【完結】横暴領主に捕まった、とある狩人の話

ゆらり

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69 それから④

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 ――奉納祭の前日。

 ハイレリウスは両親を出迎えるために、朝早くあらかじめ取っていた宿へと戻っていった。

「楽しかったよ! またね」
「うん! またおいでよ!」

 名残り惜し気な顔で去っていくハイレリウスを、ラズラウドと二人揃って見送った。

「あの男がいなくなると、静かだな」

 ふっと、小さく笑ってラズラウドが背後から緩い力で抱き締めてくる。

「うん……」

 確かにそうだ。

 この静かさが暗いものとは思わないが、それでも灯りがひとつ消えたような寂しさがなくもない。シタンとの散策に加えて、ラズラウドとも執務の合間に剣術の試合をしたり、卓上で遊ぶ戦盤に興じたりもしていて、よく笑いよく喋る彼がいることで、普段よりも城内が賑やかだった。

「奉納祭の間は、奴も遊んではいられない。相応の振る舞いをせねばならんからな」
 
 一年前に辺境へ戻ってから知ったことだが、彼の実家は貴族の中でも飛び切り上である公爵家だ。それなりに面子があるのだろう。

「貴族って大変だなぁ」
「それが我らの役目だ」

 難しいことは分からないが、王都の屋敷でハイレリウスの従者もどきをしたときに、貴族の仕事を間近で見聞きして、彼らなりの苦労があるというのは触り程度だが知れた。

 辺境伯であるラズラウドも、きっとそれなりに苦労があるはずだ。しかも、そこいらの平民よりもずっと難しくてややこしい苦労が。

「ここのところ、奴にお前との時間を譲ってばかりだった。……今日は、だけに私に構え」
「仕事は大丈夫なの?」
「片付けた。後は明日で良い」
 
 ハイレリウスの相手をしている間、ラズラウドが変な絡み方をしたのは最初だけだ。客の目の前で抱き竦められて口付けや頬擦りをされたのにはさすがに慌てたが、その後は機嫌を悪くした様子もなくて、大人しかったので正直ほっとした。

 ……友達と挨拶の抱擁をしたくらいで、あんな恥ずかしい思いをさせるのは止めて欲しい。また同じことをするようなら、話し合わなければと思ったくらいだ。

 想いが通じ合っていなかったときとは違って、なにか思うことがあれば遠慮せずにものを言えるし、お互いに気持ちを擦り合わせることもできるようになった。この一年で、身分などに捕らわれず軽い口喧嘩もするくらいに、ラズラウドとの関係は濃密になっている。

「久しぶりにお前と釣りがしたい」

 頬をくっつけきて甘えながら、ラズラウドが言った。今日の昼餉は、小川で釣った魚で決まりだ。
 
 ……どうせ自分では釣れないので、食べるのはラズラウドの釣った魚だろう。それは子供の頃からだから、今更だ。

「そうだね。俺もしたい。ラズの釣った魚も食べたいし……」

 頬擦りを返すと、強く抱き締められて、頬に柔らかい感触が押し当てられる。

 ……口付けられた。

 それを何度もされて、脇や腹を手のひらで撫でられると、あらぬところが疼きそうになる。

「んっ……。ラ、ラズ、釣、早く行こう」
「ああ、そうだな。これ以上触れていると、止まらなくなる」
 
 もう一度だけ頬に口付けてから、ラズラウドはすっと離れていった。

 ……危ないところだった。

 明日から禁猟期だ。魚なども禁漁になるので、大っぴらに釣りはできなくなるのだ。朝からだろうとラズラウドと交わるのは気持ちいいし幸せなので構わないが、今は釣りの方がしたい……。
 
 どきどきと鳴る胸をなだめながら、シタンは釣りの支度に取り掛かることにした。
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