【完結】横暴領主に捕まった、とある狩人の話

ゆらり

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67 それから②

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 ――大広間に行き着いた直後、大扉が開いてシタンが駆け込んできた。

「ハル様!」
「久しぶりだねシタン!」

 喜色にまみれた笑顔で抱き付いて来たシタンを、しっかりと抱き締め返す。

「元気そうで嬉しいよ。ああ、会いたかった」
「うん。俺も」

 どさくさに紛れて頭を撫でる。彼の銀髪は前よりも滑らかな手触りになっていて、辺境でも誰かしらに好かれ世話を焼かれているのだと知れた。

「元気そうでなによりだ」

 抱擁を解かずに再会の喜びを分かち合っていると、「離れろ」という声とともに引き剥がされる。そして、シタンはラズラウドの腕に抱き寄せられてしまった。

「うぁ。なっ、なにするんだよラズ! せっかくハル様と会えたのに」

 珍しい紫色をした毛皮飾りがついた、豪奢な外套を羽織ったラズラウドは、抱き寄せたシタンに「私以外に抱き付くな」と、言いながらハイレリウスを鋭く睨んでくる。そんな視線くらいでは怯まないが、折角の抱擁を邪魔されて良い気がしない。まったく嫉妬深いにもほどがあるというものだ。

「なんだよ。別にいいだろぉ……。ハル様は友達なんだし……」

 拗ねた口調で文句を垂れるシタンを、ラズラウドは逃がさないとばかりにがっちりと抱すくめる。そして「お前は警戒心がなさ過ぎるのだ」と、言うなり頬へ朱い唇を押し付けた。

「ラ、ラズっ! 人前でなにするんだよっ! は、放せよぉ!」
「嫌だ」
「あうっ! やっ、やめろよぉ! 恥ずかしいよぉっ!」

 赤面して腕から抜け出そうとするシタンを羽交い絞めにして、見せつけるように首筋に口付けを落としたり頬ずりをするラズラウドは大人げなさ過ぎて別人のようだ。

「仲が良いにもほどがあるだろう君達。いちゃつくのはいいけど、せっかく王都から会いに来た客人を放っておかないでくれるかな」
「ごっ、ごめん……」

 自分が悪い訳ではないのに茹で上がったかのような顔で、涙目になりながら律儀に謝るシタンと、顔色一つ変えずに無言でじろりとこちらを睨んでくる太々しい態度のラズラウド。その対照的な様子に「あはは!」と、笑ってしまった。

 見ていて飽きない。会えるのを楽しみにしていたが、思いのほか愉快な滞在になりそうだ。

「領主様、晩餐の支度が整いました」

 ハイレリウスをもてなしてくれた老侍従がいつの間にかラズラウドの傍らに現れて、そう告げた。

「ああ、わかった」

 老侍従に肩から外套を外してもらいながら、ラズラウドが頷く。既に壁や燭台の灯りが全て灯されていて、どこからともなく良い匂いまで漂ってきていた。

「ハイレリウス、お前の為に準備をさせておいた。ついてくるが良い」 

 鷹揚な態度で言い置いてからシタンを伴い歩き出すラズラウドと、にこやかに「公子様、お席へご案内致します」と老侍従が言うのに頷いて、ハイレリウスは食堂へと向かった。

「俺が狩りで仕留めた獣の肉が出るよ。料理は城の人にして貰ったし、新鮮だから絶対に美味しいよ」
「楽しみだね。ちょうどお腹も空いてきたからたくさん食べてしまいそうだ」
「遠慮なく食べて。その方が嬉しいから」

 ――シタンの言う通り、晩餐で供された肉料理は美味……いや、絶品だった。

 部位によって調理方法を変えていて、味わいも食感も違う。そのどれもがハイレリウスの舌を満足させてくれる。生鮮食材の保存技術がそれなりにある昨今ではあるし、王都でもこうした肉料理は食べられるが、シタンが仕留めた獲物を、その地元で食べるというのが良いのだろうか。

「美味しい。こんなに美味しいなんて驚きだね。森の豊かな辺境ならではだ」
「料理人さんの腕が凄いっていうのもあるよ。俺もこんな風に料理できたら良いけど、難しいし」

 こんがりと焼けたあばら肉をかじりながら、シタンが笑顔を見せる。豪快に手掴みだ。ハイレリウスも真似をしてかじってみると、上品にナイフなどを使って食べるより味が良く感じた。

 ……屋敷でこんな真似をすれば、侍従のウェイドに「品のない食べ方はおやめください」と、手を叩かれるところだが、今頃は宿で寛いでいるだろう。たまには休暇を取れと言いつけて、供として同行してきたのを引き剥がしてきたのだ。行き先が城だと知っているので、身の安全は保障されるだろうということで単独行動に目を瞑ってもらった。ごり押しだったが……。

 ラズラウドが華やかに微笑んで「お前が狩ったからこそだ。矢を射る箇所や、捌き方が悪いと味が落ちるそうだからな」と、言いながらシタンの前に料理を盛った小皿を置いてやっている。甲斐甲斐しく世話を焼く姿が自然だ。控えている給仕が手を出さないで平然としているから、普段からこうなのだと分かる。

「うん? 普通に狩って捌いているだけだよ。そんなに違うのかなぁ……」
「ラズラウドがそう言うのだから間違いない。シタン、そういうところも優秀なんて、君はやっぱり立派な狩人なんだね。凄いよ」
「そ、そうかな。……褒めてくれてありがと……」
「こちらこそ、良い肉を御馳走してくれてありがとう。うん、この汁物も美味しい」

 和気あいあいと料理を楽しみながら近況を聞いてみると、以前は町で全て売っていた肉や毛皮の何割かを城に卸しているそうだ。

「……お抱え狩人ってことになるのかな」
「なるほど。そういえば、さっき辺境伯が羽織っていた外套も君が仕留めた獣から作ったのかな」

 シタンを迎えに行ったラズラウドが戻って来たとき、彼は紫色の毛皮飾りがついた外套を羽織っていた。その色味は、染めたものとは思えないほどに鮮やかで艶のある毛並みだったのを思い出す。

「うん。俺が贈り物であげたやつだよ。ほら、ラズの目が綺麗な紫だから、似合うかなぁって」
「ああ、そうなんだね。確かに、似合っていたよ」

 紫紺の瞳と比べると、やや赤みがあるが確かに似合っていた。あの豪奢な外套は、纏う者がラズラウドだからこそ引き立つ物だ。

「私のためにお前が仕留めたのだから、似合わない方がおかしい」

 蕩けるように甘い……とはありきたりな比喩だが、まさにそういった感じの甘い笑みを浮かべて、ラズラウドは言い切った。冷徹な訳ではないが、やわらかい感情が顔に出ることの珍しい印象のあるラズラウドが、こんな表情もできるのかと驚いた。

「に、似合わない時だってあるよ。もしそうなったら、無理しなくていいから」
「ふ……。お前が私を想って贈ってくれる物なら間違いはない」
「間違いはないって……そんな」

 そんな眼差しに照れて赤くなってしまったシタンを、ラズラウドがこれ以上ないくらい愛おし気な目をして見詰めている。こちらまで照れ臭くなるような、とろりと甘い雰囲気にさすがのハイレリウスも胸やけがする思いがした。

「……すっかり出来上がっているね。君達」

 くすりと苦笑しながら、二本目のあばら肉を手に取りかじり付く。胸やけがするような気分でも、あと何本か食べられそうなくらいに美味しいのは変わらなかった。
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