【完結】横暴領主に捕まった、とある狩人の話

ゆらり

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70 それから⑤

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 ――柔らかい陽射の下、黒馬に揺られて小川へとやって来た。

 魚を入れるための桶ひとつと二本の釣竿、それから少しの餌。それらを持って、大岩の上に登る。子供の頃はよじ登るようにしてやっと上がっていたが、今となってはそれほど苦もなく登れるようになった。

 お互いに、大きくなった。時折釣りをする度に、会えなくなってからの年月の重さを実感する。

 別れを告げられたあの時、ラズラウドが王都に行かなければ……、シタンが引き留めて自分の家族として迎え入れていたら……、もっと違う形で幸せになれただろうか。

 ……いや、きっとそれは許されないことだ。

 ただの子供に、なにができたのか。駄々を捏ねてラズラウドを引き留めたところで先代領主の反感を買ってしまい、優しい両親まで巻き込まれて辛い思いをしたかもしれない。泣き疲れて家に帰りラズラウドのことを両親に話すと、なにも言わずシタンを抱きしめてくれたのを覚えている。

 実のところ、両親はラズラウドが貴族の子だと知っていた。

 ハイレリウスの助けを借りて想いを確かめ合った数日後、ラズラウドと二人で報告を兼ねて両親の所へ会いに行ったときに明かしてくれた。更に後々聞いたところによると、父親も先代領主と幼い頃に遊んだことがあるそうだ。あの別れの直前まで、先代領主は息子のラズラウドがすることを見逃してくれていたらしい。

 ……幼いラズラウドを殴ったのは今でも許せないが、先代なりの愛し方で息子を見守っていたのか。

 先代領主は隠居して、どこか別の土地で奥方とともに暮らしているらしい。ラズラウドに二人の関係を彼等にも報告しなければいけないだろうと言ってみたが、苦々しい顔になって、余計な揉め事を増やすだけだから必要ないと返された。

 それ以来、ラズラウドは頑なに口を閉ざしているので、今だに詳しい事情は分からない。

 取り留めもなく思いを巡らせながら大岩の上に腰を下ろして、釣針に餌を付けた。

「どうした。お前が餌を付けるなんて。珍しいことを……」
「うん? たまにはそういう気分になることだってあるよ」

 つば広帽の下から、紫紺の綺麗な瞳がこちらを見ている。少し細められたその視線から、からかうような雰囲気が伝わってきたので「どうせ釣れないけどさぁ……。そんな顔しなくてもいいだろぉ」と、下唇を突き出して見せてから雑に竿を振って針を放り込み、じっと水面を睨む。

「ラズに俺の釣った魚を食べて欲しいって気持ちは、小さい時からあったんだよ」

 ひょいっと針を引き上げて、また違うところへ放り込む。

「お前がそばに居てくれるだけで、私は十分だった」
「いつも眠っちゃっていたけど、それでも良かったのか」
「お前の寝顔が可愛かった。釣りも楽しいが、寝顔を見るのも楽しみだった。……今でも十分、可愛いがな」

 恥ずかしいことを言いながら、ラズラウドがつば広帽を外して顔を寄せてくる。恥ずかしくて前を向いたままでいると「こっちを向け」と、言われて馬鹿正直に横を向いてしまった。

「んっ」 

 軽く唇を重ねられた。

「ラズ、こんなとこでなにすんだよぉ……!」
「……魚よりも、お前自身の方がいい」
「ばっ、ばかっ。なに恥ずかしいこと言って……んっ。俺の気持ちだって、んんっ、あるだろ。ん、ふ……」

 口付けが止まない。

 魚なんて貰えなくても、そばに居てくれるだで十分だったのはシタンも同じだ。まさか寝顔が可愛いなんて思われていたとは知らなかったし、魚よりお前の方がいいなんて口説かれると気恥ずかしくて顔が熱くなるが……、嬉しいことは嬉しい。

 ……ただ、やっぱりどこかで釣れないことに引け目を感じていたし、釣れた方がいいに決まっている。

「ふふ。その気持ちだけで、嬉しい……」
「ん、んっ……はっ、ラズ、も、やめ」

 話の合間に触れ合わせるだけの戯れな口付けが繰り返され、心臓が潰れそうなほど高鳴っている。このままでは、釣竿を落としてしまいそうだ。そして、ラズラウドの舌先がシタンの唇をくすぐり、狭間へと入り込もうとした瞬間。

「……んっ!」

 釣竿が大きく引かれた。

「えっ? ちょっと待って! つ、釣れた!」

 ぐいっと、ラズラウドの顔を片手で押し放して、シタンは釣竿を慎重に引き上げる。水面から現れたのは、丸々と太った大きな魚だった。陽射しを受けて虹色に輝く鱗が眩しい。

「わあ、でっかい魚だ! あはは! 釣れたっ! ラズ、お前にあげるよ!」

 嬉しい。凄く嬉しい。たった一匹魚が釣れただけなのに、こんなに嬉しいなんて。

 はしゃぐシタンを前に「まさか魚に邪魔をされるとは」と、苦笑しながらもラズラウドが釣り上げられた魚を掴んで針を外して、桶に放り込んでくれた。

「この魚、絶対ラズが食べて。もう一生釣れないかもしれないし」
「お前が釣った魚だというだけで、なによりの御馳走だ。ありがとう、シタン」

 シタンのかたわらで、ラズラウドが幸せそうに笑っている。

 なんの邪気もない無防備な笑顔だ。何年経っても、どんな大人になっても、ラズはやっぱり可愛いラズだ。これからどんなに時が過ぎても、きっとラズは可愛い。そんなラズと、一緒に生きているのが嬉しい。

 ずっと、一緒だ。なにがあっても、離れないでいよう。

「ラズ、大好きだよ!」

 釣竿を放り出してラズラウドに抱き付きながら、シタンは改めてそう思ったのだった。




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 色々とありましたが、横暴領主に捕まった、とある狩人はこうして幸せになりました。これにて完結です。最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。
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