああっ!」
母は本当に気が触れたように泣き崩れて叫び始めたが、それに心を動かされることはなかった。「奥様、お気を確かに……!」「寝室へお連れして!」と、侍女達が騒ぐ声を背にしながら母の部屋を出た。
――異常な状況を打破するべく行動した結果、母はラズラウディアを腫物のように扱い、歪とはいえ注いでいた愛情を向けることはなくなった。
父に至ってはその姿に満足したのか躾と称した鞭打ちは止んだ。だが、優しい言葉など掛けられることもなく、その厳格な態度は揺らがない。常に統治者としての成長を望まれ、子供らしいことなど父の前では微塵も許されはしなかった。
両親とラズラウディアの関係は、表面上でさえも以前より寒々しいものに変わっていた。
「母上……、父上が……父上が……」
母に訴えればまた、父からの厳しい躾が与えられるだろう。しかし、このときはその恐怖よりも母の愛情が欲しいという気持ちが勝った。嫋やかな腕で抱き締めて、慰めて貰いたかった。
だが彼女は、震える我が子を抱き締めるでもなく、黒髪をひと房手に取ってこう呟いた。
「――酷いわ……。こんなに短くなってしまうなんて。淑女にとって髪は大切なものなのよ」
泣きじゃくる息子に対する労わりなどではなく、娘としての姿が損なわれたことへの嘆きばかりがあった。ラズラウディア自身を見てはいないのだ。
「こんなに泣くなんて、まぶたが腫れる前に冷やさなければいけないわね」
「は、母上……」
抱きしめては、くれなかった。
「父上には、髪を切らないように言っておきましょう」
――心に、ひびが入る鋭い音を、ラズラウディアは確かに聞いた。
「サフィ、これでまた綺麗に髪を結えるわ」
その後。母は黒髪の鬘をあつらえて、以前と同じように我が子を美しく着飾らせた。
――母が優しいのは、自分が死んだ姉に似ているからなのだろう。
少女の姿でいなければ、彼女もまた、自分を虐げるのではないだろうのか。「とても可愛いくて綺麗よ」と、優しく微笑みながら自分を抱き締める母の腕が、恐ろしいと感じるようになっていった。
それから月日は過ぎて行って、十歳の誕生日を迎えた頃。
幼さゆえに今だまろやかではあるが少女めいた柔和な輪郭はやや薄れて、鋭利な眼差しと美しさを兼ね備えた凛々しい少年へと成長していた。
「母上、もう僕は姉上の代わりはできません」
父がラズラウディアの髪を切り刻んだように、密かに手に入れた短剣でもってドレスを切り刻んだ。誂えられた鬘も打ち捨てて、踏みにじる。
「どうして、こんな酷い事ことをするの! サフィ!」
その行動に驚き衝撃を受けて涙ぐむ母を冷めた目で見据えた。
「僕は、ラズラウディアです。姉上とは……、サフィアリアとは違います」
「そんなこと、ないわ。貴方はサフィアリアと同じよ。私の可愛い娘……」
「いつまでそんなことを言っているのですか。気が触れているのでしょうね。……療養でもなさればよろしいかと」
「母に対してなんということを言うのですか! わたくしは気など触れていません!」
既に継子たる男児の風格を漂わせ始めた我が子を前に、母は狂ったように叫び「いつもの可愛い貴女にもどってちょうだい。お願いだから……」と、縋り付こうとしてくる手を振り払い、「本物の人形を相手にしてください。僕はもう母上の遊びには付き合いきれませんので」と、鋭い目つきで睨み付ける。
「サフィ……! ああああっ!」
母は本当に気が触れたように泣き崩れて叫び始めたが、それに心を動かされることはなかった。「奥様、お気を確かに……!」「寝室へお連れして!」と、侍女達が騒ぐ声を背にしながら母の部屋を出た。
――異常な状況を打破するべく行動した結果、母はラズラウディアを腫物のように扱い、歪とはいえ注いでいた愛情を向けることはなくなった。
父に至ってはその姿に満足したのか躾と称した鞭打ちは止んだ。だが、優しい言葉など掛けられることもなく、その厳格な態度は揺らがない。常に統治者としての成長を望まれ、子供らしいことなど父の前では微塵も許されはしなかった。
両親とラズラウディアの関係は、表面上でさえも以前より寒々しいものに変わっていた。
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